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第5話  監獄送りの新星

「上手くいったぜ親父! フォードの野郎は有罪、監獄送りだ」


 夜間。フォードを嵌めたルザの脂質。ギルド東棟の一角。柔らかな椅子の上で赤髪の少年がにたりと笑みを漏らす。

 ルザと、その父、【グレス】である。


「ふははっ、我が息子ながらじつに悪どい。お前のその気風、ますます俺に似て愉快よ」


 グレスは笑う。子が子なら親も親。醜悪な笑みが親子の口元に浮かんでいた。


 ギルドとは、《迷宮》の探索者を補佐する組織である。

 その役割は依頼の統括、装備、魔石、住居の優遇、探索者育成……多岐に渡る。

 地下に広がる《迷宮》を探索者が進む上で欠かせない補佐組織だが――しかし当然、人間が運営する以上、抑えきれない暗部も存在する。


 その内の二人が、ルザとグレスだ。

 父グレスは、若い頃から他人を蹴落とし、権力者へ媚を売り、時には暴力や裏の人間も使って上へ駆け上がり続けた悪党だった。

 その出世に犠牲となった同僚は数知れず。関わった事件は百を超える。賄賂によってもみ消した事件は多数――とっくに裁かれてもおかしくない下衆だが、そこは神算鬼謀、様々な手段で回避していた。


 その結果が、ギルドの幹部という地位。


 そしてその悪辣な血は、息子のルザにも脈々と受け継がれていた。フォード一人を罪人に仕立て上げたところで、良心の欠片も疼かない。むしろ、邪魔者がいなくなって清々していた。


「関係者に口を合わせてくれたこと、感謝するぜ親父」

「なに、可愛い息子のためだ。たかが一言二言告げるだけで金貨五十枚の報酬なのだからな。真実とは虚しいものだ」


 関係者に金を渡し、事実を捻じ曲げたのもグレスのおかげだった。《相似霊薬》や《隠蔽霊薬》の他、嘘の証言をでっちあげさせたのも父グレス。

 フォードは幾多の偽りの証言に嵌められ、牢獄行きが決まっていた。


「おっ、見ろよ親父。フォードの奴だ」


 豪奢な窓の外には、手枷をはめられた少年フォードの姿が見える。


 松明を持った兵士に手錠の縄を引っ張られ、うなだれていた。

 哀れな事に、彼は多数の視線にさらされている。新米探索者、ベテラン探索者、ギルド関係者。多くの人間が侮蔑の視線を向ける中、フォードは中央道を歩かされている。

 犯罪者の見せしめ、というところだろう。


 彼の体は『減霊凰薬』という魔導具で弱体化され、一般の人間並と化している。

 憔悴したフォードの顔を見ていると、ルザの中で得も言われぬ幸福感が湧き上がってくる。


「くっくっ、いい気味だな、フォード!」


 フォードが歯噛みして細かく体を震わせているのが判る。

 そうして、フォードはルザとグレスの奸計に嵌められ、牢獄に送られた。



†   †



「う……」


 フォードは呻きながら目覚めた。

 すえた臭いが鼻腔を強く刺激している。

 床は冷たく硬い石。視界には、埃と塵と錆びた鉄の格子だ。

 

 エルケニウス大陸、ガルグイユ監獄。第五層、独房七十八部屋。

 フォードが大陸の東の監獄へ投獄され、一日が経っていた。


 散々職員に殴られ、連れ回されたせいで体の節々が痛みを訴えている。


 投獄の黒幕は、ペールなどルザの取り巻きの名前が出た事から、ルザだと判っていた。

 あいつなら冤罪を作り上げる事など訳ない。

 本来ならルザへの怒りが湧くがはずだが、冤罪によるショックは大きく、虚脱感で疲弊していた。


 さすがに、半年も言葉をかわした相手にこうまでされるというのは衝撃、そして落胆だ。それらが彼を打ちのめしていた。

 

 石製の床に横になりながら、フォードは鉄格子を見る。

 パンが落ちている。硬いパンだ――村で食べられるような粗末なものをさらに粗末にした粗悪品。味なんて追求せず、ただ空腹を減じるためのものでしかない。


 鉄のベッドが壁際に備えられ、四つの脚のうち一つが壊れ、しかも所々が錆びており、さらにネズミが這っている。

 とてもそこで眠る気にはなれない。


 壁には血文字。以前収監されていた人の血だろうか。「番兵のクソが」「我に力を」「逃げたい逃げたい」「いつか脱獄してやる」などと、願望や恨み言が書き連ねてある。

 窓は一応あったが、高い場所にあある。大人が跳んでも届かない位置であり、日差しもろくに差さない。風が少し来るが、腐った肉のような臭いがはびこってくて、鼻がもげそう。

 

 フォードは思う。どうして自分はこんな所に……本当は、今頃宝や武具を求めて冒険しているはずなのに。未知の光景や神秘の景色に感動していたはずなのに。

 あまりの理不尽さに、体が震える。悔しい……悔しい……けれど現実では、冷たい床の上で嘆息するしかない。


「くそ……」


 とはいえ、いつまでも寝ていても仕方ないだろう。

 現状の打開策を考える。残り少ない、頭の栄養を振り絞る。


 監獄は、逃げられる構造ではないだろう。

 鉄格子は固く、殴っても蹴っても自分が痛くなるだけ。魔導具で弱体化させられた身では打ち砕けない。

 壁は分厚い。とても破壊できない。窓はベッドを縦に起こして踏み台にすれば、じつは届く。――が、フォードの肩で止まってしまう。関節を柔軟に外せる奇術師のような人でないと抜け出せない。


 ならばと、「腹が痛い」、「死にそうだ」などと嘘をでっちあげて番兵を呼び、気絶させ鍵を奪うことも考えた。

 けれどそれは無理だ。番兵はやる気のない人間ばかりらしく、投獄された人が叫んでも、ろくに取り合わない。つい先ほど離れた牢獄で病気の発作を起こした罪人がいたが、「助けて!」という叫び声は、無視された。彼は今も、死の淵にいるだろう。


「……駄目だ。このままでは死ぬ……」


 ――そう思っていた矢先だったからこそ、フォードは掛けられた声に驚いた。


「あの、大丈夫ですか?」





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