第3話 新たな日常
巨大な陰影が頭上を支配する。全て粉砕すべきと振り下ろされる。
傲然と叩きつけられた巨人の豪腕が、パーティの一団へと踊りかかる。
絶大なる魔物、《アッシュゴーレム》の一撃に、完全回避したパーティたちはそれでも激烈な振動を食らった。
七名からなる一団のうち四名が動けなくなり、残る三名が恐怖に突き落とされる。
「うわあああ!?」
「う、嘘だろ、一撃でこの威力!?」
「駄目だ! 一端退避しろ!」
リーダーの青年が咄嗟に叫ぶが間に合わない。
灰色の名が示す通り、《アッシュゴーレム》の巨体は灰で覆われた猛巨人。
その豪腕灰は『他者の命を縮める』という極めて悪質なものだ。
対峙するだけでパーティは生命を削られる猛威の巨人。
「げほっ、がはっ……っ、足が、もう……動かない」
「諦めるな! 帰って料亭の姉ちゃんに求婚するんだろ!?」
「くそ、ダレス! 立てダレス! くそおお、もうパーティは壊滅だ! ――全員! 一人でも逃げ延び、ギルドに被害報告を――」
その瞬間。一陣の風が宙を過ぎった。
その剣撃は音よりも疾く巨人を紙切れのように寸断し、その巨体を細切れにした。
轟音と共に数十の瓦礫となる巨人の残骸を見て探索者たちが呆然とする。
「馬鹿な!?」
パーティのリーダーが叫ぶ中、一人が降り立った。
髪はくすんだ金に背中には古びた外套、全身には聖獣をあしらった防具をまとっている。
体躯こそ細いが、その筋肉は引き締まっており、顔のいくつかの傷から歴戦の強者と伺える。
「――全員、無事か?」
《アッシュゴーレム》の残骸を器用に避けながら、少年が、瓦礫の山の横でそう問いかけた。
助けられたパーティの面々が再び驚愕する。
「まさか、たった一人であの巨人を倒したのか……!?」
「嘘だろ強すぎる、『ランクゴールド』の探索者でも難しいぞ……!?」
驚きの彼らには構わず少年はリーダーへと近づく。
「無事か?」
「あ……ああ。君のおかげで脱落者はゼロだ。ありがとう……」
そのあまりの少年の強さに、思わずパーティのリーダーはぎこちなく応じる。
「死者は誰もいない……あ、ありがとう……!」
その一言で生還の実感が湧いたのだろう、他の探索者たちも次々と歓喜をあらわにする。
「た、助かった! 本当に助かった! ありがとう!」
「もう生きて帰れないと思ったわ! ……う、ぐす……あり、ありがとう……!」
「貴方は命の恩人だ! 何と言っていいか……っ」
最初、パーティの一団は呆然と少年を眺めるだけだったが、危機が去り、これからも生きられる事を実感したのだろう。
徐々に感謝の気持ちが沸き上がっていく。
「ありがとう、本当に助かった……っ! 貴方はの名……?」
「名乗るほどの者ではない。通りすがりの《掃除屋》だ」
『掃除屋』とは、《迷宮》に潜り、危機に陥った集団を助ける人間の総称だ。
地下深くに潜り込み、壊滅の危機にあるパーティへ助力。その圧倒的な武力でもって救助する仕事だ。
魔物を殺し、人を救うという道ゆえ過酷。莫大な報奨金をギルドから得られるが、相手にする魔物は強敵――『一体でパーティを壊滅させうる強者』が普通となる。
だからそれを屠るのは尋常ではない。
「そうか……道理で」
瞬間、別の区画で魔物の咆哮が聴こえた。
地の底から響くような、地獄の番犬のような咆哮だった。
少年は魔剣を携えしながら、そちらへ目を向けると、咆哮の響く方へ駆けていく。
「――ありがとう! 我々の命を救ってくれて!」
去り際、急いで叫ばれたパーティのリーダーの感謝の言葉。
少年はかすかに頷き、微笑を浮かべていた。
――妹、メリルを失ってから、一年が過ぎていた。
あれからフォードは『掃除屋』と呼ばれる職業に就き、日々を過ごしていた。
『掃除屋』と言われる人間は、もちろんそれ相応の実力が必要になる。
並の人間ならば十年から二十年、それ以上経ってようやく到れる職業だ。
それを、フォードは三ヶ月足らずで達成した。
中央大陸のギルドへ行き、容易ではない依頼をいくつもこなし、『掃除屋試練』と言われる超難関の試練を乗り越え、晴れて『掃除屋』として称号を手に入れた。
そして多額の報酬と名声を手にしている。
ここに至るまで、いくつの命を救ったか判らない。
人々に感謝された数も。
殺した魔物の数も。
もはや日常の風景になり、彼の記憶の中に眠っている。
もう、二度と『メリルのような死』を生み出さないために。
魔物に殺され、未来ある生を奪われる人を出さないために。
メリルに託された命を使って、委ねられた想いを背負って、フォードは今日も『死に怯える人々』を救うため戦う。
「――あ、ありがとうございました!」
総数七つ目のパーティを救援し終えてから、フォードはリーダーの壮年に感謝の言葉をかけられる。
もう何度聞いたか判らない言葉だ。フォードはただ一言『間に合って良かった』とだけ言い、その場を後にする。
〈やれやれ我が主さまは今日も多忙じゃのう〉
その時虚空から艷やかな声がした。
黒髪の美しい女性だ。凛とした眼差し、怜悧な瞳。人間離れした美貌と、濡れ羽色の長い髪の美女。
街中で見れば誰もが溜息をもらさずにはいられないだろう、それほどの隔絶した美貌。
けれどそれは人ではなかった。人よりもより上位たる存在。気配も、その魔力も、人とは乖離した者。
『悪霊王』。
「……エリゼーラか」
〈ふふ、今日の主さまは、特に張り切っているのう。女性が多かったからかな?〉
「馬鹿な事を言うな。たまたまだ、俺は相手が誰であれ危機に陥っているなら救う」
悪霊王エリゼーラは愉快そうに笑った。
〈我が主さまは真面目じゃのう。……まあ、そこが良くて我も契約をしたのじゃが〉
フォードは迫りくる大型魔物、《マンティコア》を一撃で斬り伏せ応答する。
「無駄話が好きだな、エリゼーラ。だがまあ……戦闘続きで飽きがない事もない。退屈しのぎの会話にしては良いと思う」
〈おやおや、誇り高き『悪霊王』の我を前に、その物言い。いかにも我が契約者らしい物言いじゃ〉
エリゼーラと呼ばれた悪霊王は、薄く笑った。
艷やかに、それでいて嬉しそうに。
〈それでいい、我が主さまよ。おぬしはそれでいい、我が魔剣を携え、魔物を屠り、塵へと変える。――その有り様は気高く思う〉
「お前には感謝している、エリゼーラ。お前がいなければ俺は今、ここにはいなかった。お前との出会いは、俺にとって幸運だった」
〈それは良かった〉
悪霊王エリゼーラは嬉しそうに顔をほころばせた
〈嬉しいのう。我としては何よりじゃ。しかしまあ……これまでのことを思うと、当然とも言える物言いじゃな。――苦労したからな。おぬしは。愛しい妹を失った後も、冤罪に遭った時も、詐欺の時も苦悩した〉
「……そうだな。俺にとって、この一年は激動だった。今でもたまに信じられない――メリルを失い、全てを無くし、けれどお前とこうして『掃除屋』として感謝される立場になれた事が」
〈ふふ、そうじゃな、退屈せぬひと時じゃった〉
エリゼーラは嬉しそうに笑う。
それが少年なりの最大限の感謝の現し方であり、エリゼーラとの出会いを喜ぶ証だったから。
だから彼女は、フォードの言葉に気を良くする。
〈さて急ぐぞ我が主、おぬしの協力を待たんとしている者はまだ多いのじゃからな、精進じゃ〉
「帰ったら酒でも振る舞おうか。お前は飲めないが、匂いが好きなんだろう?」
その言葉に悪霊王は気を良くした。
そして少年へ更なる『力』を与える。
彼を最強へ変えるために。この世の誰より高みに登らせるために。
いくつかの偶然と必然。そして激動を経て契約した二人は――しばし、出会った時の事に想いを寄せる。
† †
「諸君っ! 今日が君らの門出だっ!」
半年前。
フォードが『掃除屋』として活動する以前、広大な広場の壇上で、大柄な男性が声を張り上げた。
色黒かつ、筋骨隆々な男だった。威厳ある髭と腕が丸太のごとく太い男――ギルドマスターが、猛々しい声で叫ぶ。
「諸君らに多大な労力をかけて今日まで育て上げたのは他でもない! 《迷宮》の探索! そのための技能を鍛え上げた!」
エルケニウス大陸、深緑都市リエロ。そのギルド支部、中央棟前の大広間。
青々しく輝く空の元、五十名の新探索者たちへギルドマスターは語っていた。
「今日まで諸君らは辛く、厳しい鍛錬をこなした! だがその辛さももう終わり。これからは一流の《探索者》を目指し、邁進を期待する! 武術、魔術、集団戦……何でも良い。それらの技術を用い、諸君らが挑め! 広大なる《迷宮》が、諸君らを待っている!」
陽光が燦々と降り注ぎ、気候は上々の日だった。
ギルド中央棟の周囲を流れる水路からは清涼なせせらぎが聞こえており、穏やかな空気を醸し出す。
しかし、ギルド長の眼前に居並ぶ五十名の若輩たちは、いずれも緊張の面持ちだ。
無理もない。いよいよ今日、彼らにとって初めての探索が始まるのだ。
名のある武具を求め、壮麗なる宝を求め、膨大にして強大なる魔物相手の修羅の道が幕を開ける。
「知っての通り、《迷宮》は複雑怪奇である! 危険な魔物、罠、探索者を狙う盗賊、階層を守る主! 例を挙げればきりがない! ――しかし諸君らに授けた技能があれば必ずやそれを打破できるだろう! 諸君らの積み重ねた技能、一つ一つが諸君らの糧となり、輝かしい探索者へ至る事を祈る!」
ギルドマスターの声は胃の腑にまで響いていく。
諸君らは探索者だと。古より続く人類の悲願のために力を尽くせと、声を張り上げていく。
「数千年前! 世界を創った神々は謎の失踪を遂げた! 歴史書、古代書、口伝……いずれにも真実は伝わっていない。ただ判っていることは数千年前、【終焉の災厄】によって神々の時代は終わり、魔物はびこる《迷宮》だけが残された――それだけだ! その古の遺物が、『地下』には隠されている!」
《迷宮》探索を完遂させる事は、人々にとって悲願と言える。
何しろ《迷宮》には失われた技術が集積しているのだ。火を、水を、雷撃を、虚空に生み出す魔導具や、伝説の武具が無数に存在している。
それを阻むのが、数多いる『魔物』たち。
古代の『何者か』によって創られた人類を襲う存在。
《オーク》、《トロール》、《キュクロプス》、《リザードマン》、《サキュバス》、《デーモン》……数多の魔物たちを打破し、地上に数々の宝を持ち帰ることが《探索者》の使命だ。
「さて。明日が諸君らの初探索ではあるが、私から忠告をしておこう」
ギルドマスターのベルゼスが、朗々とした声を張り上げる。
「決して己を過信するな! いいか、諸君らは半年間、探索者として修練を積んだが、魔物は容易くそれを打ち破る! 岩をも砕く腕力! 火炎操る能力! 幻術を用いての錯乱! 何でもしてくると思え! 諸君らは危機を察したなら、すぐさま引き返せ! 撤退は恥ではない。無謀に先へ進む事こそ愚かだ! 諸君らの命――それより大切なものは存在しないのだからっ!」
当然のように応じる声が広がる。命よりも大切なものはないと。賛同する新米《探索者》たちが応和する。
しかしその中で。
「けっ、馬鹿言ってやがるぜ」
居並ぶ新探索者。五十名の中で、【ルザ】という少年が嘲笑した。
「探索ってのは命かけてナンボだろうがよ。何を寝ぼけたこと言ってるんだか」
赤色の髪に、豹のごとき細い体の少年だ。目つきは鋭く、口は悪い。言葉を放てば、他人への嘲笑か、侮りばかり。
にやにやとギルド長を小馬鹿にしたように笑い、ルザは隣に立つフォードに話しかける。
「年寄りってのは腑抜けちまって臆病になる。なあ、そう思わないかフォード?」
この半年間、何度も行動を共にした彼に話しかけられたフォードは、思わず嘆息した。
「そうか? 俺にはまっとうな事を言っているように聞こえるが」
「おいおい本気か、フォードくん? ギルドマスターってのは探索者の長だ。つまり勇敢なる探索者たちの頂点だ。それがあんな弱腰じゃあいけない。もっと腰を据えて構えていないとな」
「先代のギルドマスターは無謀な探索に手を出して亡くなったのだろう? その前の何代かも同じだ。新米である俺たちに注意を喚起する事は、当然だと思うが」
「けっ、てめえはいつもそうだよな、フォード」
ルザが嫌そうに、地面に唾を吐いて顔を歪めた。
この半年間、彼は『見習い探索者』として、多くの期間をフォードと過ごした。
しかしその度に異なる思想で衝突し、時には喧嘩寸前までいき、けれど互いに『盗める技術』があるからと、行動を共にしたのだ。
最近では今期の見習い探索者で上位を争う間柄となっていた。
「お前とは何度も言葉を交わしたけどよ、結局は意見が一致することはなかったな」
確かにそうだと内心でフォードは頷いた。
――あれからフォードは、ギルド運営の鍛錬場で修行を試みた。
と言っても、探索者としての修練が目的ではない。すでにレベル36であり、雷紋剣を駆使した戦いから『雷迅皇子』という異名を持った彼にとって、学ぶべき技術など皆無に等しい。
けれど、それでもわざわざギルド修練場で、半年を過ごした理由は単純だ。『普通の感性』を取り戻す事である。
フォードは、かつて父母によって『従者』としての教育をさせられた。それを矯正するため、新米探索者と行動を共にし、回復を試みたのだ。
今では、普通のやり取りとして不自然にならないまでに戻っている。常に敬語で話すという悪習も消え、元の口調も取り戻している。
「けっ、雷迅皇子サマはいいよなぁ? あんな腰抜け共に評価され、しかもでかい探索者パーティから誘いもあるんだろ? 羨ましいねぇ、反吐が出るぜ」
「お前はいつでもそれだな、ルザ」
相変わらず口の減らないルザにフォードは辟易する。
フォードとしてはもう少し大人しい人間と付き合いをしたかったが、このルザという男、親がギルド支部の幹部であり、親の権力で優先的に強い武具を与えられているからか、雷迅皇子とまで言われるフォードへ対抗意識を持っていた。
実力では遥か上、しかも別大陸で名を馳せた『オルトレール兄妹』の片割れ、さらにギルド教師陣からの受けも良いフォードは、ルザにとっては目障りな存在だった。
それでも、武具の扱いにはルザは目を見張るものがあり、『技術を盗む』相手としては優秀だった。
けれど、性格が悪すぎた。
今日でようやく彼との諍いも終わりと思うと、フォードは苦笑の息を洩らすしかない。
「皮肉もそのくらいにしてほしいがな、俺としては」
「けっ。そのすかした顔が気に入らねえ……」
しかし、何を思ったのか、ルザが口調を変えて語りかけてくる。
「なあフォード。てめえ、この後に宝物庫へ行かねえか?」
「なぜだ?」
「なぜって……お前、ギルドは強力な武具を保管してるだろう? 噂に聞く《魔剣デアレーゼ》、大陸一の切れ味を誇る《霊剣アリベール》、巨人を真っ二つにした逸話を持つ《雷剣ヴォルベルド》……その他、貴重かつ強力無比な武具を収めている。てめえも雷紋剣だけじゃ物足りねえだろ? だから……な? 一つ、どうだ?」
つまりは、宝物庫から失敬しようということだろう。
じつにルザらしい、身勝手で最悪な発想だった。
「やめておく。ギルドマスターが厳重に保管している物を奪うなどあり得ない。それに、俺たち新米が扱えるとは思えない」
「謙遜するなよ。お前は最強の新米探索者だ。――それに、知ってるか? 宝物庫には古い金属が使われていて、壁の一部が剥離している箇所がある。そこへ俺の用意した道具を使えば広げられ、中の魔剣デアレーゼ等を盗れる」
「そもそも窃盗は犯罪だ。断る」
「そう結論を急ぐなよ。見張りは何とでもなる。アリバイもな。あとは外側の壁さえなんとすりゃあ、最高級の武具が手に入る。――フォードよぉ、しみったれた武器で《迷宮》に挑むより、優秀な武具を抱えた方が、よっぽど有意義だろう?」
「断る。俺は不正や不徳が大嫌いだ」
妹に一流の探索者になると誓った。
それは絶対の誓いだ。彼女に顔向けできない事だけはしたくない。
「それに……付け加えておくと、俺はルザのこと信用できない。どうせ失敗して見つかるのがオチだ」
「な、なんだと!?」
ルザが顔を真赤にした。彼のプライドを刺激してしまったのだろう、その目には明確な怒りが浮かんでいる。
「てめえ――ちょっと強いからっていい気に――」
「そこの愚図っ! 何をしている! ルザ、貴様ぁ、探索の初日で問題を起こす気か!」
その直後だった。雷のごとき飛んだ大音声に、ルザがびくついた。
壇上の上、ギルドマスターの叱責である。
「くだらん戯言を吐き、またフォードを困らせていたのだろう? まったく貴様は問題児だな!」
周囲から失笑が飛び交う。五十近い視線だ。衆目の前でこけにされたルザは、ぎりっと歯をすり合わせる。
「フォード……てめえ、よくも俺に恥を……っ」
「自業自得だろう?」
「……てめえ、フォード……てめえ……っ」
「――話が逸れたな、諸君。であるからして、諸君らの健闘は、人類の悲願につながる! 栄えある若人たちよ! 古の神々の謎を解くため、人々の発展のため、諸君らには多大な――」
ギルドマスターバッカスの言葉もろくに聞かず、ルザはむっつりした顔のまま、ギルドマスターを、そしてフォードの横顔を、殺意すら滲ませ、睨んでいた。
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