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第21話  姫君の信念

 イルサール王の話が終わり、フォードは自室として用意された部屋に案内された。

 荷物を置きベッドの上に横になると、フォードは軽く息をつく。


〈やれやれ、大層な事態になったのう〉


 ベッド脇に添えられた観葉樹の香りが芳しかった。

 エリゼーラが薄い笑みを浮かべてささやくと、フォードは愛想笑いに口元を緩める。


「そうだな。予想外の事態だ」


 地下深くの十一の迷宮のいずれかにあるとされる《アトラシアの宝玉》。その探索の護衛を依頼されたフォードは、迷う。


〈……まあ、すぐに受諾しなかったのは、当然と言えよう。思考は人の持つ武器。ぬしの行動は堅実というべきじゃな〉

「そうだな」


 あるいはレミリアの時のように、担がれているならある意味マシかもしれない。

 単に彼らの虚言というならば、こちらから離れれば良いだけだ。

 しかし彼らの表情を見ると、とても虚言とは思えない。とりわけルルカやリリカからは切迫した様子がありありと見受けられていて、演技であそこまでできる者はいないだろう。


 けれど、それと受諾の話は別だ。ルルカもリリカも可哀想な境遇だ。可憐で高貴な身の上ながら、異国に飛び野盗の危機に晒され、王家の責務と戦う日々。圧し掛かる重圧は半端ではないだろう。自分とさして歳の変わらない少女が、そのような窮地に立たされている状況は、人としてどうにかしてあげたいが――。


 やはり『護衛』ともなると、これまでとは色々と意味が変わってくる。


 これまでフォードは、自分のことだけを考えていれば良かった。

 敵が自身を陥れる者ばかりだったのもあるだろう。いわば問答無用で襲ってくる相手を追い払えば良いのであり、《憑依》もそのために活用した。

 しかし彼らの護衛となるならば、自ずと攻める戦いから『守る』戦いになるだろう。


 果たして、自分ごときが彼女らを守れるのだろうか? 守っても良いのだろうか? 

 そのための覚悟は? 自信は? そもそも勝算は――?

 考えれば考えるほどに、思考の袋小路に陥る。フォードはベッドの上で何度も呻いていた。

 気づけば夜も暮れ良い時間だ。見かねたエリゼーラが声を掛ける。


〈迷っているようだな我が主よ。では一つ昔話をしようか〉

「……昔話、だと?」

〈――うむ。と言ってもつまらぬ遥か昔のことじゃがな〉


 そう前置きをして、エリゼーラは語った。もはや誰も知ることのない、遥かな過去を。


〈ある時、とあるお淑やかな悪霊がおった。その者は可憐で聡明かつ高貴ながら、強き力を持っていた。……だがある時、人間の男に恋をしたのじゃ。身分違いどころか、種族違いの恋じゃ。叶うはずもない……。だが悪霊は彼が苦難に遭うとき、さりげなく彼のそばに寄り添い、力を与え、彼のために八十年の時を捧げた。――男は最後の時を迎えるまで、我の――じゃなかった、悪霊の存在を感知する事はできなかったが、自分を幸運に導いてくれた存在に対し、感謝を述べた。――『ありがとう』と〉

「……」

〈彼は悪霊を感知することは叶わなかったが、何者かの恩恵は感じていたのじゃ。察しが悪くともな。常に何かの存在を意識し、反応する時もあった〉

「……興味深い話だが、その話、俺と何の繋がりが……?」

〈行動とは、他者への感情、地位、義理から起こすものじゃろう? その悪霊の娘は、男への思慕から行動を起こした。ならばおぬしは、何を根拠に行動する? 何をもって確信を得る?〉

「……つまり、王女たちの事をもっと知れと?」

〈然り〉


 エリゼーラは静かに頷く。


〈迷っているのなら彼女らの心の中を調べるが良い。何が必要で、何が大切なのか、それならば理解もできよう〉

「エリゼーラ、《憑依》はあくまで対象者を操る能力だ。他者の記憶、能力、行動の乗っ取り……それでは深い心象や信念などは伺い知れないと思うが?」

〈何も操り憑けとは言っておらんよ。覗け、と言っているのじゃ〉

「……『煙』のままで王女らに近づき、内面を見極めろと?」

〈そうじゃ。我のその力を使い、エルフどもが協力に値するか否か、判断するのじゃ。それが上策というものよ〉

「……」


 確かに、憑依体である『煙』なら、この屋敷全てに行き渡れるだろう。彼らを傍らで観察し、より深く知るには最適だ。

 妹メリルへの誓いも、彼女への強い想いゆえだった。

 ルルカやリリカ達は、果たしてフォードが命を懸けるに相応しいのか。


「そう、だな。やってみよう」


 フォードは『煙』状になり、窓の隙間から出て、広々とした敷地から王女達を探す事にした。



 †   †



 まず見つけたのは、リリカ王女だった。


 裏庭、いくつかの建物の陰になる位置に彼女は立っていた。花束を抱えている。

 夜闇の中、佇むのは彼女だけではない。

 何人ものエルフの子供たちとリリカは一緒だった。いずれも小さい。人間なら五、六歳といったところだろう。


「リリカさまぁ、コールス、死んじゃったの?」

「モルも帰って来てない」

「寂しいよぉ、みんな、いなくなっちゃう」


 子供たちが口々に訴えている。おそらくは、兵士たちの子供や従者見習いだろう。


 昼間、ルザたちにやられた護衛たちの死を悼んでいる。

 いずれも涙声だった。かすれた声。震える手足。その瞳にはいくつもの雫がある。


「大丈夫なのです。まだロブやネイラもいるのです! リリカだって!」


 リリカは無邪気な笑みで子供たちに微笑む。


「それに、貴方達がいるのです! 兵の数が減ろうと、貴方達がいればリリカたちは頑張れる! 優しい貴方たちの声援。それがリリカ達に力を与え、勇気を灯すのですっ!」

「リリカさまぁ」

「ごめんなさい、リリカさまも辛いのに」


 それは、リリカが子供たちを慰める光景だった。


 死んだ護衛の兵士たちを想う子供らに、リリカは優しく声をかける。

 泣きじゃくる子に対しては笑顔と柔らかな言葉を。

 憤慨する子供には温かな抱擁を。

 絶望に打ちひしがれる子には、牧歌的な歌を。

 優しく、健気に、慈愛の心を持ってそれぞれ慰めていくエルフの姫君。


 リリカは暗がりの中、綺麗な笑顔で、子供たちを励ます。


「さあ、みんな、お花を飾るのです。今までありがとうと。今日、亡くなったコールス、モル、パークス、リミンダ、ポールポロ、ベリダー、ウェスレ、ハーシェン……彼らの忠義と正義に、感謝を示し、お別れの挨拶をするのです」


 うっ、うっ、と小さな呻く声が子供らからこぼれる。

 悲しみと寂しさの涙。不安な気持ち。

 それを優しく癒やし、リリダは持っていた花束を子供らに分けていった。

 エルフ式の別れの挨拶が始まっていく。


「さよなら、コールス。さよなら、モル。さよなら、パークス」


 リリカがさえずると、子供たちも花を地面に添えながら、輪唱する。


「「さよなら、リミンダ。さよなら、ポールポロ」」


 よく見れば彼らの眼前には、小さな石の板が並んでいる。

 石の板が、亡くなった兵士たちへの墓標なのだろう。

 その前に、一つ一つ、花を添えていくリリカと子供たち。


「「さよなら、ベリダー。さよなら、ウェスレ。さよなら、ハーシェン……」」


 寂しさと悔しさの声が響く。けれどそれは悲哀の言葉ではない。

 感謝と労りの調べだった。今までありがとう。ごめんね。これからは安らかに眠ってほしい。

 やがて、全ての兵士の名を唱えたとき、彼女らは胸の前で印を結び、瞑目した。


「――我らエルフの騎士に感謝を。輝かしき魂の光。永遠に忘れない」


 終わり際、子供たちがリリカの体にしがみついて泣きついた。

 わんわん泣いて叫ぶ子供たち。その背中を、リリカは優しくさすって、いつまでも励ましていく。


「大丈夫なのです。リリカはどこにも行かない。いつまでもみんなと一緒なのです」


 その途中、フォードは気づいた。

 リリカの目元には小さな雫が浮かんでいることに。

 さりげなく自分の目元を吹き、笑顔でごまかしていることに。


「(強い少女だな)」


 フォードはそう思った。

 リリカは無邪気で奔放な少女、なのではない。

 彼女はあえて他者を明るくさせようと振る舞っている。

 おそらく、やろうと思えば威厳ある口調も使えるのだろう。しかしそれよりもみんなを明るくさせ、元気にさせることを優先しているのだ。


「リリカさまぁ……ぅ……ぅぅ……」

「大丈夫なのです、リリカがいるのです……」


 夜闇の中、フォードはは泣く子供たちと励ますリリカに、王族としての強さを見出していた。



†   †



 図書館では、ルルカ王女が本を開いていた。


 傍らには三人のエルフ兵士。長身の男、ほっそりとした女、やせぎすの男性。

 いずれもルルカのそばに身を固め、彼女と同じく本を開いている。

 いや、ルルカだけは、本を乱読していると言ったほうがいいだろう。三人の兵士はともかく、彼女は焦燥といえる顔つきで本を読み込んでいた。


「これも違うわ。これも駄目ね。こちらは供述が間違ってる……」


 中を確認しては本棚から取り出して、確認しては本を開く繰り返し。

 それはあまりに焦った者の仕草であり、頭上で『煙』状で眺めるフォードの目にも、焦燥がありありと感じられた。


「ルルカ様、少し休まれては……」


 兵士の一人、長身の男が悲痛な声音で言う。


「いくらなんでも無茶すぎます。後は俺たちにお任せください」

「そうです。ここで姫様に倒れられてては、あたしたちの恥です」


 ほっそりとした女兵士も口を添える。


「お体を大事になさってください。この前も貧血で倒れたばかり……」


 痩せぎすの男性は、特にルルカの身を案じているようだった。


「みんな、ありがとう。でもわたしが止まるわけにはいかないわ」


 ルルカは本を探しつつも優しく言った。


「すでに親衛隊は貴方たち三人だけ。こうなった責任はわたし達にあるわ。フォードさんが護衛を受けてくれるとは限らない。早急に、即戦力となる秘法を完成させなければ」


 兵士たちが悲痛な声を上げる。


「しかし! 休みもなく資料を探すなど無茶です!」

「最近はほとんど寝ていないじゃありませんか!」

「どうか休息を。姫様にもしもの事があったら、イルサール様に申し訳が立ちません」


 口々に、王女の静止を試みる兵士たち。

 しかしルルカは応じない。むしろ頑なに本を乱読しては、疲弊の色を深める。


「もう少し、もう少しなの。飲んだ者に超絶的な力を授ける『アザルヴァースの秘薬』。それさえあれば、わたしは魔神のごとき力を得られる」

「ルルカ様……」

「くそう、俺たちに、力があれば……っ」

「姫様を守るべき兵士でありながら、何もできんとは……っ」


 どうやら、ルルカは強力な魔術薬の力で戦力を補う算段らしい。

 しかし兵士らの剣幕を見るに、相当困難な代物なのだろう。

 秘薬には様々な材料が必要だ。竜、巨人、大精霊の血……正確な調合法を把握するのは至難の業。徹夜で研究するルルカの体は限界に近い。


「ルルカ様、どうか休息を!」

「大丈夫、わたしはまだ平気……あ……」


 言いかけ、ルルカは顔を押さえると、そのまま床に倒れた。

 兵士たちから絹を裂くような悲鳴が上がった。


「ルルカ様――っ!」

「しっかりしてください! 姫様……っ」

「おいロブ、すぐ東棟へ! 急いで薬を――」

「だい……じょうぶよ……」


 ふらつきながらも、起き上がるルルカ。

 その瞳には、何としても秘薬を完成させたい想いがある。


「わたしよりも、使命を優先させないと。このくらいならまだ問題ないわ。『アトラシアの神玉』が発動してしまったら、大陸そのものが消えてしまう。その危機に比べれば、わたしの体の一つや二つ……」

「もうやめてください、ルルカ様!」

「これ以上は危険です。ええい、《ヒール》っ!」

「駄目だ、顔色が戻らない! 療養室に運ぶぞ! 急げ!」


 青白い顔のまま倒れるルルカと、慌てふためく三人の兵士たち。

 無念、悔恨、焦燥。様々な感情が彼らを包んでいた。


 ルルカもおそらくは、無茶を承知しているのだろう。

 しかし自身を犠牲にしてでも事を進めなければならない窮状なのだ。

 王女としての責務。それが彼女に無理をさせている。

 フォードはルルカの強い意思を感じつつ、彼女に強い尊敬の念を抱いていた。



お読み頂き、ありがとうございます。


次回の更新は今日、17時頃を予定しております。


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