第19話 王女たちとの出会い
ルザ達との戦いを終えたフォードは、ひとまず状況を確認した。
周囲にて気鋭は無し。
冥王臓剣とリバースソード改を下ろしてフォードは一息をつく。
ルザたち捕縛した者は魔導具の鎖で縛り、木の影に捨て置き、周囲に、《感知》魔術を使う。
念のため周囲の警戒に首を巡らせたが反応はなかった。
ルザ達に襲われていた『馬車』へと近づく。止まったままの馬車の御者は気絶していた。だが体に大事はないだろう。不幸中の幸いだった。
フォードは一安心すると、幌の中を覗き込んでみる。
そして――。
「大丈夫か――」
言いかけて、ハッとフォードは目を見張った。
中には、二人の美しい少女が乗っていた。
黄金の川のごとき美麗な髪。顔立ちは儚げながらも麗しく、妖精の女神のよう。
華奢で清楚なドレス。肢体は起伏に富んで、じつに女性的。
海よりも綺麗な碧眼に、白磁のような肌。そのよく手入れされたドレスから、高貴な身分であると推察できる。
向かって左側の少女が白いドレス。右側の少女がピンクのドレス。
麗しい少女たちは姉妹なのだろう、鏡のようにそっくりそのままの『二人の少女』が、フォードを見つめていた。
「……」
と、思わず見惚れてしまったフォードに不安を覚えたのだろう。二人の少女のうち、白いドレスの方が先に声を発した。
「助けてくれて、ありがとう」
少女は涼しげな声音でそう言った。その瞳にはフォードへの深い感謝があった。
「いや、間に合って良かった。俺はフォード。探索者だ。怪我はないか」
白いドレスの少女が、優雅に頷いた。
「ええ、大丈夫よ」
「ありがとう! 助かったのです!」
いきなりフォードに抱きついたのは、ピンク色のドレスの少女である。
不意打ちだったため、フォードは押し倒される。凄い勢いだった。柔らかな体がぐいぐいと追い込まれる。
甘い香りと嬉しげな歓声。少女は嬉しそうな瞳を向けながら、フォードの胸元で喜びに声を弾ませた。
「勇敢な戦い、凄かったのです。蛮族どもを薙ぎ払ったあの手腕、尊敬するのです!」
「……はあ、まったく。リリカ。はしたないわ、離れなさい」
白いドレスの少女が慌てて止めるが、抱きついた少女はどこ吹く風。
「リリカはとっても嬉しいのです! だってあんな強い連中を追い払ってくれた勇者! リリカはとても感激したのです! 貴方はとっても強いのですね!」
そう言って柔らかく豊満な双丘を惜しげもなく押し付けてくる。
どうやら少女たちは顔が瓜二つでも性格はまるで違うらしい。
ピンク色のドレス少女は無邪気そのもの、白いドレスの方は凛々しく冷静だ。フォードは胸の中の柔らかさに動揺しながらも声を返す。
「け、怪我がないようで何より。それよりあの……離れてくれると嬉しいが」
「あ、ご、ごめんなさい……!」
ピンク色のドレスの少女はそう言って離れた。
自分の行動を恥じるように頬を染め上げる。
白いドレスの少女が謝りながら引き剥がすと、ピンク色の少女は微笑を送ってきた。
フォードとしては苦笑するしかない。
「お騒がせして、ごめんなさい」
今度は白のドレスの少女が、折り目正しく礼をする。
黄金色の長い髪が流れた。まるで黄金の川のような加齢さだ。美しくも凛々しい少女は、静かに礼を終えると、名乗りを上げた。
「わたしは【ルルカ】。イェルリーテ王国の王女よ」
「同じく【リリカ】なのです! 貴方は勇敢なのです! 助けてくれて、ありがとう!」
王女。
しかもイェルリーテ王国の者と聞いて、フォードは驚愕した。
それは『エルフ』の王国である。森に生き森の中で平和を尊ぶ種族の国。
エルフは人間から見ると容姿端麗であり、美男美女が多数。
加えて寿命も長く、平均すると三百年は生きるという。
魔術に秀でた種族でもあり、同じ魔術を使うにしても人間の倍、ないし三倍の威力は普通だという。長命で聡明で、豊かな魔力の種族。
もっとも、人間との違いが明らかなため、醜い嫉妬や誘拐に遭うことも多く、大半のエルフは遥か西の樹海で王国を築いているとのこと。
フォードも話には聞くが見たことはない。世界の辺境で平和に暮らす国の民。その程度の認識だ。
フォードは、かしこまって少女らに手を差し伸べる。
「まさかエルフの姫君とは……失礼だが、耳を拝見しても?」
エルフの耳は先端が尖っていることで有名である。
フォードは恐る恐る、ルルカの方へと声をかけた。
「ええ、大丈夫よ」
白いドレスの少女――ルルカ王女が耳元の金髪をかき上げる。
見事に先端が尖っている。他の肌と同じく白い。雪のように綺麗な長耳だった。
「リリカも見せるのです」
リリカもフォード目の前に近づいてくる。金髪を嬉しそうにかき上げると、フォードの目の前に晒した。
同じように尖った綺麗な耳である。耳でこれほど美しいなどフォードは初めて思った。
「触ってみても良いか?」
「うんっ」
許可が下りたので試しにフォードはリリカの耳に触れてみる。
ふにふに。ふにふに。柔らかい。ふにふに。
先っぽに指を這わせる。つつつー、と上から下まで撫で、そのままもみもみと揉んでみると、リリカはくすぐったそうに笑った。
「ふふ、気持ち良いのです!」
「まったく、はしたないわ、リリカ」
ルルカが白いドレスをなびかせ少女を引き離す。
「リリカ、あなた今の行為が何を示しているか判っている? 男性に五秒以上耳を触らせたら求愛の受諾よ? 気をつけなさい」
「え」
「それはもう500年も前に廃れた風習なのですよ。ルルカは意地悪なのです」
「お、脅かすな……」
それでフォードは判った。この二人には必要以上にかしこまらなくても良いと。
エルフの王族は人間のそれとは違い、ジョークやお茶目を介すると書物で読んだ事を思い出す。
〈ぬう。侮れぬ小娘よ〉
何やら傍観していた悪霊王がぼやいた。何故かそれは嫉妬めいた響きだった。
もう色々とフォードは苦笑するしかない。
「ルルカ! リリカ! 大丈夫か!?」
そこへ隼のように幌へ飛び込んできたのは、壮麗な男性だった。
背が高く線が細い。男とは思えないほど繊細な体は白く、市井に出れば娘達の黄色い声に囲まれるだろう。
フォードですら息を呑む美形だが、その体は今は血にまみれ、手には折れた剣を携えている。
背中には豪奢なマント。弓と森の印章が入った特別製、頭には王冠だ。
フォードは直感する。彼はルルカとリリカの父親なのだろう。
「お父様!」
「父上ーっ!」
ルルカとリリカ、エルフの王女たちは一目散に父へ駆け寄った。その声には安堵と歓喜。どちらも目元からぽろぽろと涙が出ていく。
「ははっ、良かった、二人とも元気で。怪我はないかい? はぐれてしまってごめんよ」
「いいえ、お父様。わたしたちは無事だわ」
「フォードに助けてもらったのです! とっても凄かったのです!」
すると初めて父王は、フォードの存在に気がついたように顔を上げた。はじめ、彼は怪訝な顔をし、次いで観察するような瞳を向けると、フォードに近づき、笑顔を見せる。
「君が……娘たちを助けてくれたんだね?」
「はい。自分はフォード、探索者をしています。《迷宮》に向かう途中、騒ぎを聞いて」
「敬語は結構だよ。命の恩人なのだろう? ――ありがとう! 人間にも、素晴らしい人がいるのだね」
何気ない一言だったが、父王の言葉の裏に幾多の苦労が垣間見えた。野盗に襲われたエルフの王族。ここに至るまで相当な苦難を乗り超えたのだろう、その口調には、理不尽に抗う強い響きが感じられた。
「いえ……ああ、いや。王女様がご無事で何よりだった」
「ははっ、いや嬉しいよ。私の名は【イルサール】。イェルリーテ王国の王を務めている」
優雅かつ颯爽とした仕草に、フォードは圧倒される。
物腰は柔らかだが、たしかに王の威厳を感じる。細い体をよく見れば裂けた服の下には筋肉が見え、ただの優男ではない事が伺える。
「娘たちのお礼がしたい。ぜひ屋敷に来てくれないか?」
「――ああ。迷惑でないのなら。ぜひとも」
光栄とはこのことだろう。エルフの王族から感謝を向けられたのだ。ルザとの戦闘でささくれかかっていたフォードの心に、温かみが戻る。
「やった! フォードが家に来てくれるのです!」
「わたしも歓迎するわ、よろしくね、フォードさん」
リリカがフォードの腕を優しく取り、
ルルカもはにかみながらも頬を緩ませる。
そうしてフォードは美しい姉妹と共に、エルフ王国の王、イルサール王の屋敷へ案内されたのだった。
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追記:21時頃になります。