表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/71

第16話  初心者用の武器を名剣に変えてみる

「ギルドカードの作成を完了致しました。どうぞ、お受け取りください」


 翌日。ギルド支部にて。フォードは職員からカードを受け取った。

 銅色に輝く金属のプレートだ。薄く軽い金属板であり、表面には傾き加減によって輝きを変える塗装が施されている。磨かれた鏡のように美しい。

 これが、探索者が《迷宮》に行く際必要なカード。自分の分身といえる物だ。


 念願のカードの取得に、自然とフォードの顔がほころぶ。

 これで、ようやく探索者再開の一歩を踏み込めるのだ。子供の頃から探索者になるため修行し、研磨し、磨いた実力。血と汗と涙の結晶の力。

 メリルを失い、冤罪やレミリアの事があったが、ようやくここまで戻って来られた。

 思わず、目尻に涙が溜まる。これほど嬉しい事はない。


〈我が契約者が歓喜に震えているのを初めてみたぞ〉


 エリゼーラがめざとく話しかけてくる。その表情は、優しい。

 慈しみの瞳を向ける彼女へ、フォードは小声で答える。


「それはそうだ。俺はこのために大陸を渡ってきたのだから」


 もうメリルと別れてから、一年以上が経つ。ずいぶんと回り道したが、これでやっと再スタート位置に立てた。感慨もひとしおだ。


 ――メリル。見ているか?

 ――俺はようやく、ここに帰ってきた。

 ――見ていてくれ。きっと俺は、一流の探索者になってみせるから。


 万感の思いで、そう亡き妹に語りかける。


 やがて、ギルド職員が、受付の奥からいくつかの書類や荷物を持ってくる。


「フォード様、探索者の登録、おめでとうございます。ギルドカードはこちらでの位置把握も兼ねております。もし《迷宮》にて、規定日数以上に戻らない場合は、救助隊を派遣致します。その際、ギルドカードの位置によって救出を行いますので、紛失、破損はご注意ください」

「はい。判っています。養成所でよく聞かされました」


 ギルドカードには魔術が掛けられている。探索者の位置が把握できるというものだ。

 ただしこれはカードが正常な状態が前提なため、破壊等されれば当然、ギルドも位置把握ができない。

 何らかの形でカードが使用できなくなった時は、覚悟をする必要があるだろう。


「またギルドカードは、フォード様の身分証ともなります。紛失、破損の際には直ちにギルドへお越しください」


 それもすでに知っていた。

 ギルドカードは魔術で作られており、登録した人間の名が刻まれている。これは偽装などがほぼ不可能で、世界どの大陸に言っても身分証としても使用可能。

 その恩恵は複数あり、ギルド指定の宿屋での割引、危険地域への立ち入り許可、一部歓楽街でのサービスなど様々である。


 色は『カッパー』、『青銅ブロンズ』、『シルバー』、『黒銀ブラックシルバー』、『黄金ゴールド』、『白銀プラチナ』――その六種類だ。

 登録直後は銅。以下、経験や実績を重ねていけば青銅、銀と上位に上がっていく。カードのランクが上がるにつれ、恩恵や社会的な信用も向上していく。

 以前フォードはランク銀まで行った。当然、そこまでは早々と到達したいものである。

 一連の説明を終えた職員が、警告を発する。


「ギルドカードを所持しているということは、栄えある探索者の証。世界の命運を担う一員となったということです。街での窃盗、殺傷、その他犯罪に関わった際にはギルド直轄騎士団の制裁の対象になります。監獄行きの場合もございます。その点もご留意ください」

「はい、よく心得ています」


 さすがにまた監獄行きはもう御免だ。この大陸にはガルグイユ監獄は存在しないが、異なる厳しい監獄が待っているだろう。


「ギルド登録の恩恵についてご説明させて頂きます。当オルダス・ギルド支部でご登録頂きましたので、オルダスの街では各種割引が適応されます。二割の宿場、三割の武具店、五割の公衆浴場など――様々な施設が対象です」

「判りました、さっそく後で使わせてもらいます」


 宿屋などが割引になるのは便利だ。冥王臓剣を担保に入れた相乗効果で、私設次第では半額以下で利用できる場所もある。

 フォードは泊まっている宿場で利用しようと思った。


「また、初登録の際には祝いとしていくつかの贈呈をさせて頂きますね。初期資金として、銅貨二百枚、銀貨五十枚の贈呈。及び、最も近い《迷宮》の地図――この支部の場合は第五迷宮、《岩窟》の第一層から第十層の地図を贈呈致します」

「ありがとうございます。大事に使わせて頂きます」

〈ほう、資金や地図までも貰えるとはな。太っ腹じゃな〉

「(それだけ探索者には危険もあるということだ。丸腰ではすぐに死ぬからな)」


 迷宮では多数の魔物を相手に戦う事になる。

 倒しても『再湧出リポップ』と呼ばれる現象で魔物が絶えることはない。

 しかし地図があればそれだけ有利に探索を進めるのは真実だった。

 ギルド職員がさらに奥から物品を持って来る。贈呈品の説明を続ける。


「最後に、装備について。当ギルドでは初期装備として、五種類の武具から一つをお選びいただくことができます。『リバースソード』、『烈詠の弓』、『封毒の杖』、『ビーストアックス』、『風華の槍』の中からお好きなものをお選びください」


 ギルド職員は、受付のカウンターに、鈍色の長剣、橙色の弓、黒色の戦斧などを並べていった。

 初心者用の武具だ。ルザと共に学んだ養成所でも説明された、初心者用の武具。どれを選ぶかで探索の難易度が変わってくる。


 『リバースソード』――再生可能な長剣。

 『烈詠の弓』――下位魔術の祝詞を短縮可能。

 『封毒の杖』――毒に対する常時耐性を持つ。

 『ビーストアックス』――獣系の魔物へ威力一・三倍。

 『風華の槍』――風の魔術の使用可能。


 いずれも探索初心者を助ける魔導具となっている。

 養成所で人気だったのは『風華の槍』だ。先端から風を出すことのできるそれは、どんな探索者にも使いやすく、選ぶなら風華の槍だと養成生たちの間で評価されていた。

 逆に、不人気なのは『リバースソード』だった。破壊されても再生が可能なのは便利だが、刃の切れ味が悪く、下級のオークすら満足に倒せない。

 ゆえに剣としてではなく、『壊されても良い盾』や『牽制用』の道具として評価されていた。

 

 だが、フォードはあえてその『リバースソード』へ手を伸ばした。

 ギルド職員も意外そうな顔を見せる。やはり、実際にこの剣が選ばれる事は稀らしい。


「……選択の武具は、『リバースソード』でよろしいでしょうか?」

「はい」


 力強く断言すると、さすがに怪訝な顔をされた。フォードは続けて言う。


「それと、確かギルドでは武具のレンタルも行っているらしいですね。それも今すぐ用意して貰いたいのですが」

「あ、はい。一日銅貨十枚での貸し出しですね。少々お待ち下さい」


 ギルド職員が武具の収納箱を運ぶため、一度奥に引っ込む。

 これも初心者救済の措置だ。ギルドは先の五種類の武器の他、いくつか武具も貸し出しているのだ。

 リバースダガー、烈詠のワンド、ビーストクロー、風華の篭手など。


 ここでも、当然選ばれるのは利便性に優れた『風華の篭手』である。リバースシリーズは人気がない。ともすれば他の引き立て役とも取れる装備だが――

 フォードは、運ばれたレンタル用の武具類を眺めて言った。


「『リバースソード』を二本、『リバースダガー』を四本、それと『リバースシールド』二つのレンタルをお願いします」

「え」


 ギルド職員が驚いた。これは当然だろう。不人気なリバースシリーズを選択、しかも複数ときている。いったいこれはどういうことだろう? この人は何を考えているのか? 

 そう職員が疑問に思うのも無理はない。


 だが、フォードとしてはれっきとした理由がある。真顔で職員を見つめると、職員は咳をし、了承を表明した。


「……失礼。承りました。レンタルは総額一日で銅貨八十枚となります」


 フォードは財布の中から指定の枚数を取り出し、職員に渡した。

 怪訝な眼をした職員に笑いながらも、フォードは礼を言って受け取った。



†   †



〈――我が契約者よ。あれはどういう事じゃ? おぬしには冥王臓剣がある。わざわざなまくら剣を使わずとも、十分に探索は可能だと思うが?〉


 リバースソードなどを受け取った後。

 受付を宿場に帰った直後に、エリゼーラが疑問を投げかける。


「もっともな疑問だな。確かに冥王臓剣は素晴らしい武器だ。だがあればかりに頼るのも考えものだ。《迷宮》は人智の及ばぬ魔窟。何が起こるかわからない。なら当然の備えとして、予備の武器は必要だろう?」

〈それはそうじゃが……それにしても貧相過ぎると思うが〉

「いや。じつはガルグイユ監獄から盗った宝に、面白いものがあった。『斬剣竜の血液』と言うが、これが凄く使えるんだ」


 フォードが荷物袋から取り出したのは、かの監獄から盗った、薄闇色の液体だ。

 『斬剣竜』と呼ばれる全身刃の竜の血液である。

 粘性の特性を持っており、小さなガラス管の中で傾けると、とろりと流れた。フォードがゆっくりと、エリゼーラに見せるように掲げる。


「この『斬剣竜の血液』は、物質の特性を変化させる力を持つ。特定の金属と合わせると、素晴らしい切れ味を発揮させる」

〈特定の金属だと? まさか――〉


 魔剣を持つ悪霊王にはすぐに理解が及んだらしい。


「そう。まさにリバースソードの原材料、ニッベス鋼だ。ニッベス鋼は再生能力を持つ優秀な金属だが、刃物としては弱い。だが『斬剣竜の血液』をよく塗り込む事で……」


 フォードはリバースソードの一本を取り出した。そして刀身へ『斬剣竜の血液』を塗り込ませると、刀身自体が一瞬、光り輝き――。


〈性質が――変わったな〉

「そう。見た目には同じだが、お前なら判るだろう? エリゼーラ。この剣が、根底から生まれ変わり、名剣となった事を」


 剣事態に特別な変化はない。鈍色に光る刀身、やや厚みのある金属剣、それだけだ。

 しかし悪霊たるエリゼーラには感じる。刃に宿る力、染み渡った斬剣竜の血液。それがリバースソードに変質を促せ、まったく別の武具へと進化させている事を。

 高々と頭上に掲げたリバースソードを見つめながら、フォードが語った。


「試しに冥王臓剣に向かって、叩き下ろしてみよう」

〈それは無謀というものじゃ。冥王臓剣は無敵の魔剣。たかが人間の生み出した剣と、トカゲごときの血液を組み合わせた所で、刃こぼれどころか刃が砕けるじゃろう〉

「では試してみるか? この剣が、どれほどの威力を持つか――」


 フォードはエリゼーラに不敵な顔を見せると、冥王臓剣を卓上へと置いてみせた。


 そして軽く息を吐き、リバースソード改を振りかぶる。

 思いっきり、全力を込め、冥王臓剣へと叩き降ろした。

 ガキィィィィンという、甲高い金属音が宿屋の室内に響く。


〈フフ、見よ我が契約者よ。冥王臓剣はびくともせぬ。やはり我が剣は最強じゃ!〉


 確かに、叩き下ろされた冥王臓剣は何の異常もなかった。

 卓上の上で、変わらぬ暗色の燐光を放っている。

 しかし数秒が経ち十秒が経ち二十秒もすると――。


 ベキキッ、ゴギンッという音を立て、冥王臓剣が折れた。


〈なんじゃと――――――っ!?〉


 エリゼーラが声無き悲鳴を上げた。

 冥王臓剣はまさに真っ二つ、刀身の中間で断ち割られて、見るも無残な有様だ。よく見ると折れたというより斬れている。最強というべき悪霊の魔剣は、ガラクタ同然となってしまった。


〈わ、わ、わ、我が最高の魔剣が……っ〉

「……あー、困った。思ったより斬れ味が良すぎた」

〈良すぎた、ではないわ愚か者ー! 貴様我の魔剣に何をしてくれる愚鈍者め! 貴様簀巻にして岩盤に埋め込むぞ馬鹿者めが――っ!〉


 もの凄い剣幕でエリゼーラが怒ってくる。

 さすがにこの結果は予想できなかったので、フォードは弁舌でなだめるしかない。


「落ち着いてくれエリゼーラ。これは、斬竜剣の血液は、刀剣に塗り込むと武具を再生させる効果もある。これでお前の冥王臓剣も修復、」

〈我が魔剣をその辺のなまくらと一緒にするではないわ! たとえ刃が傷つき折れようとも、自ら復元する能力を有しておる! それより気に入らないのは、おぬしの態度よ。まったく、我が契約者ながら不遜じゃ。本気で殺して獣に食わせようかと思ったぞ!〉

「それは勘弁してくれ。お前に嫌われたら俺に為す術はない」


 仕方がないので今度は逆にしてみる。

 『リバースソード改』を今度は打ち下ろされる側にして、フォードは冥王臓剣を思いっきり叩きつけてみた。

 するとさすがに魔剣である。冥王臓剣は、容易くリバースソードを砕いてみせた。


〈ふはははっ! やはりなっ! 我が魔剣に勝るもの無し! 愉快爽快じゃ!〉


 ご満悦のエリゼーラである。黒髪とドレスが揺れていかにも嬉しそう。

 とはいえ両方で壊し合ったので、少なくとも威力や耐久性に優劣は付けがたい。


 これを人類の叡智が成した名剣の誕生と取るべきか、悪霊王の魔剣が並ばれたと思うべきか、判断は難しいだろう。粉々になったリバースソード改が、時間を巻き戻すかのように元の形状に戻った。

 どうやら、この再生剣は魔剣に打ち砕かれても、完全復元が可能らしい。


〈ふふ。面妖な剣じゃな。まあ人間の編み出した剣にしてはなかなかの物だ〉


 エリゼーラは素直に褒める。

 ちなみに斬竜剣は希少な竜だ。迷宮にも滅多に現れないため、この製造法を知っている者はわずかだろう。


「お褒めに預かり光栄だ。エリゼーラの機嫌が直って何よりだ」

〈そもそも、よくそのような強化を思いついたのう。斬剣竜の血液だったか? かの竜は我の時代でも希少だった。知識を得るなど、普通叶わないはずじゃが?〉

「俺の実家は探索者の名門だからな。前に言ったよな? オルトレール家。その実家の書物庫に、武具の鍛錬法の本もあった。それを読んで、斬剣竜やニッベス鋼の事を知った」

〈ふむ……なるほどのう。人間の叡智もあながち馬鹿には出来ぬな〉


 感嘆が半分、呆れが半分といったエリゼーラ。

 ともあれ武器の強化には成功した。あとは本来の自分の戦術を復活させるだけだろう。

 フォードは荷物袋から『マダラオオグモの霊糸』を取り出す。


 ガルグイユ監獄から盗んだ一品だ。

 これは耐久性と柔軟性に優れ、しかも持ち主の意思により伸び縮みする優れ物である。

 このマダラオオグモの霊糸で、二つの強大な剣の柄を結ぶ。

 魔剣と名剣。見事に柄で結ばれ、これで投擲しても戻ってこれるようになった。


〈ほう。それはガルグイユ監獄で見せた武装じゃな〉

「ああ。やはりこちらの方がしっくりくる」


 剣の柄と柄を糸で結び、投擲可能とした装備。

 かつてレミリアとの脱獄の際に使った戦術だ。

 あれから色々あり、冥王臓剣だけを主武装としてきたが、やはり本来の形に戻すと、感慨深いものがある。


 フォードは右手に『冥王臓剣』、左手に『リバースソード改』を手に取った。


「これで俺は本来の力を、いやそれ以上の力を得られた。――感謝する、エリゼーラ」

〈ふふ。ぬしの覇道はこれより始まる。我と歩む栄光の道のりが! 征服せよ、我が契約者! 我と、おぬしの力を合わせ、広大なる迷宮を屈服するのじゃ!〉

「ああ、判っている」


 エリゼーラが意気揚々と叫ぶ。

 冥王臓剣と、リバースソード改。

 悪霊王の力と人類の生み出した知恵の名剣。

 それらを携え、フォードはいよいよ《迷宮》探索に挑むのだった。



†   †



 ――そうして、時は『現在』へと舞い戻る。

 一度奈落の底に落ちた剣士は再び栄光の地へ。悪霊王と共に栄誉の階段を駆け上がる。

 時には人々を救い、時には人々に感謝されて。

 そうしていくつもの依頼クエストを達成し、手にしたのは『掃除屋スイーパー』という強者の称号。

 探索者としてのランクは上級と呼ばれる『ランク黒銀ブラックシルバー』となり。

 彼は数多の魔物を屠ってきた。


 そうして、妹メリルと生き別れてから一年。さらに悪霊王と出会ってから三ヶ月。

 彼は、とある『王女』たちと出会い、新たな物語を紡ぎ出す。

 



【フォード 十七歳  探索者 ランク黒銀 レベル49

 クラス:双剣使い

 称号:『最愛の人を亡くした者』 『克己者』 『悪霊王の契約者』

 体力:484  魔力:469  頑強:475

 腕力:481  俊敏:507  知性:515

 特技:双剣技Lv21 短剣術Lv16 投擲術Lv18 

 固有特技:『悪霊王の憑依術』Lv3

 装備:冥王臓剣+リバースソード改(マダラオオグモの霊糸・結合版)

    リバースダガー改×四本 

    リバースソード改×二本

    リバースアーマー(白)

    リバースシールド(白) 緋影の篭手など】



お読み頂き、ありがとうございます。


次回の更新は明日、20時頃を予定しております。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ