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第12話  悪霊王との散策

〈さて、街だ、街であるぞ、我が契約者よ!〉


 空中でふわりと漂いながら悪霊王エリゼーラは嬉々と言う。

 前の前には中規模港都市、オルダスの賑やかな光景だ。

 四大国家の一つアリアスル王国。その東方地方の玄関口とも言える都市の一つ。


 大通りに軒を連ねる商店。

 道行く探索者の姿。

 喫茶店の呼び込みをする娘、武具の値切りに熱心な若者。

 占い師、地図師、鍛冶師、調合師――様々な人間が往来を闊歩している。


〈ほう、数千年の間でなかなかに賑々しいものじゃの。我のいた時代とはまるで違う〉

「まあ、その間にギルドや探索者の制度が出来たからな。栄えた街は大体このような感じじゃないのか?」

〈我の時代では、人間は細い体つきで、貧弱な武具で闊歩しておった。建物も低く、みすぼらしい。この数千年でよくここまで栄えたものじゃのう〉


 なるほど、確かにエリゼーラの言う通り、街には三階建て以上の建物が多数ある。

 装飾もなかなか華々しく、王国の威厳や威信といったものも感じられる。

 極めつけは宿屋の壮麗さだろう。遠目からでも見える中央の大きな塔は、看板に大きく『ホテル ファリアールの麗宴亭』と書かれている。他にもいくつもの宿屋が、港からでも見える巨大さを誇っている。

 探索者とギルドという制度が確立し、人が集まり、繁栄した一つの光景である。


〈ふふっ。宿場じゃ! 宿場じゃ! 美しい! なあ我が契約者よ。あの最も壮麗な宿場に泊まろう! 我はそれを望む〉

「何を言っている。俺は探索者だ。あんな貴族たちが好む場所は拠点に相応しくない。内装の豪華さよりも、利便性を追求すべきだ。――というより、俺は壮麗な場所より質素な方が好きだ。却下だな」

〈何を言う! ぬしは我が至高なる契約者。人の格とはまず形から。おぬしの格を上げるため、まずは壮麗な建物にて居を構えるべきじゃろう!〉

「格など……案外とエリゼーラは俗っぽいな。そもそも俺は疲れてクタクタだ。落ち着かない場所より好きな方を選ぶ……お、向こうに良さそうな宿屋がある。『水の鳥亭』、よし、あれにしよう」

〈待て、待つのじゃ我が契約者よ。本当にあの宿場にする気か? みすぼらしいあの宿場じゃぞ? ま、待つがいい我が契約者よ。ええい、このいけずめ!〉


 エリゼーラが叫ぶ。

 何と言おうと、フォードは落ち着ける場所の方が良かった。

 頭上でエリゼーラ文句を言うのを聞き流し、フォードは素朴な宿屋に入った。



 †   †



〈我は一人で外に行く〉


 宿屋の部屋に入るなり、エリゼーラは不機嫌にそう言った。

 長い黒髪が気のせいか細かに揺れている。目は呆れとも不満ともつかないもので彩られており、その柳眉も微妙に逆立っている。

 もしかして怒っているのだろうか。


「どうした? 不機嫌だな」

〈ふっ。我に不機嫌などという概念はない。あるとすればおぬしの心に罪悪というものがあり、その影響でそう見えるのだろう。我はいたって平常じゃ〉

「俺の妹が怒ると似たような顔だったのだが、悪霊王も案外子供っぽいのか?」

〈ぐっ、人間の小娘と我を一緒にするな! 良いか? 我は己の格を陥れるぬしの選択を悔いておる。じつに浅ましき選択だとなっ〉

「それはすまんな。だがこれでも警備の魔術はかけられているし、安全だ。まあ……一人で行くなら気をつけてな。俺は寝てるから」


 そう言うと、エリゼーラはますます不機嫌顔になった。


〈ふっ。我が気をつけることなど何もないが、一応忠告は受けとっておこう〉

「いや、エリゼーラが人間の街に迷って、戻れないのではないかと心配してな……」

〈違う! 我は出る! おぬしは寝ていろ、永遠にな!〉


 それでは死んでいるのでは、とフォードは思った。

 エリゼーラが柳眉を逆立てて、扉の方に向かおうとする。いかにも憤然とした顔だ。

 そのまま浮遊し、彼女は外へ出ていくと思いきや――


〈ぐあっ!?〉


 直後、エリゼーラが視えない壁にぶつかったように悲鳴を上げた。

 まるで紐で引っ張られたかのごく、その体ががくんと引き戻される。

 一瞬驚いた顔をしたエリゼーラだったが、彼女自身の体と、フォードの姿を見渡して、忌まわしげに語る。


〈おのれ。どうやらおぬしと契約したためか、おぬしから遠く離れられぬ〉

「なんだと、そうなのか?」


 どうやらエリゼーラは移動に制限があるらしく、一人では遠出できないようだった。

 その行動範囲はおよそ三メートル半。ほぼフォードの周囲しか回れない。

 エリゼーラは口惜しそうに、納得できかねて何度も外に行きかけるが、その度に視えない紐に引っ張られるように、前進を妨げられていた。


〈ぐぬぬ……っ〉


 訊けばエリゼーラは悪霊王として初めて高純度の契約をしたらしい。

 契約とは通常、術者と契約者の間に強い力を生じさせるだけのもの。

 けれどフォードは強い憎しみや憤りを得て、さらにエリゼーラはそんな彼に心惹かれている。

 いわば、魂の中で強い結びつきが生まれているのだ。

 そのため、過去のどの契約者より強大な《憑依》を使えることが出来るが、逆にそれがエリゼーラの行動を狭めてしまっている。

 皮肉と言えば皮肉だった。


〈まあ、《憑依》の熟練度が上がればこれも克服されるじゃろうが……おのれ、口惜しい制約めが!〉

「気の毒だな。それじゃあ俺はお前の仰せの通り、ここで寝ているから」

〈待て。待つがいい我が契約者よ! 本当に寝る気か? 我を放っておいて。外出を後回しだと? この愚か者ぉ、起きるのじゃ!〉


 起きろと言われて起きる馬鹿はいない。フォードは連日の疲れもあり、エリゼーラの罵声を子守唄代わりに、夢の世界へと旅立っていった。

 その間、エリゼーラは「つまらん……」「暇だ」「いけずな契約者め……」「なあなあ我が主よ、遊んでおくれ……」とさみしげに呟き続けていた。



†   †



〈我が契約者はいけずである〉


 三時間後。フォードは無愛想な悪霊の声に笑った。


「おはようエリゼーラ。良い目覚めだな」

〈もう日が暮れ真っ暗じゃがな。我が契約者は焦らせるのが好きらしい〉

「すまん。冗談はともかくとして、そろそろ外出るから」

〈なんじゃと!? 早く行こう我が主よ! 散歩、散歩!〉


 単純な悪霊王だった。それもフォードに気を許している証だろう。

 悪霊王と雑談しながら冥王臓剣や荷物袋を携えながら外に出る。


 夕刻は過ぎ夜の帳が降りていたが、街には繁華街を中心に夜の喧騒が走っている。

 フォードは街のギルド支部へ行こうとして、悪霊王に呼び止められた。


〈我が契約者よ。せっかくの夜の散策じゃ。ここは繁華街に行くのが常道ではないかのう〉

「繁華街だと? 俺は興味はないが。それよりギルドで登録を済ませたい。俺は何者かに嵌められて投獄されたからな。まだこの大陸の登録証ギルドカードすら持っていない」

〈登録? おぬしは『オルトレールの兄妹』の片割れであろう。であるならばとうにギルドとやらの登録を済ませたはずじゃろう?〉

「残念ながら妹の下僕にされた際、両親が俺の資格を剥奪してな。今の俺は単なる一般人だ。業腹だが、また一からやり直すしかない」

〈不憫じゃな……〉


 エリゼーラは空中でふわふわとドレスを揺らしながら、気の毒そうな顔をした。

 しかしそれとこれとは別である。悪霊王としては自身の欲望も満たしたいのだ。


〈登録は後でも良いじゃろう? 我は人間の街を見てみたいのだ。たっぷり焦らされた挙げ句、またお預けとあっては、我慢できぬというものよ〉


 気のせいか頬を僅かに膨れさせながら、悪霊王はそんな事を言う。

 フォードは苦笑しながら、彼女への感謝も兼ねて、言う通りの場所へ向かうことにした。




〈おおっ、これぞ人の欲望! 金が飛び理性が飛び、願望が渦を巻いてゆく姿じゃ!〉


 街外れの繁華街。金や銀で着飾り、壮麗な建物を前に、エリゼーラは興奮していた。

 踊り子が舞う。色店の呼び込みが飛ぶ。巨大なダンスホールではポールをよじ登り情熱的な踊りが披露されている。賭博場で響く、悲喜こもごもの声。広場に向かえば、真剣を用いた闘技大会が開催されている。逆巻く喧騒を肴に、エリゼーラは笑む。


〈良いものじゃのう。やはり人とはこうでなくてはならぬ。美麗に、華麗に、燦然と。咲き誇る情熱の嵐。ふふっ、楽しいのう〉


 どうやらエリゼーラは人の営みや街の喧騒といったものが大好物らしい。


 以前にもこうして街を散策しては夜の街のすみずみまで立ち寄ったとのこと。

 悪霊王とは欲望の化身。すなわち感情が激しく揺れ動く瞬間が大好物。極限まで人が気持ちを昂ぶらせるとき、すなわちそれが彼女の幸福だった。


〈我が契約者よ! 次は我らが賭博をしよう。我が《憑依》を用い、千金を得るのじゃ!〉

「……まあ、少しだけならいい、のか?」


 フォードは、ここに来るまでに、《憑依》のルールを決めた。


 一つ。基本、人殺しや犯罪の類には使わない。

 一つ。迷宮の探索や、自衛、世話になった人間の危機にのみ行使する。


 これは当たり前だ。自分は殺人鬼でも快楽主義者でもない。妹メリルとの『一流の探索者へ』という誓いを破る気はない。《憑依》は、然るべき時のみ使用する。

 ただ、エリゼーラが強く望む場合は別である。彼女はフォードの契約相手。命を救ってくれた恩義もある。一日くらいならば、目を瞑って彼女の我儘に付き合うと決めていた。


〈おお、我が契約者よ、あの男ならどうじゃ?〉

「なかなか悪そうな顔だ。あいつでいいか」


 試しにフォードは適当に賭博参加者の体に乗り移り、三時間ほどゲームをする。

 カードにダーツにダイス――大当たりするまで十五のゲームを繰り返した。


 コインを交換すれば、金貨千六百枚ほどの景品となる。


〈くははははははは! 見よこの金銀宝を! 我が契約者は輝きに溢れておる!〉

「おい、変に絡まれる前にずらかるぞ。面倒だ」

〈金じゃ! 金が我らの前にたくさんある! 至福じゃ! 最高だぜにゃははは!〉

「おい、喜びのあまり性格崩壊してないかお前!?」


 《憑依》がバレることはないだろうが、賭博場で急な大当てするとろくなことがない。

 以前フォードは、メリルと小さな賭博場で大当たりを出したが、絡まれた事がある。


 それにエリゼーラも喜びすぎて壊れてきている。


 こんな大賭博場で絡まれるのも面倒だ。

 すでに、いくつか嫉妬の目を感じている。さっさと元の体に戻り、換金してしまう。


【フォード 新しく獲得した装備類】

 固有特技:『悪霊王の憑依術』Lv1 → Lv2(憑依時、『本体』の体を自分の意思で操れる。『憑依体』の移動速度が音速にまで上昇)

 新所持品:緋影の篭手、ヘルドレイクの炎牙、麒麟の霊髭、ラクシェルの腕輪、煉獄石の結晶、古代樹の翠枝、エルダーバロンの邪牙、水竜の小鱗 アポーピスの神胃など】



 賭博場でいくつか強力な品物と換金した。ガルグイユ監獄の宝物庫で得た物と合わせて、探索の助けになるだろう。

 その中で最も重宝するのは『アポーピスの神胃』だ。

 これは黒と灰色の斑袋であり、空間を湾曲させ、道具を収納する効力を持つ。

 この袋により、フォードはこれまで得たアイテムを一括収納する事ができた。


 もちろん、不正で得た物をずっと使い続ける事には抵抗がある。

 だからいつか、探索者として安全な地位と財産を築いた時点で、この賭博場には金を『落とす』と決めた。



 そして、最後に――最も重要な変化。

 フォードはここに至って、『憑依術』の技量が上がった事に気づいていた。

 利便性が増していた。どうやら《憑依》は、使えば使うほどその力が増すらしい。

 今以上に強くなれる――その姿を想像して、フォードは思わず身震いした。


「さあ、次はいよいよギルドへの登録だ。探索者としての再出発だな」



お読み頂き、ありがとうございます。



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