大切の順番
2019年 コーヒーサイフォンが壊れた時のお話
妻がコーヒーサイフォンを落として割った。コーヒー好きの私がずっと使っていたサイフォンだ。
あまりコーヒーを飲まなかった妻が、結婚すると私に付き合ってコーヒーを飲むようになり、サイフォンを興味津々で見ていたかと思えば、自分でもコーヒーを淹れるようになったのだった。
割れたのは「上ボール」と呼ばれる部分。
割れてしまった上ボールを前に、妻が泣きそうな顔をしている。
まさかガラスでどこか切ったのか。大丈夫か。ケガしてないか。心配で声をかける。
妻にケガはなかった。ただ、私が大切にしていたサイフォンを割ったことにショックを受けているようだった。そうか良かった、ケガさえなければあとは些細なことではないか。
もちろん長く使っていたサイフォンだ。思い入れもある。だが、妻以上に大切なものがこの世にあるだろうか。今まで積み上げてきた信用も、財産も、すべてを失うことがあっても、妻さえ残ってくれればそれで良い。道具は傷つき壊れても、妻が傷つくことはあってはならない。この順番は絶対に変わらない。だから気にすることなんかなにもない。
だがそう伝えても妻の顔は晴れなかった。どうすれば心が晴れるだろうか。サイフォンが直れば気も軽くなるだろうか。しかし古いサイフォンは、すでに生産中止からかなりの年月が経っており、コーヒーショップで聞くとやはり入手は難しいようだった。
2日後、コーヒーショップから「上ボールが見つかった」との連絡があった。どうやらあちこちで代替品を探してくれたらしかった。ありがたい。妻に伝えると、ようやく安堵の表情を見せてくれた。
今回は直ったけど、いつかは壊れるんだから気にするなよ。そのときは2人で新しいのを買おう。
妻に伝える。伝わってるといいな。