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突然の恐怖




 ヒュウヒュウと、風が建物の隙間を抜ける音がする。


すっかり日の暮れた王都の繁華街、時刻は深夜。


日中は観客で活気があるオペラハウスも、この暗闇の中では不気味に感じてしまう。


微かに灯る外灯の光も、ある男が側を通った瞬間、不思議なことにフッと消えて無くなっていった。


漆黒の闇の中、その男が誰かに呼びかける。


「オーウェン、いるんだろう。さっさと出てこい。夜は短いのだから」


ザっと風が吹き抜けたかと思うと、道の中央に黒いスーツ姿の青年が突然現れた。


「そう急くな。お前の目的の女がいる場所は、大体見当がついている。俺の従魔を放っているからな」


オーウェンと呼ばれた青年は流し目で外灯の陰にいる男を見て、余裕の笑みを浮かべる。


黒いシャツに黒いスーツ、その胸元にゴールドのチェーンが飾られたシンプルな服装ではあるが、切れ長でまつ毛の長いボルドーの瞳とスッと通った鼻筋の大人らしい顔立ちには、そこはかとない色気が漂う。


「それならいい。人間の王家のやつらは上手く隠したつもりでいるようだが、“奇跡の血”が誕生していることは随分前から気付いていた」


外灯の陰に隠れ、黒いロングコートのフードを頭からすっぽりとかぶった男―――レオン・フォスターは静かな声で言葉を発した。


「ヴァンパイアの王子様も気苦労が絶えないな。“奇跡の血”の誕生の報告がなくとも、微かな血の香りを感じ取ってしまうんだから」


「“奇跡の血”は我々ヴァンパイアの魔力を大幅に増大させ、寿命をも延ばす。古の血の契約を継続させることはヴァンパイア王家の責務だ」


ビュウッと強い風が吹き、レオンのかぶっていたフードが頭から外れる。


おどろおどろしい内容を話していたヴァンパイアの王子様は、涼しげなアメジストの瞳でオーウェンを見つめながら外灯の陰から出てきた。


少しウェーブのかかったブロンズの柔らかな髪が夜風に揺れる。


レオンの美しく整った顔立ちが先ほど雲間から出た月の光にうっすらと照らされ、幻想的な雰囲気が醸し出された。


「高位ヴァンパイアであるお前にも協力してもらうからな」


「…分かってるよ、王子様」


オーウェンはぼそりと呟き、ため息を吐いたかと思うと次の瞬間には風と共に消えていた。






 自分には幼少の記憶があまりない、と常々思う。


正確には無いわけでは無いが、その記憶が現在の生活とあまりにかけ離れている為、それは夢の中の出来事だったのではと思っている。


新作のケーキに使う野いちごを取りに森の中へ入ったレイラは、足を止めてふとそんなことを考えていた。


過保護な義弟には一人で出歩くなと口うるさく言われているが、こんな天気のいい昼間の時間帯くらい平気だろう。


小さな花がそよ風に揺れ、周辺に野いちごが見える。


それらをつもうとして近づくと、黒い毛の塊が視界に入った。


(何だろう。動物かな…)


クルンと丸まっている毛の塊は、よく見ると黒猫であった。


(わぁ…日向ぼっこしてる。可愛い)


元々猫好きのレイラはその黒猫に静かに近付きしゃがみ込むと、ふんわりした背中を撫でた。


「ミャー…」


黒猫は気持ちよさそうに体を伸ばし、ゴロゴロと喉を鳴らす。


「フワフワで気持ちいい…あれ?君は飼い猫?」


猫がゴロンと転がった拍子に、首元にグレーの首輪が見えた。


首輪の中心には涙の様な形の赤い宝石が揺れている。


(どこから来たんだろう。村で黒猫を飼っている家なんてあったかな)


考えを巡らせていると、茂みの奥からガサガサと誰かが近付く足音がした。


音の方に顔を向けると、のどかな田舎にふさわしくない黒いスーツの男がこちらに向かって歩いてくる。


近付いてくるにつれて見えてきた顔立ちは遠目から見ても整っていた。


青年の方に気を取られていると、指に鋭い痛みが走る。


「あっ…痛…」


猫の嫌いな部分を撫でてしまったのだろうか、爪で引っかかれた跡からは薄く血がにじんだ。


瞬間、いつの間に近付いたのだろうか、黒いスーツの男に強引に手を取られていた。


「…見つけた」


「急に、一体何を」


男の手を振りほどこうとするも、更に強い力で側にあった木の幹に体ごと押し付けられる。


レイラの顔には恐怖の色が浮かんだ。


その顔を男は余裕めいた表情で見つめたかと思うと、血のにじんだ彼女の指を口に含む。


「間違いない…“奇跡の血”」


至近距離で熱のこもった瞳と目が合い、レイラは頭の中が混乱した。


「“奇跡の血”…!?」


「お前は将来、俺達ヴァンパイアに捧げられる身だ」


レイラはその言葉の意味が全く分からなかったが、とにかくこの状況から逃げなければと強く身をよじった。


しかし拘束する力は強く、顎に手をかけられて一瞬そらした顔を無理やり男の方に向けさせられる。


「いいか、よく覚えておけ。その体、その血の一滴すら、全てが俺達のものだ」


「意味が、分からない…っ」


あまりの恐怖に耐えきれずレイラの瞳から一筋の涙が零れる。


その時、遠くから人の足音が近づいてくるのが聞こえた。


男は舌打ちをするとレイラへの拘束を解く。


「時が来たら必ず迎えに来る」


口の端を上げてそう告げると、風と共に男は消え去った。


その途端、レイラの体から力が抜けて地面にへたり込む。


遠くから自分の名前を呼ぶ声が聞こえるような気がするが、思考回路が停止して動けない。


涙だけが次々に白い頬を伝う。


呆然と頭がかすむ中、温かい腕にギュッと抱きしめられた。


「義姉さん…!大丈夫!?」


「ライアン…」


力のない声で呟くと、抱きしめる力がより一層強くなる。


筋肉質な腕の感触に、いつの間にこんなに成長したんだろう…と緊迫した場面に似つかわしくない思いが頭をよぎるが、ふと義弟の顔を見れば、普段村の女性から天使と噂される甘い顔立ちが怒りに染まっていた。


アイスブルーの瞳は鋭い光を放ち、真っすぐにレイラを見つめている。


不安と心配、何者かへの怒り。


ライアンの入り混じった感情が見えてレイラは何か言葉を発せねばと口を動かした。


「私は大丈夫…大きな怪我はしてない。初めて見る黒い髪の男に“奇跡の血”と言われて。ヴァンパイアへ捧げられる身だって…」


ライアンは苦し気に顔を歪ませると、レイラの後頭部に手を回して安心させるように頭を撫でた。


「大丈夫…絶対、俺がそんなことさせないから」





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