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古の契約




 朝日にきらめくプラチナブロンドのロングヘアを風になびかせ、一人の女性が村にある唯一のパティスリーの開店準備をしている。


彼女はアンティークな雰囲気を漂わせる上品な店の前に開店を示す看板を掲げると、晴れ渡った青い空を見上げた。


「今日は暑くなりそうだから冷たいお菓子を多めに用意しよう」


にこやかな顔で独り言を呟き、腕を上げて小さく伸びをする。


「レイラ義姉さん、外の準備は終わった?」


パティスリーのドアからひょっこりと顔を出したのは、キャメル色の髪にアイスブルーの瞳の、一見女性と見間違うほど中性的な甘い顔立ちの青年。


「うん、掃き掃除も終わったし、花壇の水やりも完璧。ライアンの方は大丈夫?」


長いまつ毛に縁どられたロイヤルブルーの瞳を細め、レイラと呼ばれた女性は青年へ笑顔を向ける。


「店内もほとんど準備は終わったよ。最後に今朝作ったフルーツケーキをガラスケースに並べよう」


朝日に照らされたレイラの美しい笑顔にライアンは頬を少し赤くするが、それをごまかすように言葉を発した。


それを聞いたレイラは開店準備を終えるべく店内へ急ぐ。


爽やかな初夏の風に、彼女の白いシフォンのワンピースが揺れた。






 海に囲まれた小国 ブランニーズは王制国家であり、王都は栄え周辺の国から一目を置かれている。


また、絶対的な中立国であり周辺のどの国にも属さず、どの国も決してブランニーズへ戦を仕掛けてはこない。


その大きな理由として、ブランニーズが“魔石”と呼ばれる魔力が込められた石の最大の輸出国であることがあげられる。


様々な属性の魔石のおかげで人々の暮らしは飛躍的に豊かになり、暑い夏でも部屋を冷気で満たせ、新月の夜でも道に明かりを灯すことができるようになった。


その魔石の製造方法は難しく、他国では魔導士が数ヶ月かけて製作することも珍しくはないが、ブランニーズでは日々多くの魔石が輸出されていく。


その製造方法は国家機密で世に出てはいないが、とあるおとぎ話の中でひっそりと語り継がれている。


「太古の昔、ブランニーズの王とヴァンパイアが共存の契約をし、数十年〜数百年に一度生まれる”奇跡の血"の王族をヴァンパイアへ捧げる約束をした。

その対価として、ヴァンパイアは魔力を込めた魔石を提供し続ける。

王と血の契約を交わしたヴァンパイア達は、魔力を増幅し寿命も延ばすという”奇跡の血“の力で鋭い牙を隠し、人々の生活に紛れて暮らしている―――」


今ではその物語を本気で信じる者はいない―――限られた王族と聖職者を除いては。






 義理の姉弟であるレイラとライアンが住む小さな村は、王都から離れた森の中にあった。


鬱蒼と生い茂る木々の合間を抜けて道なき道を行くと突如として開けた土地が現れ、数十軒のレンガ造りの家々とその合間に数軒の商店が建つ。


村の広場の中心には白い教会が建ち、中では数人の若い聖職者達が生活しているようで、ブルーグレーの生地を銀糸で縁どったローブを着た青年達がよく周辺を歩いている。


その中でも一際周囲の女性の視線を引き付けている青年、ギルバート・クラークは村唯一のパティスリーに向かって足を進めていた。


色素の薄い茶髪にエメラルドグリーンの瞳を持つ爽やかな顔立ちで、体躯は長身で程よく細身。


村の住人とは思えないほど洗練された風貌は、彼が聖職者の階級でもトップクラスの位にいるからだろうか。


長い脚で軽快に歩くその先には、淡い思いを抱く女性が働いている店がある。


もうすぐその人の顔が見られると思うと、ギルバートの口角は自然と上がっていった。


チリンチリン…という涼しげな音が響いてドアが開くと、いらっしゃいませ!と笑顔を向けるレイラが姿を現す。


「ギルバート、数日ぶりね」


「ああ、少し仕事が立て込んでいて…レイラの顔を見られなくて寂しかったよ」


何日かぶりに見た彼女はいつもより数倍眩しく見えて、彼は思わずプラチナブロンドの髪にそっと触れた。


「またそんなこと言ってからかうんだから」


「こんなことを言うのはレイラにだけだよ」


レイラはにこやかな笑みを浮かべつつ近すぎる距離のギルバートから離れようとするが、間髪入れずに彼はレイラの手を取りそっと口づけを落とした。


その瞬間、真っ赤に染まるレイラの頬。


(もう、可愛すぎてたまらないな)


数年間レイラと過ごすうちにギルバートの心に芽生えた思いは、彼女が女神のように美しく成長するにつれてどんどん大きくなり心の中を占拠していく。


(守護対象者にこんな思いを抱くのは、いけないことかもしれないけど…)


エレニア村のパティスリーの店員、レイラ・ディアス。


彼女の真の名は、レイラ・ブランニーズ―――まごうことなき、王族の姫であった。


ただ、その真実を彼女だけが知らない。


物心ついた時から村で育てられ、両親は出稼ぎに出ていて月に一度しか顔を見せないものだと思っているが、その実両親は王宮に住まう王族であり、月に一度平民に変装して彼女の様子を見に来ていた。


両親が不在の間は乳母がパティスリーのオーナーという仮の姿で彼女を育て、王族としての教養を身に付けさせた。


周囲の村人達は全て騎士や王族の守護に当たる者で固められており、義弟であるライアン・ディアスも例外ではない。


彼が10歳を過ぎた頃に、両親を事故で亡くしたという設定でパティスリーに引き取られたライアンであったが、本来の彼は幼い頃から鍛錬を積んだ剣の天才であり由緒正しい騎士の一族の者であった。


全ては“奇跡の血”のレイラをヴァンパイアから守り抜く為―――古の血の契約は、おとぎ話ではなかったのだ。




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