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第97話

「エルミナさん……どうして……」


 想次郎は床に這いつくばりながら、既にエルミナが出て行ってしまった小屋の戸を恨めしそうに見つめた。床に思い切り拳を叩き付けてやりたい気分だったが、身体は未だに動かせなかった。


「あーあ、怒らせちまったなぁ。まあ……なんだ、ああなるのは無理もねぇか」


 そう言いながらシナリスは想次郎の身体を仰向けに起こしてやる。


 何故彼女が激高し、あんなことをするのか、想次郎には未だ理解ができていなかった。それだけに想次郎はシナリスの言葉に苛立ちを覚えた。


 この世界に来てから日の浅い想次郎であったが、それでも彼女の傍に一番長く居たのは自分だと。彼女のことを一番良く理解していたのも自分だと。


「シナリスに何がわかるのさ!!」


 やり場のない怒りをシナリスに向ける想次郎。そして現実世界でさえ極力波風を立てないように、他者に対してそこまで感情を剥き出しにしたことのなかった想次郎は、そんな自分に少し驚いていた。


 湖面の僅かな波も折り重なれば大きな波になる。たまたま大きくなった心の揺らぎが瞬間的に閾値に達しただけのことかもしれない。それでも想次郎にとっては初めての経験だった。


「確かにガキだなおめーは」


「な、なんだとっ!」


 想次郎はシナリスを睨み付けることしかできない。だが、当のシナリスはそんな想次郎を一瞥し、ふんっと鼻で笑った。


「まあ、ガキなのは向こうも一緒か。ったく、揃いも揃って素直じゃねー。見ていてムカつくぜ、ムカつき過ぎて笑けてきた」


 シナリスは視線を伏せると、今度は自嘲気味に笑った。そして最後に聞こえない声で「前の自分を見てるみてーで」と付け加えた。


「……そんなに、僕みたいなのに頼るのが嫌なの? 僕みたいな弱虫に守られるのが、そんなに…………」


 想次郎の中で苛立ちの感情が引いて行くと同時に、今度は惨めさが湧き上がって来る。この世界に来てから心の中で何度も誓ったこと。「彼女を守る」。だが、それは結局自分の独りよがりだったとわかった。


「結局……僕のことなんか……」


 頼るに値しない人間だった。


「そうだよ……僕は何を勘違いしてたんだ……」


 想次郎は思い返す。現実世界で常に考えていたことを。


「何を勘違いしてたんだ。こんな世界に来ても、何も変わらない。どこまでも〝僕〟は〝僕〟だったじゃないか」


 想次郎は思い返す。この世界に来てからの自分を。


 所詮想次郎という何もない人間。弱虫な子供。きっと大人な彼女からしたら、そんな頼りない子供の、さも「僕が守ってます」といったスタンスに嫌気が差したのだろう。


 想次郎はそう思った。


「はは……。この世界ではちょっと強いからって、調子乗り過ぎだ……。こういうところが……ああ、そうか……」


 想次郎の中で先程聞いた彼女の『所詮子供ね』という言葉が反芻される。その意味がわかった気がした。


(僕は誰よりも弱虫で、怖がりで……。それでも彼女を、エルミナさんを守る為なら頑張ろうって……、頑張ってみようって、思ってたんだ……)


 だがそんな願望や理想を抱く事さえも、彼女にとっては〝所詮子供〟の考えることだったのかもしれない。そう考えると想次郎は虚しくなった。


(確かに頼りなかったかもしれない。でも、僕なりに何とかやってきたじゃないか。僕みたいな人間がこんな世界で彼女とこうして今日まで無事にいられたのも、僕なりに頑張った結果じゃないの……?)


 それも彼女にとっては大きなお世話だったのかもしれない。


 想次郎の中で感情が負の連鎖を始め、ぐるぐると巡るうちに次第に重くなっていく。想次郎は耐え切れず、辛うじて動かせる頭を床に打ち付けた。


「ホントに、お前は何を勘違いしてんだ?」


「……え?」


 そのシナリスの言葉は、先程想次郎が口にしたものとは別の意味があるように聞こえた。


「まさかお前。あの女がお前みてーなガキに頼るのが嫌になったとか、そんなこと考えてんのか?」


「だって、その通りじゃないか」


 図星を突かれ、ムッとしながらもそう言い返す想次郎。


「はっ! やっぱガキだぜ」


「だって!」


「いいか?」


 シナリスは想次郎の言葉を遮る。


「あの女が一度でもお前に対して〝迷惑〟だとか、そんなこと言ったか?」


「そ、それは……」


 いかに世間擦れに乏しい男子高校生である想次郎であっても、大人の世界には社交辞令というものがあるということくらいわかる。しかしシナリスは続ける。


「あいつ、お前が目を覚まさないあいだ、ずっとベッドの横に張り付てたんだぜ。アンデッドは眠らないつってもな、一時も目を離さず、何時間もずっとだ」


「エルミナさんが……?」


 想次郎が確認するようにナツメの方へ視線を向けると、彼女は無言でこくりと頷き、シナリスの言葉を肯定した。


「ずっと後悔してるみてーだったぜ? 〝わたしが参加の後押しをした所為だ〟って、ベッドの横でずっと言ってた」


 確かに今回のドラゴン討伐への参加はエルミナの後押しがあって決定したことだ。しかしそれは想次郎自身の失態を取り戻す為である。


 にも関わらず、エルミナは責任を感じていた。想次郎が怪我をし、昏睡状態になったのは自身の所為だと。


「自分の責任でひと晩中目を覚まさなかった奴から、傷も治りきらねーうちに〝危なそうだけど愛しのあなたの為に行ってきまーす〟なんて威勢よく言われた日にゃあ、そりゃあキレるわな」


「…………」


 想次郎は口を噤む。もはや感情を形容する言葉が見つからなかった。


「って、ことで俺もそろそろ行くか」


 そう言うと、シナリスはゆっくりと立ち上がる。先のことが消化しきれていない想次郎には、そのシナリスの行動を理解する余裕がない。


「ようやく、返せるってか? カタチだけじゃなくな。面倒だが、仕方ねーか」


「シナリス!?」


「勘違いすんなよ。お前らがどうなろーと知ったこっちゃねー。けどな、これは俺なりのけじめだ」


 そう言ってシナリスは壁に立て掛けていた剣を担いだ。


「ホントは例のドラゴン討伐で借りを返すつもりだったが、結局全部お前に持ってかれたからな。ってことでじゃあな」


「待って……」


 想次郎の言葉には反応せず、エルミナに次いでシナリスも小屋を後にした。


 身体の麻痺は相変わらずで、どうすることもできない想次郎は唇を噛み締める。


「何だぁ? 二人とも行っちゃうのかぁ?」


 その様子を不思議そうに眺めるナツメ。


「うーん…………。うーん…………?」


 小屋に残された想次郎の傍らで胡坐を掻きながら腕を組み、思案気に小首を傾げる。


「…………。なあ想次郎?」


 仰向けの体勢の想次郎を四つん這いの体勢で覗き込みながら、ナツメは尋ねる。


「二人は想次郎の為に行ったのか?」


「二人とも、僕なんかの為に…………」


 ナツメの言葉を受け、想次郎の目尻に涙が浮かんだ。


「そっかぁ想次郎の為か……うーん……」


 そんな想次郎を余所にナツメはより深く考え込む素振りを見せたかと思うと、突如両耳をぴこんと立てた。


「うん! じゃああたしも行く!」


「ナツメ!?」


「じゃっ、想次郎! そういうことだからお大事に!」


 ナツメは飛び上がるように立ち上がると、そのまま外へ駆け出して行ってしまった。戸は開け放たれたままであった。


 一人残された想次郎の頬を撫でるように、開け放たれた小屋の入口から風が吹き抜けた。


 麻痺の所為で自身の顔に触れることのできない想次郎は、風の冷たい感触で涙が頬を伝っているのを感じた。


 想次郎が今思えば、エルミナは事あるごとに口にしていた。


 「あなたが守ってくれるのでしょう?」と。


 頼るのが嫌だったわけではない。自身の所為で想次郎の身がこれ以上危険に晒されるのが耐えられなくなったのだ。


(このままで良いのか……)


 奥歯を噛みしめることしかできない想次郎。


(このままじゃあ皆が……)







------------------フレーバーテキスト紹介------------------

【モンスター】

アンデッド族C4:ラストマーダーキャット

猫型の獣人族が死後アンデッドになった姿。生前に強力な呪術をかけられたアンデッド獣人の上位種。ラストマーダー(快楽殺人)の名が意味する通り、人を殺めることだけが彼女らの存在意義である。

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