第84話
ナツメの視線の先、想次郎が釣られるように遠くへ目を凝らすと、何か黒い影が四人の方へ真っすぐと飛んで来るのが確認できた。徐々に空気を裂くような鋭い音が耳に入り始める。明らかに鳥の類ではない。
「どうするの!? こっち来るよ!」
「どうするも何も、ここでやるしかねーだろ」
そう言って剣を構えるシナリス。
迷っている暇などなかった。漆黒の魔物は想次郎の想像を超える速度で迫る。
そして両翼と鋭い牙を持つその巨体は、想次郎のたちの少し手前で大きく翼を扇ぎ一旦速度を殺すと、その場でふわりと地に降り立った。翼が生じさせた風に砂埃が混ざり、四人は腕で顔を覆う。
「で……でか……」
まるで己の力を誇示するかのように両翼を広げる魔物の姿を前にして、言葉を失う想次郎。上空での姿を見た時は小さく錯覚したものの、実際にはドラゴンの名に恥じぬようなかなりの巨体だった。
その魔物は長い首をゆったりと振って四人の姿を視界に収めると、威嚇するように咆哮する。まるで幾人もの鋭い悲鳴と低い唸り声が織り交ざったようなその鳴き声に、思わず目を瞑ってしまう想次郎。肌に当たる音圧が痛く感じる程凄まじかった。
「勝てるの? ホントに……」
想次郎はそう漏らしながら恐る恐る目を開ける。
「まずは……第三の眼」
想次郎は何とか意識を現実に向け、その巨大な魔物に対して魔法を唱えた。
ドラゴン族C3:スカイハンター
Lv35
生命力2865
技力23
魔力85
攻撃力145
防御力246
敏捷性189
体力365
所有スキル 物理属性:C2鋼の牙、風属性C3:ガスト、炎属性C3:火炎の息
弱点属性:雷属性
「レベルは僕やナツメよりも下だ。でも、このステータスって……」
文字通り桁違いの生命力を始め、明らかに同レベルの人間よりも高いステータス値。全く優位とは思えなかった。想次郎の中で恐怖心が際限なく膨れていく。
「よっしゃ! やるか!」
「ぶった切ってやる!」
呆然と立ち尽くす想次郎を余所に、ナツメとシナリスは我先にと駆け出してしまう。
「え!? ちょ、ちょっと!」
強大な魔物に微塵も怯みを見せない二人に、戸惑う想次郎。
「ぼ、僕も行かなきゃ……」
そう口にしながらも足はまるで根を張ったように動かない。
「ふぅ……」
想次郎が振り返ると、やや後方でエルミナが手頃な岩に腰掛け、一息吐いていた。
「あの二人に任せておけば良いではないですか。あんなに張り切っているのだし」
「でも……」
そう言いながらも内心で葛藤する想次郎。可能ならばこのままやり過ごしたい、その気持ちが一層大きく膨らみかけた時、横たわっている先発組の事切れた姿が視界に入った。
「そんなわけにはいかないですよ!」
このパーティの中で一番レベルが上なのは自分自身だ。二人に任せて逃げ回って良いわけがない。そう決心すると、ようやく想次郎も二人を追って足を踏み出した。
それに今回討伐を成し遂げた場合はその報酬を四人で山分けする約束だ。例え許されるのだとしても、このまま何もせず報酬だけを貰うことは想次郎にはできなかった。
「エルミナさんは安全な場所にいてください!」
振り返りながらエルミナにそう声を掛ける。
「まったくもう……」
しかしエルミナはその言葉を無視しながら億劫そうな所作で立ち上がり、そのまま想次郎に続いて駆け出す。
「エルミナさん!?」
「わたし一人だけサボってるみたいで嫌なんで、適当に戦いに参加するフリでもしています」
そう言って仮面を外しながら、微かに笑みを見せた。
「わかりました。でも、気を付けてください」
「平気です。だって、あなたが守ってくれるのでしょう?」
「ええ、当然です!」
想次郎はそう言って笑みを返した。
ドラゴンに属する魔物、スカイハンターに対峙するナツメとシナリス。その横に少し遅れて並ぶ想次郎とエルミナ。
「お? 想次郎も珍しくやる気出たか?」
「怖いんだったら隠れてていーんだぜ? メガネ」
想次郎の参戦に素直に嬉しそうな表情をするナツメと、意地の悪い笑みで嘲るシナリス。
「大丈夫。僕も……やります!」
「ふんっ」
シナリスはそれ以上は何も言わず、しかし上機嫌そうに鼻を鳴らした。引きつった笑みを返す想次郎。
「バカ! くるぞ!」
直後にナツメの声。スカイハンターはその場で飛び上がると、一瞬想次郎の方へ気を取られていたシナリス目掛け、頭から突進する。
「おわっ!」
あまりの速さに反応できないシナリス。シナリス自身、表では不遜な態度ながら決して見誤っているわけではなかった。しかし、彼の想像以上にスカイハンターが素早かったのだ。
瞬時に回避が間に合わないと判断したシナリスは、剣の腹を相手へ向け、防御の姿勢を取る。
「レクシオ!」
頑強さが自慢の自分でも流石に無傷では済まないと覚悟をしていたシナリスだったが、スカイハンターの身体は彼にぶつかる直前で静止していた。
「ナイスだぜ! メガネ!」
想次郎が唱えたのは盾を張る聖属性魔法。生じた三角形の光の壁がスカイハンターの一撃を防いでいた。
「なーんだよ! できんじゃねーか! そんな魔法も!」
思わぬ魔法のアシストを受けたシナリスは満面の笑みで想次郎へ称賛を送る。しかし、想次郎はそれどころではなかった。
「は、はやく……なんとかしてっ!!」
両手を構えながら盾に魔力を込め続ける想次郎。ふるふると小刻みに震えるその両腕には血管が浮き出始めており、今にもはち切れそうだった。
「はやくっ!」
スカイハンターの突進と拮抗していた光の盾にひびが入り始めた。魔法を維持するのは早くも限界だ。
「言われなくてもわかってるっつーの! おい猫娘!」
「あたしに命令すんな、アホちん!」
シナリスとナツメは光の盾の両端から素早く回り込むと、その場で飛び上がり、スカイハンターの顔面目掛け左右から挟み込むような一撃を放つ。
「「砕牙!」」
ナツメは爪で、シナリスは剣で。見事なまでに同時に叩き込まれる二人の剣技。それを受け、スカイハンターは甲高い断末魔を吐き出しながら首をくねらせると、大きく仰け反る。
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【モンスター】
ドラゴン族C3:スカイハンター
伝説上の存在であるドラゴンの血を引く飛竜の一種である彼らは、祖先と比べるとその体躯はかなり小さく退化してしまっている。だが、それでもなお、彼らが空の王者であることに変わりはない。




