第77話
「あわわわわ! 指輪指輪!」
想次郎は慌ててポーチを弄り、前回勝因となった装備アイテム〝不屈の指輪〟を探す。焦るあまり、回復薬や財布の中の硬貨がばらばらと床に落る。
「ちょっと待て待て! そう警戒すんなって!」
自身を倒した筈の少年が見せるその慌て様は、シナリスにとっても計算外だったらしく、両手を軽く上げ、戦意がないことを示しながら想次郎を宥める。
ナツメは無言のまま、しかし敵意剥き出しの視線をフードの陰からシナリスへ向けていた。
「落ち着いたか? ここ、良いか?」
シナリスは慎重に両手を下すと、想次郎とナツメのテーブルに空きの椅子を見つけ、指差し、了承を得ないまま腰掛けた。
「まあ、座れや」
席から立ち上がったままの想次郎を上目に一瞥すると、着席を促すシナリス。
「…………どういうつもりですか?」
想次郎は警戒心を緩めないまま、とりあえず席につく。
「話があんだ。ただの話……、嘘じゃねぇ。今日はお前とやり合うつもりなんてねーんだ」
「…………」
想次郎は無言のまま頷く。しかし、怪しいものを見るような視線で、表情は強張っていた。相手がその気でない以上、想次郎も荒事にならないに越したことはない。
だが、相手はエルミナを、この世界で想次郎にとって一番大切な存在を傷付けた張本人。最終的には想次郎が深手を負わせたとはいえ、すぐに受け入れられるものではなかった。
「で? 何の用です?」
「その前に一杯飲ませろ。せっかく酒があんだ。おーいねーちゃん!」
シナリスは手を上げて店員の女性に注文をする。
「ぷっはー!」
シナリスは運ばれてきた泡立つ液体の注がれたジョッキをいっきに胃に流し込むと、心底幸せそうな顔をした。
「いってててて……」
だが、すぐに脇腹のあたりを押さえ、
「大声出すとまだ、お前にやられた傷が痛むぜ……」
そう言ってシナリスは恨めしそうな目を想次郎に向ける。
「すみま…………い、いや、謝りませんよ!」
反射的に途中まで言いかけてから、想次郎はふと思い直し、咄嗟に口を噤む。
「冗談だ。まあ、それで良い。俺だって恨まれるようなことをしたって思ってるからな。謝られたところでこっちが困っちまう」
「…………」
「でもな、俺も謝らねぇ。本当の勝負なら俺は死んでた。あんな力量を隠してたお前が悪いって、今でも思ってる。ったく、思い出すだけでむかっ腹立つぜ……」
「…………だから、別に隠してたわけじゃないって、言ってるじゃないですか」
「まあ良い。今日はな、その腕を見込んでちょっとした儲け話を持って来たんだ」
「儲け話……?」
想次郎はこの世界で降って湧いた「儲け話」に何の疑念も持たず軽い気持ちで首を突っ込み、結果、現在窮地に立たされている。それだけにシナリスの言葉を聞いて余計に警戒心を強めた。
「ああ、儲け話だ。お前もアウルムの旦那に乗せられて絶賛借金塗れ中だろ? 知ってんだぜ? 悪い話じゃねぇ。お前程の実力があればな」
「すみませんが、ちょっと信用できないです」
「ははは! そりゃそうだ! って、いててて……」
シナリスは笑い声を上げると、再び脇腹を押さえた。しかし、苦しそうというよりは、そんな自身の状態を楽しんでいるふうでもあった。
「だが話だけでも聞いてけ、悪い話じゃねぇってのはホントだ。……って、お前、名前なんつーんだっけ?」
「…………想次郎です。話しても無駄ですよ? ただでさえこの街の人間を信用して痛い目に合ったんです。あなたのことが信用できるわけないじゃないですか」
「想次郎! そうだった。変な名前だから余計に覚えにきーな。そんなこと言わず聞くだけ聞いてけ」
全く乗り気でない想次郎だが、シナリスはなおもしつこく食い下がる。
「なあ、想次郎。こいつ何なんだ? もうほっといて行こう?」
傍らでしばらく黙って聞いていたナツメが想次郎の袖を引いてそう促した。
「もしかしてそっちのは……このあいだのとは違うようだが、お前も魔物か?」
シナリスはナツメの方を向き、顎でしゃくるようにする。
「あん? そうだけど、何か文句ある?」
ナツメはフードから鋭い視線を向け、「きしゃーっ!」と威嚇するような声を出した。
「ああ、彼女はスプーキーキャットのナツメ。危険な魔物じゃないから安心してください」
想次郎はそう言ってナツメに抑えろという視線を送る。
「ホントお前は物好きっつーか、変態だな。魔物女マニアか? まあ人様の趣味趣向に口出しするつもりはねーけどよ。程々にしておけよ? 街の中に首輪も無しに魔物連れ込んでるってバレたら大騒ぎだ」
「バレないように……気を付けてますから……」
「そりゃあご苦労なことだ。でもここで俺がバラしちまうかもって、考えなかったか?」
シナリスはそう言って意地の悪そうな笑みを浮かべた。行間にバラさない代わりに話を聞けと入っていることが明白だった。
「なぁ想次郎。こいつぶん殴っていいか?」
ナツメが片手の拳を握り、想次郎に了承を乞う。
「え!? やめてよ! いきなり何言い出しちゃってるの!?」
「おう、やるか? 化け物女。俺はそこのメガネに用があるってだけで、お前は邪魔だ」
シナリスも背に担ぐ剣の柄を握りながら応じる。
「ふんっ! 死んで後悔しても遅いからな!」
「やめてって! ナツメも何でそんな喧嘩腰なのさ!」
身を乗り出すナツメの両肩を掴み、何とか抑えようとする想次郎。
「これだから人間は嫌いなんだ!」
「はぁ? そっちのメガネ小僧も人間だぞ、バカか? バーカ」
「想次郎は可愛い顔してるからいーの! バーカ、バーカ! チ〇カスやろー!」
「ふ、二人とも、やめて! 声が大きい!」
想次郎が必死で宥めるが、ナツメはローブから両手を出すと、人の手形態だったその表面に赤黒い肉がミミズのようにのたうち、絡みつくように収束、大きな猫の手を形成していった。やがて表面に獣の毛が生え、それぞれの指からは鋭い爪が生えた。
想次郎は慌てて猫の手を引っ張りナツメの手から引き抜くと、
「ああーこれ! 作り物ですよー」
騒ぎを聞き、店員や他の客の視線を集めてしまっていたので、想次郎はナツメから奪い取った猫の手を頭上に翳し、魔物でないことをアピールする。
周囲の人間たちはしばらく怪訝そうだったが、次第に各々の会話に戻っていった。
「はぁ……」
ひとまず安堵する想次郎。この二人に挟まれた状態では想次郎の気苦労が絶えなかった。
「わかりました。話だけでも聞きます」
想次郎はようやく椅子に腰を落ち着けると本題に入る。
「あくまでも聞いてみるだけ、ですが」
そう念入りに前置きをして。
------------------フレーバーテキスト紹介------------------
【魔法】
風属性C2:ファルトゥム
装備武器に一定時間、風属性をエンチャントする。
武器に風の魔力を纏うことで刃の切れ味を増す他、気流で相手の刃を受け流す効果を付与する。エルフの里では、この地のどこかに存在するという世界樹の幼木を素材に、常に風の魔力を帯びた魔剣を生成することができるという。




