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第65話

「なぜ……あなたが……」


「なぜって、てめぇが舐めた真似したからだろーが」


 そう言って髪をかき上げるシナリス。言葉を返された想次郎は、しかしその真意が理解ができなかった。


「あの……財布、返してください」


「あぁ? これのことか?」


 シナリスは財布を懐から出すと、見せびらかすようにひらひらと振り、そして再び懐へ仕舞った。


「返して欲しければ取り返してみろ」


「取り返すって……」


 想次郎の手が両腰の剣に伸び掛ける。が、途中でその手を止めた。


「嫌です」


「あ?」


「嫌ですよ。こんなこと、する意味なんてありません」


「つくづく舐め腐っているな……」


 そう言ってシナリスは視線を鋭く尖らせる。揺らめく火の光が男の瞳に映り、ゆらゆらと揺らめいていた。


 だが未だに想次郎はわからない。何故こうも自分が目の敵にされなければならないのか。


「てめぇ、あん時手ぇ抜いただろ。わかり切ってんだよ。あぁ? 馬鹿にしてんのか?」


「て、手なんて抜いてませんよ!」


 それはまごうことなき想次郎の本心であった。手を抜くどころか、あの時の想次郎はその場を切り抜けることで精一杯だった筈だ。


 確かにレベルという指標では想次郎の方が上だ。だが、死ぬかもしれないという状況下で、小心者の自分が手を抜ける筈がない、そう思った。


「はっ! 信じられるか! あの動き、速さ、相当なもんだった。魔法まで使いやがって。せっかく久々に骨のありそうな相手だと思ったのによ、良い所で降参なんてふざけた真似しやがって」


「でも! 本当に僕は!」


「いつまでもそう言い張るってんなら良いさ。勝手に始めさせてもらう」


 シナリスは想次郎と距離を保った状態でゆっくりと剣を降ろし、下段に構える。


 そして振り上げる直前、想次郎はシナリスの口の端が怪しく吊り上がるのを見た。


「まさか!」


 想次郎が嫌な予感を察し、動いた時には遅かった。


「撃連斬・風牙っ!」


 空を切る高速の二連撃。その技は決闘場で想次郎が一度見たものだ。離れた相手に向かって風の斬撃を飛ばす特殊剣技。


「エルミナさん!!」


 シナリスの意図に勘付いた想次郎は、咄嗟に剣を抜きながら自身の横にいるエルミナの方へと飛ぶ。


「いやぁっ!!」


 しかし一歩及ばず、連続する風の刃がエルミナを襲う。同時に響く悲鳴。そのまま彼女の身体を吹き飛ばし、建物の壁へ叩き付けた。


 衝撃で朽ちて脆くなった壁にひびが入る。壁に背を付けたまま、ずるずると床にへたり込むエルミナ。


「っ!?」


 彼女の漆黒のドレスは胸の辺りで十字に切り裂かれ、そこから見える腹部は抉れて肋骨の一部が露出していた。だらりと力なく垂れ下がった両腕。少し遅れて仮面が砕け、ばらばらと破片が床に落ちる。


 曝け出られる彼女の素顔。その瞳は虚ろで今にも気を失ってしまいそうであった。


「エルミナ……さん……」


 その情景に絶望し、彼女の傍で膝を付く想次郎。彼女へ向けて震える手を伸ばすが、どうして良いのかわからず、無様に宙を彷徨った。


「だい……じょうぶ……。わたしは大丈夫だから……」


 既に首すら動かせない状態ながら横目で想次郎を見ると、エルミナは消え入りそうな声でそう告げた。


「よ、よくも……」


 目元に涙を溜めながら立ち上がると双剣を構える想次郎。憎悪の視線をシナリスに向けた。だがこの期に及んでも想次郎の足はがたがたと震えてしまっていた。


「あぁ? なんだそりゃ?」


 しかしシナリスの視線はたった今攻撃したエルミナへ向いている。曝け出された彼女の顔、生気のない青白い肌には歪に走る縫い跡。深紅の瞳。それを見てシナリスは眉根を顰める。


「アンデッドか? お前、魔物なんて連れ回してんのか?」


 そしてそのまま視線を双剣を構える想次郎へ移動させた。


「連れ回してるつっても、首輪付いてねーじゃねーか……。ってことはテイムじゃねーのか? なら俺がここでぶっ殺しても問題ねーな。街に入り込んだ魔物を退治したってことになんだからよ! そうと決まれば早速引導を渡してやる」


 そう言いながらシナリスは剣を片手に大胆にも距離を詰めて行く。


「わあぁぁぁっ!」


 想次郎は声を上げて震える足を奮い立たせ、シナリスがエルミナの元へ辿り着くよりも先に駆け出した。


「やめろぉっ!」


「いいねぇ! ははっ! そうこなくっちゃ!」


 シナリスは思惑通り想次郎が挑発に乗ったことに心底嬉しそうな笑い声を上げると、自身に向かって来る彼の方へ向き直る。







------------------フレーバーテキスト紹介------------------

【スキル】

C1:見切り

回比率が30%上昇する。

刹那の判断の差が生き死に直結する真剣勝負。その最中での精神状態は異常と言える。極限状態で圧縮された意識の中では時間の進みが遅くなり、迫る刃に反射する自身の姿を見ることもある。

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