第53話
「これまで12連勝! もはやこの男を止めることができる奴はこの街にいないのか! シナリス・ガリュウサぁっ!!」
司会者らしき男の叫びが場内にこだまする。
主催側との取引を受け入れてから想次郎の出番が来るまではあっという間であった。
試合場脇の待合スペースへ移動してからの想次郎の記憶は曖昧だ。放心状態で膝を抱えているうちに気が付けば出番が来て、場内に通され、そうして今大勢の客に囲まれる形でその中心に想次郎は立っている。
立ちながらも、果たしてその足がちゃんと地に着いているのか怪しいと錯覚する程、ぼんやりとした感覚だった。うるさい筈の歓声は酷くくぐもった音として想次郎の耳に届いている。ただ内側を打ち付ける鼓動だけがはっきりとした音で想次郎の鼓膜を揺らしていた。
想次郎と相対する男、シナリスと呼ばれた人物は、見掛けは20代半ば程の若い男であった。くすんだブロンドの髪、すらりとした長身、服から曝け出された両腕は筋肉質で固く引き締まっている。男の想次郎から見てもかなり整った顔立ちをしており、事実司会者から名を呼ばれた瞬間、彼のファンと思われる数名の女性たちの嬌声が場内で響いていた。
「対するは初挑戦のこの男ぉ! そーじろー・みなづきぃっ! 初戦でシナリスと当たってしまうとは何たる不運! 命だけは助けて欲しい! お願いっシナリスっ!」
司会をする男の悪ふざけが入った紹介に、会場中からまばらな笑いが起こった。
「は、お前が例の役ってわけか。ガキじゃねぇか」
その整った顔立ちにとは裏腹に、粗暴な物言いで想次郎を睨み付けるシナリス。手には長い柄が特徴的な長剣。バスタードソードと呼ばれるロングソードの一種だ。サラリとした前髪をかき上げながら、その鋭い両眼は想次郎を捉えたままだった。
「ははは……。あの……お手柔らかに……」
想次郎はなるべく目を合わせないようにしながら口元を引きつらせ、無理矢理愛想
笑いを作る。
いつまでも放心している場合ではない。
(失敗はできない。失敗はできないんだ……)
想次郎は何度もそう言い聞かせた。
(大丈夫。これは演技。演技だ。演技……。失敗する筈がない……)
まるで暗示でもかけるかのように。何度も何度も。
「ふん……へらへらしやがって。ま、こっちも取り分があんだ。手筈どーりにやるさ。ただ……」
「……? ただ?」
シナリスの回答を待たず、決闘開始告げる笛の音が場内に響いた。瞬間沸き起こる
観客の怒声。
「わっ!」
未だ剣を抜かずに視線を泳がせている想次郎の懐に瞬時に入り込むシナリス。いきなりのことに想次郎は態勢を後方へ崩し掛ける。剣を脇に構えた状態で、シナリスは想次郎に向って不敵に目を細め、口の端を吊り上げた。
「ただ、お前が弱すぎたらそのままぶっ殺してやるよ」
想次郎は文字通り間一髪のところで身を屈め、その一撃を躱すとシナリスはすかさず返す刃で二撃目を放った。想次郎は後ろへ飛び退き、何とか距離を取る。先程まで想次郎がいた場所には短く切られた彼の髪が数本残されていた。
「ほう……なるほどな。まあ、いちおー及第点くらいの動きはできるってか」
「ななななな、なん……で……」
自身の攻撃を躱した想次郎を正直に称賛するシナリスに対し、困惑を見せる想次郎。
「なんでって、弱い奴にやられてやるのは性に合わねーからな。八百長だろうが何だ
ろうが、俺にも一応面目っつーもんがある」
そう言って切っ先を想次郎へ向けるシナリス。
「で、でも! これでわかりましたよね。もう十分なのでは……」
「いいやまだだ」
「え?」
想次郎の期待は無情にも打ち砕かれる。
「いいか? これは決闘なんだ。出る奴は少なからず命を懸けている。ならそれなりの死闘の果てに勝負が決さねーとなんねー。そうだろ?」
「そ、そんなぁ……」
「それによ、俺がこんなとこで何の見せ場もなくあっけなく降参してみろ。俺は街を出る暇もなく俺に大金賭けた奴らに寄って集ってぶっ殺される自信があるぜ」
「で、でも……」
想次郎は必死で考えた。何とかならないか。このまま無事に勝負を終わらせられる何か。しかし、そんな都合の良い策は、焦燥感で正常な思考ができていない今の想次郎に思い浮かぶ筈もない。
ふと視線を伏せると、前の試合のものだろうか、地面には微かに血が滲んで黒くなった箇所があった。
「うぷっ……」
極度の緊張と恐怖で吐き気が込み上げる想次郎。
手足の震えは収まらず、手汗は服の裾で何度拭っても止めどなく溢れ出てくる。それでも何かを話そうと口を動かしかけるが、震えで奥歯ががちがちと鳴るばかりで、なかなか言葉が出てこない。
------------------フレーバーテキスト紹介------------------
【魔法】
水属性C3:プリミィーラ
対象一体へ水属性大ダメージを与える。
莫大な体積の水を生むその魔法は、発動する場所の地形や方角を見誤れば味方のみならず自身をも飲み込む危険性のある、言わば諸刃の剣。その奔流の圧倒的な制圧力の前には、多少の力量差など無意味に等しい。




