第52話
極刑になり得る罪がなかったことに。
しかし、想次郎は即答できなかった。
「こんな状況の僕が言えることではないのですが……。それって……イケないことでは……?」
「君の言いたいことはわかる。健全に賭けをしている人たちを騙していることになるのではと、そう言いたいんですね」
アウルムは心得顔で想次郎の言い辛い事柄を何の躊躇いもなく口に出す。まるでそれが当たり前であるかのように。
「なあに、これはちょっとばかしバランスを取りたいということなんですよ。主催する側としては一方に偏り過ぎてばかりいるのも良くない。第一これはれっきとした興行です。興行、わかりますか? 決闘の観戦客を楽しませることが国の正式な事業として成り立っているのです。」
「はい……」
「しかし、わかりきってしまった勝負で観客を楽しませられますか? できないでしょう。だから定期的にバランスを取ってやる必要があるんです。そうですバランスです。これは国の興行を成立させる為の主催者側の配慮です」
男は事ある毎に口に出す「国の」というワードを一際強調させて話す。
「わかりますか?」
「はい……仰っている意味は……」
別世界から来た想次郎にはこの世界の法律というものがわからない。想次郎の世界、少なくとも想次郎の暮らしていた日本という国では、こういった所謂「八百長」の類は間違いなく罪に問われるが、この世界においては当たり前のことだという可能性もある。
少なくとも想次郎は、アウルムの自信に満ち溢れた説明を聞く限りでは、そこまで良くないこととは思えなくなっていた。
加えてこれは主催者側からの提案だ。もし仮にこれが罪に問われるような事柄だとするならば想次郎のみならず、それを幇助したこの男も罪に問われる道理になりそうなものであった。見掛けの怪しさは拭いきれないが、想次郎はこのアウルムという男のことを、ある程度は信じても良い気がしていた。
「それも何も毎回こんなことをしているわけじゃない。今回の件は多少イレギュラーな事案です。こうもオッズが偏ってしまっては賭ける方も仮に勝ったとしても取り分は微々たるもの。主催側の利益も当然少ない。ですからこれは誰にも恨まれることのない、健全な……そうです、〝対策〟といったところでしょうか? よくよく考えてみてください。わかる筈です」
「ええ……」
アウルムの語気は次第に力強さを増し、そこに想次郎の抗弁の隙はない。
「観客側も心の底から楽しめず、主催側としては経営に支障が出る。これは由々しき事態だ。わたしの言い分は何かおかしいですかな?」
「いえ……何も……」
最後の方は半ばアウルムの勢いに圧されてしまっている形だった。しかし想次郎には一つ確認しなければならないことがある。最悪の事態を防ぐ為に必要なことを。
「もし、この件が僕の所為で失敗したら、やはり不問の条件はなかったことになるのでしょうか?」
それを聞いてアウルムは頬の肉で籠ったような笑い声を上げた。
「そんなことを心配しておいでとは、あなたは慎重な方だ。まあ、こちらとしてもそのくらいの方が助かります。あなたのお相手はその辺りが些か心配でして……」
「は、はあ……」
「っと、失敗した時のことでしたね。まあ、あくまでもお二人で試合を演じるだけですから、万が一にも失敗は生じ得ないですが、ご心配なさらなくとも、もし上手くいかなかったとしてもあなたを裁判に突き出すようなことはしません」
それを耳にした想次郎はようやく安堵の溜息を吐いた。しかしアウルムの話はまだ終わっていないようだ。
「ただ……」
「ただ?」
「ただ、こちらもそれなりに費用を掛けてこの機会を用意しています。失敗した責任のあるほうの方には損失分の一部だけでも補填して頂かなければなりません。ほんの、ごく一部ですが」
「お、おいくら程でしょう……」
想次郎は深淵に臨むが如き心境で恐る恐る訪ねる。
「端数の計算はすぐにできませんが、ざっと100オウク程だと思ってください。何ども言いますが、これでも本当にごく一部です。まあ、万が一にも失敗はあり得ませんがね」
失敗はできない。
額面を聞いて想次郎の頭に真っ先に浮かんだのはそれだった。
この世界の女の子が自身の口づけの価値として冗談交じりに口にするくらいの額。
その額が現実世界においていくら相当になるのか換算できているわけではなかったが、想次郎の現在の稼ぎ、それと宿代や食費。勘定するまでもなく、今の想次郎には到底支払い切れる額ではない。それだけは明白であった。
------------------フレーバーテキスト紹介------------------
【魔法】
火属性C3:マルテ
対象一体へ火属性大ダメージを与える。
人が生成する魔力を用いて発するこのできる炎の中で、限界火力を発揮する上級魔術。この世の大半を灰に変える力を持つ。これ以上の火力を欲し、体現したとなると、それはある種、人の領域から踏み出していると言える。




