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第15話

「――さん……」


 翌朝、想次郎は何者かの声で目が覚めた。


「――郎さん」


 とても綺麗な女性の声だった。


 昨晩はこんな状況で眠れるものかと内心危惧していたが、目まぐるしく色々な出来事に直面した所為で心身は想次郎の想像以上に疲弊していたらしく、ぐっすりと眠ってしまっていた。


「想次郎さん」


 繰り返される女性の声。


 想次郎はゆっくりと瞼を開ける。


 窓から射しこむ日の光で視界がぼやけた。


「ねぇ、想次郎さん」


 徐々に視界が慣れ始めると、何者かの人影が想次郎の顔を覗き込んでいることに気が付く。ベッドの傍らで屈む声の主の長い髪が、想次郎の胸元にゆるやかに掛かっている。


 一瞬まだ夢の中なのかと錯覚する想次郎。


 声の主は愛しの女性だった。こうして朝一番に彼女の顔を拝めることは、想次郎にとってある意味夢みたいなものであった。


 思わず想次郎は口に出してしまう。


「…………。好きです……」


 言葉を受けた瞬間、バンシーIは威嚇するように鋭い八重歯を剥き出しにした。


 天使が悪魔に変貌した瞬間であった。


「嘘です嘘です! い、いえ、至ってぜんぜん露ほども嘘ではないんですけど……その、すみません……」


 慌てて取り繕う言葉に、バンシーIは「はぁ」と短い溜息を漏らした。


「いいから起きたらどうです。朝食の時間になりますよ」


「そうですね。お早うございます」


 想次郎が身体を起こし、棚に置いた眼鏡を掛けると、ちょうど部屋の戸がノックされた。


 どうやら朝食は各部屋まで運んで貰えるらしく、想次郎はトレーに乗せられた二人分の朝食をクラナから受け取る。


 室内に置かれた小さなテーブルを囲んで二人朝食を摂る。


 朝食はパンにベーコンを焼いたもの、それとサラダといったごくシンプルなものだったが、空腹だった想次郎にとってはこの上ないご馳走だった。


 想次郎はパンを頬張りながらバンシーIの様子が気になってしまい、しきりにちらちらと視線を送る。果たしてアンデッドである彼女は食事を必要とするのか、それが気になるところであった。


 しかしバンシーIはというと普通に朝食を食べているようだった。


「何です?」


 視線が気になったバンシーIは食べていたパンを皿に置くと、想次郎に問う。


「い、いえ。すみません。アイさんも普通に食事を摂るんだなーって思って」


「わたし自身もそこは疑問でしたが、不思議と食欲はあるようです。まあ、人間の心を失っていた時期も〝何かを食べたい〟という欲求は常にありましたから。特に肉が食べたくて仕方なかったことは覚えています」


 そう言ってバンシーIはフォークをベーコンに突き刺した。程よい焼き加減のベーコンから油が滲んで滴る。


「そ、そうですか……」


 想次郎は慌てて視線を皿へと戻した。


「そういえば、今朝は寝起きに妙なことを口にしてましたね」


「変なことを言ってすみません」


「変なことと言えば、あなたのことは出会ってからずっと変だとは思っていますが、でも……、疑問です。あなたはわたしのどこをそんなに気に入ったのですか?」


「遠回しに言いますと、顔と身体です!」


「『遠回し』の意味わかってます?」


 バンシーIは怪しいもの見る視線を返しながら、空いている手で胸元を隠すようなポーズをした。


「まあ、あなたのような頼りなさそうな男に言われたところで、大して危機感は抱きませんが……。あ、失礼、『女性』でしたか? いずれにしましても、わたしにそういった趣味は……」


「男です!」





 朝食を摂った後、二人は街へと繰り出す。


 本来ならば、バンシーIは部屋に残した方が得策なのだが、想次郎一人では彼女の靴のサイズがわからない為、一緒に買いに行くこととなった。


 日中の街は昨日見た時よりもずっと人通りが多かった。


 昨日怖い思いをしたばかりだったので、ある程度覚悟と警戒をしていた想次郎だったが、人通りの中には若い女性や子供なんかもいたので、ひとまずは安堵した。


 まず想次郎はバンシーIを靴屋に連れて行くことにする。


 しかしこれがなかなか見つからず、街中央の円形の建物を境にして反対側まで足を運び、ようやくそれらしい店に行き当たった。


 靴屋の店主は見るからに職人といった感じの寡黙そうな老人で、継ぎ接ぎの肌を隠しているとはいえ仮面姿に裸足のバンシーIを見ても特に何も聞くことなく、注文通り彼女の足に合う革靴を手配してくれた。


 靴を履くとバンシーIはとんとんと上機嫌そうに地面を踏んだ。口に出したら例によって怒られそうなので黙ってはいたが、無愛想ながら案外気持ちが表に出てしまう性格だなと、想次郎は思った。


 靴に続き、食料はどうしようかと見回していると、バンシーIがとある店を気にしていることに気が付く想次郎。


「アイさん――」


「何でもありません。食べ物ですよね。生ものは調理できませんので、パンとか、あとは保存の利きそうなものにしましょう」


 想次郎が尋ねるよりも早く被せ気味にそう言うと、バンシーIは足早に先を行ってしまった。





 食料はバンシーIの提案通りパンと保存の利きそうな干し肉の類を何種類か購入した。


 宿までもう少しというところで、突然想次郎が立ち止まる。


「アイさん。先に戻ってください。僕、買い忘れたものがありまして」


 そう言って、想次郎は部屋の鍵をバンシーIへ手渡した。


「そう」


 バンシーIは短い返事で了承し、宿へと向かう。


 想次郎はそれを確認すると踵を返し、目的の店へと向かった。







------------------フレーバーテキスト紹介------------------

【魔法】

聖属性C2:エファリウム

対象一体へ聖属性中ダメージを与える。

魔術とは神から授けられた力を行使することに他ならない。そしてそれは愛する者を苦しみから救いたい、悪しきものを討ち滅ぼしたいという祈りの強さに呼応してその強さを増す福音の力でもあった。神々はそうした者たちに救いの魔術書としてクエリオの鍵を授けた。

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