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第100話

 シナリスは押し返される剣を引き、身体を反らせると、勢い余って態勢を前傾に崩した獣型のアンデッドの胴目掛け、一息に刃を振り抜く。


 獣型のアンデッドは胴を切られたにも関わらず、何事もなかったかのようにその場で態勢を立て直すと、すぐにシナリスのいる方へ向き直った。横薙ぎに切られた胴体からはドロリとした古い血の色の粘液が溢れていた。


「っつ……」


 攻勢に転じた筈のシナリスだったが、アンデッドの爪をいなす際にかすめたのか、頬から出血していた。傷が深いのか、血は止まらず止めどなく地面に滴り続ける。


 だが休んでいる暇はなさそうだ。


 背後から忍び寄って来たグール二体を目視する間もなく気配だけで察し、振り向きざまに切り伏せた。


 既に呼吸は酷く乱れ、シナリスは一度剣を地面に突き立てた。魔物の爪を受け、柄を握る手には鈍く痺れるような感覚が響いていた。


 だが相手は呼吸を整える時間を与えてくれる程優しくはない。胴に刻まれた深い傷も厭わず迫る強敵を前に、シナリスは再び剣を構えた。


 少し離れた所では、ナツメとエルミナが獣人型のアンデッドに苦戦を強いられている。


「キシャっ! キシャっ!」


 敵のアンデッドはナツメのスピードを上回る爪の攻撃を連続で繰り出し続ける。対するナツメは回避に徹し、合間にエルミナが視界に入ることで気を逸らし、僅かに生じた隙にナツメが反撃に転ずるといった戦法で何とか渡り合っていた。


 純粋な戦闘能力では劣る二人であったが、人の心を持たない分機知に富んだ行動は苦手とするのか、敵のアンデッドは特に二人の戦法に他の対処をする素振りを見せず、ただ一心不乱に襲い掛かる。


 的確に攻撃を与え続けるナツメだが、躱し切れない分の爪の攻撃を受け、身体の所々から血が流れていた。鮮血ではなく、アンデッドらしい濁ったどす黒い血がナツメの足捌きを追うようにして点々と地面を濡らす。


 実力は敵の方が上、加えてナツメはエルミナに敵の追撃の手が向かないように気を遣いながら戦闘を行っていた。


 それはこれまで一匹狼だったナツメにとって、未だかつてない程に過酷な戦闘だった。


「しまった!」


 体力を消耗し、僅かに追撃のタイミングが遅れるナツメ。アンデッドの爪がエルミナに迫る。


「――っく!」


 敵のアンデッドの攻撃を後ろ跳びに躱すエルミナだが、僅かに爪がかすめ、スカートの裾が切り裂かれた。


「大丈夫!? エル姉!」


「これでは少々動きづらいですね……」


 エルミナは隙を見て自身の長いスカートの丈を、膝上くらいまでの長さを残して何の躊躇いもなく引き裂く。


「わーお! エル姉ぇ、せっくしー!」


 と、ナツメが思わず声を上げると、つい釣られて視線を向けたシナリスが「ヒュウ」と口笛を鳴らした。


「あなたたち、本当に今の状況わかってますか?」


 ナツメに関して言えば、自身からするとほぼ裸みたいなものだろうと思ったエルミナであったが、これ以上ツッコミを入れている余裕はなかった。


 獣人型アンデッドはなおも攻撃の手を緩めない。戦闘の最中、エルミナが横目にシナリスを確認すると、彼もまた、未だ強敵に苦戦しているようだった。


 いつも一緒だった少年はいない。今以上の助けは望めない。目の前の敵は二人で何とかするしかない。


 覚悟を決めたエルミナは、これまでの受け身の姿勢を捨て、自ら獣人型アンデッドに向かって行く。


「エル姉!? 何してんの!?」


 明らかにこれまでとは異なるエルミナの突飛な行動に一驚するナツメ。 


 エルミナは攻撃範囲まで迫ると、爪で獣人型アンデッドを攻撃する。


 ほとんど攻撃役のナツメの方へ意識を集中していた獣人型アンデッドは僅かに遅れてエルミナの攻撃を認識し、しかし圧倒的な身体能力でその攻撃を躱す。


 人の心を持たないアンデッドに通用するかは賭けだったが、これまで決して積極的に向かっては来なかったエルミナの行動に、獣人型アンデッドは攻撃を躱した直後、一瞬虚を突かれたようにその瞳を丸くし、エルミナを見つめて硬直した。


「今です!」


「ディス・ウォルカ!」


 エルミナの合図とナツメの魔法発動はほぼ同時だった。


 相手が大きく飛び退いて躱した分、エルミナを巻き込む心配はない。この機を逃すまいと放ったナツメの渾身の魔法は巨大な火柱を生み、獣人型アンデッドの全身を飲み込んだ。


「もう、無茶するなぁー」


 獣人型アンデッドがその場で焼け崩れると、ナツメは安堵したように嘆息する。


 が、エルミナは何故かその場で立ち尽くしている。奥からは次の敵が迫ってい中、心此処にあらずといった様子でゆっくりと辺りを見回していた。


「エル姉?」


「今……、声が……」


「あ? 声だ? 化け物の呻き声しか聞こえねーぞ!」


 只ならぬ状況を察してか、シナリスが敵の攻撃を受けながらそう叫んだ。


「いえ、確かに聞こえました」


「って、おいっ!」


 シナリスの声に構わず、エルミナは声がしたと認識した方角目指し、駆け出してしまう。


 その両側からは挟み込むように二体のグールが迫っていた。無中で駆けるエルミナは全く意に介していない様子だ。


「撃連斬・風牙!」


 何とか獣型のアンデッドを切り伏せたシナリスは息つく間もなく剣技で風の刃を飛ばし、エルミナに迫る二体のグールを消し飛ばす。


「おい猫娘! まったくもってわけわかんねーが、とにかく援護すんぞ!」


「わかってるって!」


 ナツメは次いで相手にしていたスケルトンの二、三体を拳の一撃でまとめて砕くと、エルミナの後を追って駆け出した。


「くそっ!」


 二人は先を行くエルミナに襲い掛かろうとするアンデッドへ遠距離攻撃を加えつつ、自身に向かうアンデッドにも対処する。その所為でなかなか追い付くことができない。


 だが、何とか敵をいなしつつ、ようやくエルミナの横に並ぼうというその時、


「ぐわぁぁあっ!!」


 三人の目の前に大きな影が現れ、行く手を塞ぐ。


 それは先程シナリスが相手をした獣型のアンデッドと同種の外形ながら、その体躯は一回り以上も大きな巨大だった。


 三人が何か反応を見せるよりも先に振り下ろされる爪。


「っ!?」


 瞬間、シナリスとナツメの二人は素早くエルミナの前に回り、二人掛かりでその爪を受け止めた。


「行って! エル姉ぇ! わたしたちは良いからっ!」


 ナツメが表情を苦悶に歪ませながら叫ぶ。


「で、でも……」


 先程まで無心で駆けていたエルミナは足を止め、どうして良いかわからず、僅かに後退る。


「何してる! 行けっ!」


 今度は見かねたシナリスが叫ぶ。


 視線を魔物から逸らし、先の方へ向け直すと、


「すみません!」


 一度は下げた片足で地面を蹴り、エルミナは再び走った。


 エルミナの眼前に広がるのは瓦礫と変わり果てた街の人々、鎧を血で濡らした軍の者らしき人間の亡骸、その間を縫うように彷徨うおびただしい数のアンデッド。


 緋色の眼光は、凄惨な街の景色を透かして、ずっと先を見据えていた。


「どうかご無事で……」







------------------フレーバーテキスト紹介------------------

【魔法】

特殊:ディス

同時に唱えることで使用する魔法の威力を2倍にする。元の消費魔力の2倍の魔力を消費する。

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