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人間と動物の文化について

作者: 小村るぱん

 皆さんアリって知ってますよね。あの小さくて黒い虫です。地面に砂糖を落とすと群がってくる奴らです。あのアリってのはすごい組織力を持ってるんですって。何がすごいって農業を行うんですよ。葉っぱを切って、それを運んで、キノコを栽培するんです。しかも分業体制ができていて、女王アリもいれば、巣を守る兵隊アリ、そして働きアリもいると、なんとも社会的統合力のある昆虫なんです。

 社会性というのは人間だけの持つ特別な性質ではないってことですね。


 ではこれらの社会的なアリと人間は何が異なるのか。その一つが文化なんですって。文化というのは集団内で多かれ少なかれ共通し、伝達されていく行動や様式のことですね。またはそうして生まれた物のことです。

 例えばAさんは緊張すると必ず前髪を触ってしまう。これなんかは文化ではありません。一個人の単なるクセに留まります。

 日本では家の中は靴を脱ぐ。これはほとんどの人に広がり継承され実行されていることから文化と言えます。

 でもアリの集団だって、多くの成員が葉っぱを同じように切って運んでるじゃないか。文化じゃないのか。こう思われるかもしれません。でも文化ではないのです。これらの行動は遺伝的に組み込まれて元から定められた行動です。赤ちゃんが乳房を吸うようなものです。

 つまり文化というのは後天的に学習される余地があるものをそう呼びます。後天的なものだからこそ、国や部族が違えば、文化も異なり、その文化を取り入れるなんてこともできるのです。

 

 ただ、昆虫ではなく動物の間には、文化と呼んでもよい行為が確認されています。

 例えばイギリスのある種の鳥などに、人間の作ったミルクの紙パックに穴をあけて食事をとる、という行為が広く確認されたといいます。

 又、猿の間では、餌として与えられた芋を、水に洗って食べる手法を周囲の猿が模倣をした、という研究結果もあります。

 鳥の場合は先天的な衝動の可能性もあると思いますが、猿に至っては広義の意味で文化と言っても良いでしょう。やはり霊長類が人間に一番近い存在ということがあるのでしょうか。


 ただ私の考えでは、この猿もやはり人間の文化のレベルには達していないと思います。

 芋を洗うというのは食の欲求に基づいた行動であると区分けされるので、本能に紐づけられた行動とも言えます。本能にとって意味のある行動なのですね。

 しかし人間の文化はもっと繊細なものが存在します。例えばビジネスシーンにおける日本の名刺の渡し方。両手でつまみ腰を折って相手に手渡す。相手もそれを両手で受け取る。これなどは本能と随分距離のある文化ではないでしょうか。

 言わば、このような畏まった約束事を習得することで、相手に洗練された格のようなものを有していることを印象付ける行為です。

 こうしてみれば、やはりこのような高度な文化は人間のみが開発、操作できるものだと私は思います。

 

 と、ここまでの知識の半分ほどは「法と社会」という碧海純一先生の著書から仕入れ、それを噛み砕いた形で叙述し、他の知識と混ぜ合わせ、さらに終盤で独自の私見を述べさせてもらいました、

 この「法と社会」の肝は法律の意義と成り立ちなので、機会があればそちらの章についてもまた投稿させて頂きます。


 それではまた。

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