#7
15:30。
大学祭内、チャリティバザー開場前。
「はい、ヒントをどうぞ。こちらも、ヒントをどうぞ」
大学祭のメイン企画『リアル謎解き! 名探偵を探せ!』は盛況らしく、僕は先程から息をつく間もなく、ヒントが書かれたチラシを配っていた。
おそらく、インターネット上に書かれた目撃情報が充実して来ているのだろう。移動した先々で声をかけられるようになって来た。
「はいどうぞ。……ふう」
ようやく人並みが落ち着き、少しだけ肩の力が抜けた。
そのタイミングで。
「ふはははは。ホームズくん、だいぶお疲れのようだね」
そう声をかけられた。
見ると、アルセーヌ・ルパンがそこにいた。
どこからどう見てもルパンだ。黒いシルクハットに黒の燕尾服、黒いマントにステッキを装備している。ダメ押しとばかりに、二枚の白い板に『アルセーヌ・ルパン』と書いて胸と背中を挟み込み、サンドイッチマンになっている。
前園先輩がいっていた、気合いの入ったルパンの格好がそこにあった。
「お疲れ様です。ルパン――は、亀井さんでしたか」
「ん。そういうキミは、花束の人か」
亀井どれみさんは、先日弥生さんが主演した、N大学劇団ノヴァスキートによる演劇『虚実の解』で、リング館の使用人キノシタを演じた人物である。
「花束の人はやめて下さいよ。僕、劇団内でそんな風に呼ばれているんですか?」
「そうだよ。本物の助手のイチガツくん」
その由来は、僕が大きな花束を弥生さんに差し入れたことだろうけど。結構恥ずかしい。
僕は、こほんと一つ咳払いをした。
「『虚実の解』は面白かったですよ。キノシタの動きなんかコミカルで、演劇らしい魅力を感じました」
「お、嬉しいことを言ってくれるね。ありがと。そう言ってもらえると、頑張って稽古したかいがあるってものだよ」
そう言う亀井さんに、僕は小声で耳打ちした。
「犯人だと指摘した人はいましたか?」
「今の所、三組だね」
そう。
何を隠そう、亀井さん扮するルパンこそが、この企画の犯人役である。つまり、一番演技力がいる配役を、一番演技力がある人物が担当しているということだった。
しかし、そうか。
あれだけの人にヒントの紙を渡したのに、犯人にたどり着いたのは三組かぁ。ちょっと難しめのゲームバランスなのかもしれない。
「あ、ルパンとホームズが一緒にいる」
と、そんな声がかかったので。
「ふはははは。それでは、ホームズくん。また会おう!」
亀井さんは、マントを翻して行ってしまった。
「ヒント下さい」
僕は、その声に、ヒントの紙を手渡した。
そろそろ場所を移動しようかな。
◆ ◆ ◆
16:00。
学生会館内会議室。
弥生の他に、金子、尾田、平針のメンバーが、最後の電話を待っていた。
「もしもし」
「……二つ目の爆弾も無事に無力化できたようだね。やはり楽しませてくれる。ゲームもついに終盤だ」
合成音声の声が、電話から聞こえた。
「あなたの目的は何?」
弥生が、鋭く言葉を割り込ませた。
「……決まっている。名探偵とゲームをすることさ。名探偵を負かして、私の名前を皆の記憶に刻み込むのさ」
「つまり、三つ目の爆弾が爆発しなければ、その目的は達成されない訳ね」
「……ならば改めて宣言しよう。三つ目の爆弾も、これまでの二つと全く同じ構造をしている。卑怯な不意打ちで爆破を実現しようなんて考えていない。まあ、信じる信じないはそちらの自由だけどね」
「フェアな勝負をしているつもりなのね?」
「……その通り。さあ、おしゃべりはここまでだ」
犯人はそう言って言葉を切った。
「……三つ目のヒントだ。三つ目が爆発すれば、名探偵は深い絶望と後悔を味わうことになる。そんな場所に爆弾を仕掛けた。さあ、探し出して見せろ」
ぶつり、と電話が切れた。
「深い絶望と後悔、何だそれは?」
金子が呆然と呟いた。
「結局、最後の一個は見つけさせる気がないってことですか?」
平針がそう口にした。
「今までのなぞなぞとは違うみたいですね。これはもう、如月さんにしか分からないのでは?」
尾田の言葉に弥生は眉をひそめた。
「私が、深い絶望と後悔を味わうことになる場所――」
弥生は、右手を右頬に当てながら、一人つぶやく。
「いつもの教室? 私に事態を一任した理事長の部屋? 依頼主である委員会の部屋?」
その言葉に、三人の男子学生はぎょっとして顔を見合わせた。
「どれも違うわね。――実は、一つだけ心当たりがあるんです」
「え、どこだ?」
金子が身を乗り出して尋ねる。
それに対して、弥生は静かにうなずいた。
「電話を一本、掛けて良いですか?」
◆ ◆ ◆
16:15。
講堂前。
僕の携帯電話が、着信を知らせて震えた。
「おっと、えーと、はいはい」
インバネスコートやらスーツやら着込んでいるせいで、一瞬どこに携帯を入れたかわからなくなる。
ようやくシャツの胸ポケットから取り出した携帯電話は、なんと弥生さんからの着信を知らせていた。
「え、まさか事件が解決した――?」
いや、それにしては、予知した『解決編に僕が同席している』という未来が現実になっていない。
「事件の最中に、僕に電話して来ている?」
そんな珍しいことがあるだろうか。
いや、あれこれ考えても仕方がない。
僕は、その電話に出た。
「もしもし、弥生さん?」
「イチガツ。身の回りで変わったことはない?」
「えっと、よくわからないけど、特に異常はないよ。企画の役割を全うしているところだよ」
「17:00にどこにいるか、決めてる?」
「いや、特に決めてないよ。今は講堂前だから、図書館の方に歩くか、もう一度共通棟に行っても良いし。それがどうしたの?」
「そうよ。イチガツを巻き込めるはずがないわ。居場所が決まらず、ふらふら歩く目標を、特定の場所に設置した爆弾で巻き込めるはずがない」
しかし、そこで弥生さんの雰囲気が変わった。
「でも、もし可能だとしたら?」
「弥生さん?」
僕は、名前を呼ぶことしかできない。
「名探偵の掟、その50。名探偵は、解決編の始まりを宣言すべし――分かったわ。犯人が誰なのか」
「え?」
「イチガツ、今から私の指示どおりに動いてくれる?」
◆ ◆ ◆