#6
13:00。
N大学構内、共通教育棟前。
「共通棟は、展示系かぁ」
手元の大学祭のパンフレットを見ながら、僕はそう呟いた。
N大学では、各学部の一年生、二年生を対象に共通して実施する教養科目があるのだが、そのほとんどがこの共通教育棟で行われていた。入学して間もない学生達に最も馴染みの深いこの場所は、大学祭の会場としては、サークルや有志の展示系の会場となっているようだった。
「文芸部と漫画研究会の会誌は入手したいよな。写真同好会や映像研、電子工作研の展示も見たいし。有志の展示も結構面白そうなのが……」
シャーロック・ホームズ姿のまま、パンフレットに視線を落としていると。
「ちょっと前に、共通棟の前でホームズの目撃情報が――あ、いた!」
と、企画参加者らしい声が聞こえたので、パンフレットをしまった。
「ホントだ、やるじゃん! ヒントゲット!」
「すいませーん。って、あれ、イチガツくんじゃない」
見ると、見知った顔だった。
僕の在籍する工学部は、男女比率が非常に偏っていて、女子学生は数えるほどしかいない。そのレアキャラたる工学部女子学生が三人そろって企画に参加してくれているようだ。
「はいはい、私こそがシャーロック・ホームズ。よくぞ私を見つけた。宝石泥棒を示すヒントを渡そう」
僕はそう言いながら、紙袋からチラシを取り出し、それぞれに手渡した。
「ヒントのヒントを下さい」
「ありません」
一人が口にした、図々しくもヒントを見る前から更なるヒントを求める声には、丁寧に否定形で即答しておく。
そもそも、僕自身は、企画で出題されているクイズを全て知っている訳ではないのだ。
「そこをなんとか」
「なりません」
もう一人も軽いノリで手を合わせてくる。大学祭だからか、非常にテンションが高いようである。
「じゃあ、一緒に写真を撮って下さい」
「それは問題ないです」
彼女たちと一緒に写真に写った。
うーん、ホームズの格好をしているだけで、モテモテ?
『メインステージで15:00から予定されていた、お笑い芸人フリップフロップによるお笑いライブは、16:00に変更になりました。メインステージ、15:00からは手品同好会による舞台に変更になりました』
放送が、イベントの変更を告げている。
工学部三人娘と手を振って別れた。
次の瞬間。
そのタイミングで。
僕の脳裏に、ほんの一瞬閃光のように、本当に唐突に脈絡もなく、ある映像が浮かんで焼きついた。
どこか会議室のような場所。弥生さんがいる。他にも四、五人の学生がいて、弥生さんに注目している。そこには、ホームズ姿の僕もいて――。
「あ――」
僕は思わず声を上げて、額を押さえた。
その痛みは鋭すぎて、逆に鈍く感じるほど。頭を内側からがんがんと叩かれているようだ。
こうなると、目を開いていても何も見えないので、僕は目を閉じてしまう。
注目されている中、予知能力を、不調を悟られてはいけない。
立ち止まってしまうのは仕方ないとしても、できる限り平静を装って、呼吸を落ち着かせる。
今の映像は、もしかして、事件の解決編だろうか。
弥生さんが、何かの推理を披露している?
その場に、僕もいた――ホームズの姿をしているということは、今日のことだろうけど。
弥生さん、今どうしているんだろう。
◆ ◆ ◆
15:00。
学生会館内会議室。
室内には、弥生の他に金子、前園、尾田がいる。
「手品同好会の舞台が始まった頃だな」
金子が時計を気にしながらそう言った。
「そうですね。鍋島副委員長が見に行ってくれていると思います」
前園がスマートフォンを片手に返した。
「平針は、模擬店の見回りですね」
尾田がそう言ったタイミングで。
金子の電話が音を立てた。
「非通知――犯人からだ」
その場のメンバーを見回してから、金子は電話を受けた。
「もしもし――」
「どうやら一つ目の爆弾は無事に発見できたようだね。爆発することなく無力化できて何よりだ。おめでとう」
一回目の電話と同じ、合成音声がそう告げた。
「何が、おめ――」
「さて、二つ目の爆弾に至るヒントだ」
ふざけた物言いに声を上げた金子の言葉は、しかし気にせず続ける犯人によってさえぎられた。
「? 何かおかしい――?」
弥生のつぶやきと、犯人の声が重なる。
「次は、取ったり止まらなかったり、噛み殺したりするものだ」
「何だって――?」
「健闘を祈る」
またしても金子の声を無視する形で、犯人は一方的に告げると電話を切ってしまった。
「取ったり、止まらなかったり、噛み殺したりするもの?」
弥生が、間違いないか確認するようにそう口にした。
「またなぞなぞか?」
金子が頭を抱えた。
「取るものと言えば?」
前園が皆の顔を見回した。
「食事? 食堂か?」
尾田の答えに。
「相撲も取るし、単位も取るし、睡眠も取りますね。絞り込むには弱いですね。それより、噛み殺すものと言えば?」
弥生が、絞り込めそうな単語の方を口にした。
「あくび、とか? とすると場所は――?」
「あとは、止まらないもの?」
弥生は、首を横に振った。
「名探偵の掟、その9。名探偵たるもの、解けない謎を認めよ」
「え?」
前園の疑問に、弥生は笑みを返した。
「アプローチを変えましょう。爆弾が爆発する16:00に、一番人が集まりそうな場所はどこ?」
「そりゃあ、フリップフロップのライブですよ」
尾田が答えた。
「当日の早朝に遅刻の連絡してくる非常識なお笑いコンビですけど。やっぱり本物のお笑い芸人が登場するとなると――あ」
何かに思い至ったように、尾田が言葉を切った。
「そうね。笑いを取る、笑いが止まらない、笑いを噛み殺す。間違いなく次の爆弾は」
弥生も同じ考えに至ったのだろう。
「メインステージか!」
金子が椅子から立ち上がった。
「A県警にも連絡を」
弥生が携帯電話を取り出した。
15:15。
弥生と大学祭実行委員会のメンバーに加えて、少なくない数のA県警の刑事達がメインステージに押し寄せ、すぐに白い紙袋に入れられた爆弾を見つけ出した。
特殊車両の中で解体を担当した者の報告では、二個の爆弾は完全に同じ形状をしていたとのことだった。
「三個目も同じとは限らない、と頭の中に入れておかないといけないな」
「これで、私を爆破に巻き込むことが目的だったりしたら、確実に罠を用意して来ますね」
弥生は、刑事とそんなやりとりをした。
◆ ◆ ◆