#5
12:00。
学生会館内会議室。
爆弾を仕掛けた犯人が、次の電話をかけると指定して来た時刻である。
弥生の他には、実行委員長の金子、副委員長の鍋島真澄、そして模擬店部長の平針が室内で固唾を飲んでいた。
「そろそろ時間だが――。お、かかってきた」
「金子さん。音声が皆に聞こえるように、スピーカーフォンにして下さい」
弥生の言葉に、金子は携帯電話を操作して机の上に置いた。
「もしもし」
「……やあ、実行委員長。客を避難させるような真似はしていないようだね。宝探しゲームへ参加、ということで間違いないかな?」
その声は、よく聞くと抑揚が少なく平坦な女性の声だった。
意識して聞けばわかる。その声は――。
「合成音声」
「……その通り。文章読み上げソフトを使わせてもらっているよ。はじめまして、名探偵」
文章読み上げソフトを使っているならば、こちらの応答から生じている不自然な間にも納得できる。
「ええ。私が名探偵の如月弥生よ」
「……自分で名探偵と名乗るなんて、滑稽だね」
「名探偵の掟、その5。名探偵は、そう名乗れ」
「……まあいいや。ゲームのルールを確認するよ」
犯人は、合成した声で続ける。
「……三ヶ所には同じ爆弾をしかけてある。設定した時刻になれば、炎とネジ釘をばらまきながら爆発する。ただし、作りはシンプルで、揺れを検知する機構はつけていない。誰かが触って爆発したら興ざめだからね。それから、遠隔で爆破は指示できるけど、停止はできないように作った。もう私にも爆弾は止められない。ただし、解除は簡単だ。外箱を外したら一本だけ赤い導線が外に出ているから、それを切れば安全に停止できる」
弥生は、右手を右頬に当てている。
彼女自身が無意識でする、真剣に思考している時の癖だ。
「……最初の場所のヒントを言うよ。名探偵にとっては馴染み深い場所。あることを目的として、実際に何かをすることだ。また、地下に作られた道のことだ」
「な、何だって――」
金子が慌てたように聞き返す。
「……簡単すぎたかな。爆発時刻は13:00。次の電話は15:00だ。健闘を祈っているよ」
それだけ喋ると、電話は一方的に切られてしまった。
「如月さん。今の電話だけで、爆弾が仕掛けられている場所なんて分かるんですか?」
不安げな様子で鍋島が言った。
「ヒントも意味不明でしたし。さっぱりですよ」
平針も、同様に不安な声を出す。
「順番に考えてみましょう」
弥生は、そう切り出した。
「爆弾の特性について喋っていましたね。赤い導線を切れば解除できるとか、揺れに反応する機構はないとか」
「それは、悪くない話だよな?」
金子の言う通り、時刻まで爆発せず、解除も簡単だとすれば悪くない情報である。
「もちろん、嘘の可能性はあります」
弥生の言葉に、他の三人はぎょっと表情を強張らせた。
「犯人は、設定した時刻に爆発させることにこだわりがありそうです。ゲームと言っていることからも、フェアな情報を出した上で、名探偵と対決したいと考えているパターンだと感じましたが、注意は必要です」
「なるほど。それから、自分でも遠隔操作で停止できないと言っていたな」
金子が次の情報を吟味する。
「やはり、設定した時刻と場所で爆発させたいのでしょう。残念ながら犯人を説得して停止させるというアプローチは取れなくなりました」
「あの、それよりも場所のヒントですよ」
鍋島が話に割り込んだ。
「如月さんに馴染み深い場所ってどこですか?」
「そうですね。普段講義で使う教室か、食堂、それとも――いえ、やはりこの情報だけでは絞り込みできないですね。それにしても、一ヶ所目が私の馴染み深い場所とは、本当に最初から名探偵と勝負することが目的のようですね」
「次のヒントは? オレはよく聞こえなかったんですけど。目的がどうとか?」
「あることを目的として、実際に何かをすること。何かをすること?」
弥生がつぶやく。
「あと、地下に作られた道、だったか?」
金子が付け加えた。
「何のことです? これが場所を表しているんですか?」
平針は乱暴に頭をかいた。
「――なぞなぞね」
弥生の言葉に、何かの連想が働いたのか鍋島が顔を上げた。
「これって、『リアル謎解き!』の三問目と同じじゃない? クイズなのよ」
「実際に何かをすること――実行する、実施する、行動する」
金子が、言葉から連想した単語を羅列する。
「あ、地下の道って――地下道じゃなくて、坑道!」
鍋島が、それに続く。
「講堂だ!」
金子と平針の声が揃った。
12:20。
N大学構内、講堂。
弥生に、金子、鍋島、平針のメンバーは、謎を解いた勢いのまま走り出し、爆弾を捜索するためこの場所を目指した。
舞台上では、着物姿の学生が、座布団の上で落語を演じていた。落語研究会の出し物は、残り10分。12:30から、次の合唱部・ブラスバンド部による合同演奏会のための舞台準備の時間になる。
四人は、舞台の邪魔にならないよう、舞台袖と舞台裏に入り、極力音を立てないように、爆弾を探した。
しかし、予想より片付いた舞台の奥は、爆弾どころか不審なものも見当たらずに、探索は難航した。
やがて、12:30、定刻で落語研究会の演目が終了する。舞台の上で深々とお辞儀をする学生に、会場からは拍手が送られた。
「講堂での次の演目は、13:00から合唱部とブラスバンド部による合同演奏会です。それまで休憩時間になります」
舞台袖でアナウンスをするのは、大学祭実行委員会のイベント部のメンバーの女子学生だった。
そこへ、金子が近づき、一言二言、話をした。
女子学生はもう一度マイクのスイッチを入れた。
「講堂内のお客様にお願いいたします。忘れ物の連絡が入っておりまして、講堂の座席の下などに、持ち主の分からない荷物がありましたら、大学祭実行員までお知らせ下さい」
「その手があったか! 委員長ナイスです!」
平針の声に、金子が親指を立てて見せた。
すぐに、これじゃないの、という声が客席中央から上がった。
「今行きますので――」
弥生が駆け出そうとした瞬間。
そのお客は、親切にもその白色の紙袋を持ち上げて見せてくれた。
「っ――」
弥生は文字通り息を飲んだ。
しかし。
爆発どころか、物音一つ反応しない。
「良かった……」
弥生の思考は、揺れに反応する機構はないと言った犯人の言葉が嘘である危険性を考慮していたが、どうやら嘘ではなかったようだ。
弥生は、紙袋を受け取ると、そっと中を見た。
オレンジ色に光る二つのデジタル時計が、13:00という時刻と、今現在のカウントダウンである25分頃を刻んでいる。
「これで間違いないようです。ありがとうございました」
親切な客に頭を下げると、弥生は携帯電話を取り出した。
舞台の上は、ブラスバンド部員が椅子を並べ始めている。
「如月です。一つ目を見つけました。揺れによる爆発はありませんでした。処理車両へと運んで下さい」
A県警の爆発物対応専門部隊は、既にN大学構内に準備を終えて展開していた。その中には、爆発物を内部で爆破処理するような特殊車両も含まれている。言うなればトラックの荷台で解体作業ができる環境が整っているのだ。
一つ目の爆弾は、無事無効化された。
「犯人の言った通り、赤い導線を切れば無力化できるようだ。爆弾全体も犯人の言った通りの構造になっていたぞ」
A県警の警部が、弥生にそう報告した。
「そうですか。でも、二個目、三個目の爆弾もそうとは限りません。やはり慎重に行くべきでしょう」
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