#4
11:00。
メインステージ横、模擬店コーナー。
「人通りも増えて来たし、なかなか賑わって来たなぁ」
僕は、誰ともなくそうつぶやいた。
道行く人は、皆珍しそうに僕に視線を向けている。それはそうだろう。大学祭に来てみたら、シャーロック・ホームズがいるのだから。
企画が始まってから30分。今の所、四組の参加者から声を掛けられて、ヒントが書かれたチラシを渡している。出だしはまずまず、これからどんどん忙しくなると予想される。
また、スマートフォンを片手にこちらを見ている人も多く、大学祭のホームページに目撃情報がアップされていることだろう。
その他にも、何でそんな格好しているんですか? と気安く声を掛けてくれる人もいた。企画の説明をして、受付場所を案内しておいた。
それにしても。
かき氷にたこやき、クレープ。
模擬店から押し寄せてくる、呼び込みの声、美味しそうな音と香りに、否応なく食欲が刺激される。
シャーロック・ホームズがかき氷を食べていたらおかしいだろうか。
などと半ば本気で考えていると。
「うわ。シャーロック・ホームズがいてはる。と思ったら、なんや、助手の人やん」
そんな声とともに、顔を覗き込まれた。
「ああ、こんにちは。塩田さん」
声を掛けて来たのは、塩田満さん。
弥生さんが解決したとある謎の終盤で、僕は塩田さんに連絡を取る必要があった。友達の友達は友達方式で、連絡先をたどり、彼女に弥生さんの救出を依頼したのだ。
本人は、数少ない女性合気道部員であるだけでなく、数種類の格闘技を極めている武闘派なのだ。
「ホームズは、相方の担当やなかったの?」
「今日は、お祭り仕様なんです。僕だってたまにはホームズをやりたくなります。まあこれは、『リアル謎解き! 名探偵を探せ!』企画の手伝いなんですよ」
「ああ、実行委員会のメイン企画な」
塩田さんは、にこっと笑顔を見せた。
「ふうん、なかなか似合っとるね」
「ありがとうございます」
お世辞込みの言葉でも、準備した甲斐があるというものだ。
「そうや。明日の昼過ぎからメインステージで合気道部の演舞を披露する予定なんよ。時間があったら見に来てや」
そう言って、塩田さんは手を振って去っていった。
「さて、それじゃあ――」
次はどこに行こうか、と言おうとした、そのタイミングで。
僕の脳裏に、ほんの一瞬閃光のように、本当に唐突に脈絡もなく、ある映像が浮かんで焼きついた。
見覚えのある場所、N大学の講堂だ。楽器を手にした学生、整然と並んだ学生達。聞こえてくる歌声、演奏される音楽――。
「あ――」
僕は思わず声を上げて、額を押さえた。
その痛みは鋭すぎて、逆に鈍く感じるほど。頭を内側からがんがんと叩かれているようだ。
こうなると、目を開いていても何も見えないので、僕は目を閉じてしまう。
注目されている中、予知能力を、不調を悟られてはいけない。
立ち止まってしまうのは仕方ないとしても、できる限り平静を装って、呼吸を落ち着かせる。
今の予知は、演奏会だろうか。
体調が落ち着いてから、大学祭のパンフレットで講堂のタイムテーブルを見る。13:00から講堂で合唱部とブラスバンド部の合同演奏会があるらしい。場所といい時間帯といい、絶対盛況になりそうな企画である。
そう言えば、弥生さんはどうしているだろう。
爆弾、と聞き返していた電話口の声を思い出す。
大学祭自体や特定のイベントが中止された様子はないけど、今頃、爆弾を探して学祭内を走り回ったりしているのだろうか。
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