#2
10:00。
N大学キャンパス内、学生会館。
ここが、大学祭を主催する学生による組織、『大学祭実行委員会』が本拠地にする建物だ。普段はサークル活動に使われたりするのだが、なかなかに歴史を感じさせる、オンボロ建造物である。
「おはよう、イチガツくん。期待した以上にホームズだね」
その学生会館前で待っていた、前園美鈴先輩は、僕の姿を見るなりそう声をかけてきた。
彼女は工学部の先輩で、僕が手伝う『リアル謎解き! 名探偵を探せ!』の企画の責任者である。
「おはようございます、前園先輩。そう言ってもらえると、頑張って準備したかいがあると言うものです」
前園先輩は、笑顔を見せると一つ頷いて見せた。
「『金田一耕助』の藤田も『アルセーヌ・ルパン』の亀井も、それぞれ気合いが入っていたよ。感謝感謝」
それは、僕一人だけ気合いの入れ過ぎで浮いてしまった、という状況よりもずっと良いと思う。
「はい、どういたしまして」
「忘れないうちに渡しておくわね」
そう言って、前園先輩は手にしたシンプルな白い紙袋を、僕に手渡して来た。
受け取ってみるとズシリと重い。
「重いですね」
感じた通り口を開くと、前園先輩は申し訳なさそうな表情を見せた。
「紙袋一杯のチラシだからね。大学祭の中からホームズを見つけ出した人だけが手にすることができる、犯人に至るための大事なヒント。かなり余裕を見込んだ数用意したから、途中で不足して困るってことはないと思う」
「いや、問題ないです」
ここで、イベント企画『リアル謎解き! 名探偵を探せ!』について説明しておこう。
一言で言えば、大学祭のキャンパスを舞台にした、流行りのリアル謎解きゲームである。参加者は、N大学から盗まれた秘宝を取り戻すため、ヒントとなるクイズとなぞなぞを解きながら、犯人に迫るのだ。最大の特徴は、大学祭を歩き回っているホームズ、金田一、ルパンを見つけ出して、追加のヒントを手に入れること。大学祭のホームページで目撃情報を集約して公開するという、インターネット連動企画にもなっている。
「お客さまには、にこやかな対応をよろしくね。どうしても困ったことがあれば、藤田か私に連絡してくれれば良いから」
前園先輩は、そう言って僕を送り出した。
「イベントの開始は10:30よ。それじゃあ、よろしくね」
「はい。それでは――」
基本的には、声をかけられるまで散策していれば良いのだ。どこから見て回ろうか。
さあ、長い一日の始まりだ。
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