4:レジスタンス・ガールズ
朝、ボクの家の玄関が開く音がする。
いつもと変わらない、ありふれた日常だ。ただ違うのは、ボクたちが浮かべている、期待に満ち溢れた表情だった。
「シズク、行こっか! 楽しみだね!」
「うん、ナギちゃん」
普段と変わらず、ナギちゃんがボクの手を取る。握りしめてきたその手は、いつもより温かく、ボクはまるで優しさに覆われた感じがした。これから抗うのに、ボクたちは意気揚々としていた。
お互い、気遣いや気の迷いはもう無い。
「好きな人と一緒にいたい」
この相互の共通目標に向けて、ボクたちは幸福への一歩を踏み出した。
※ ※ ※
日本少子化対策法の施行によって、学校の教育体制も大きく変わった。男子校、女子校は廃止され、全ての学校が共学となった。
国民の抗議運動も、もはや無駄だと悟ったのか、徐々に下火になってきている。きっと私たちも、一歩道を踏み間違えれば、今ごろ抵抗を諦めていたのだろう。
だから挫折した人達の分まで、ボクたちは闘う!
そう決意を固めて登校したボクたちは、教室に佇んでいた。周りのみんなも、いきなりの環境に気が滅入っているのか、どこか覇気がない表情をしている。それは、始業時間になって教室に入ってきた、担任の女教師も同様だった。
「えー、皆さん。連日お伝えしていますが、日本少子化対策法によって、私たちの国では同性同士の触れ合いが禁止となりました」
女教師は、顔を曇らせながら、用意された台本を淡々と読み上げる。まるで、権力に抗えない家畜のように……。
「違反した人には、政府の再教育プログラムを受けてもらいます。なにか質問はありますか?」
待ってましたとばかりにナギちゃんが手を挙げ、立ち上がる。
「先生、一つ聞いてもいいですか?」
女教師の顔が曇る。同時にボクも加勢するために立ち上がった。
「ええ、どうぞ?」
「なんでこんな馬鹿げたことに従わないといけないんですか?」
【ナギ】は僅かに笑みを浮かべて、核心を突く。そんなボクたちに対して、周りのオーディエンスは動揺を隠せずにいた。
「……」
「答えてください!」
ナギちゃんの勢いに負けて、女教師は重い口を開いた。
「もう決まったことなんです。子供には分からない大人の事情があるんですよ。だから、言われたことに従っていてください」
線を、引かれた。汚い大人はいつもこうだ。区別をして、自分の正当性を主張しようとする。
ボクたちは議論は無駄だと再確認して、最後のチャンスを汚い大人に与える。
「もし、従うのが嫌だと言ったら?」
「先程も言いましたが、政府の再教育プログラムを受けてもらいます。拒否は、絶対に成しえません」
その言葉を確認して、ボクたちは互いに向き合い、頷いた。
「あ、あなた達、何をする気!?」
自席から歩み寄っていくボクたちに対して、女教師が不信感を持つのは当然だった。
【ナギ】は教師に向き合った。
「私たちは、抗います。大人に、今の社会に。私たちはこんな世界、我慢することができない」
「そ、そんなこと、許されるわけがないのよ! 離れなさい!」
そう言って、教卓からボクたちの方へ近づいて来る教師を傍目に、ナギちゃんはボクの手を引き、抱きしめ、そしてキスをした。
一瞬の静寂が空間を走る。しかし、すぐさま女教師はポケットにしまい込んでいたスマホを手に取った。
「もしもし、違反者が現れました。えぇ、二人です。すぐさま、再教育プログラムの要請をお願いします」
その声は、冷たく、無慈悲な文言だった。
「あなた達には、これから別々に再教育プログラムを受けてもらいます。しっかりと更生することを先生は願います」
「再教育なんか、されてたまるか!」
【ナギ】が、その言葉を発したのは、全くの同時だった。
ナギちゃんがボクを制して、女教師に言い放つ。
「私たちは、あなた逹のような汚い大人と違い、強い信念を持っています。信念さえあれば、思考が改変されることはない!」
ナギちゃんの正論が、女教師に刺さる。
「ふふっ、そんなことを言えるのも今のうちですよ。言っていませんでしたが、法を侵した対象者両名は、二度と触れ合えなくなるのですよ」
「えっ……」
予想以上のギルティに、驚きを隠しきれず、思わず声が漏れる。
「あなた達、どうやら強い絆で結ばれているみたいですけど、そうなっても平気なのかしら」
女教師がそう言い終わるのと、政府の職員がやって来たのはほぼ同時だった。職員がボクたちを拘束する。ナギちゃんは呆然として、何も言い返せないようだった。
なら……ボクが!
「二度と会えないって、そんなこと束縛できるの?誰がどこで会ったかなんて、言わなきゃわかんないじゃん」
「あなた方に特殊なチップを埋め込んで、一定の距離まで近づくと、それ以上は近づけないようにしてあります」
政府の職員が、代わりに答える。
「何それ、ボクがそんな戯言信じるとでも? ただの脅しでしょ。そんなことできるわけがない」
「実際に見せた方が早いですね……おい!」
彼はナギちゃんを拘束している職員に目で合図を送り、互いにチップを手に取った。そして、それぞれを近づける。
瞬間、けたたましい警告音と共に眩い光が放たれ、その場にいる全員が視界を奪われる。次に目を開いた時、眼前には謎の物質で構成された壁が出現し、ボクたちを遮断していた。
「なに、これ……」
それは、無機質的な壁に触れ、【ナギ】が同時に呟いた言葉だった。
「最先端技術を駆使して急増した隔離方法です。チップから特殊物質を放出し、模擬的な壁を生成する。これで分かりました? あなた達が二度と触れ合えないということが」
「あ……あ……」
ボクたちは我慢できずに嗚咽を漏らす。
「話が長くなりましたね。これからあなた達は政府の再教育プログラム専用の教育施設に入学してもらいます。心配しなくていい。あなた達のようなお仲間は大勢いますから……連れて行け!」
ナギちゃんとの距離が段々遠のいていく。もう触れ合えるのはこれが最後かもしれないのに、本当にこれで終わっちゃっていいの? ボクたちの抵抗って、この程度だったの?
ボクは、瞳の色が死んでいるナギちゃんに、目で必死に訴えかける。
ナギちゃんが動かないなら、ボクから!
「ナギちゃん!」
ボクは、精一杯手を伸ばす。
「こら! 何やってるの!」
あと数センチ、あと少しのところで、ボクの願望は女教師に阻まれた。
「まったく、しっかりしてくださいよ。この子達にまだ罪を犯させる気ですか?」
「申し訳ない。ご協力、感謝します」
最後の願いも、叶わないのか……。ボクは、沈み込む。
「あなた達には失望しました。みなさんも、このような悪い手本にはならないように!」
女教師が【ナギ】にトドメを刺す。もうボクたちに【シズク】は流れなかった。
愛しの存在が、その距離を絶対的に広げていく。悲しい、悲しい、悲しい!
【ナギ】はしおれた。でも、まだ死んではいない。
確かにボクたちの抵抗は失敗した。でも、ボクたちはこの世界に存在し続ける。生きている限り、希望はある。
それが、たとえほんの僅かな可能性でも、ボクたちは再会を祈る。
ボクたちが、ボクたちの居場所を見つけるために……。
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