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それでも彼女は温かい。  作者: 春空奏太
1/3

それでも彼女は温かい。(1)

ただ何となく歩いていたあの日。

夕焼けに染まった山道のカーブにできた人だかり。

中央に不自然な黒のワンボックスカー。

そこにいた一人の女性が僕を見つけると、

駆け寄ってきた。

彼女は人だかりの方を指差して、

「悠くん、何で…私が…二人いるの」

その人は僕の親友のお姉さんで、

僕の初恋の人だった。


「えっ」

彼女の言葉を聞いてそんな情けない言葉が溢れる。

そしてその瞬間ある考えが脳裏をよぎった。

そんなはずがない。そんなことあるはずがない。

頭の中をその言葉がどんどん埋め尽くしていく。

気が付いたら彼女をおいて人だかりの方へ走り出していた。

「ゼェ…ゼェ」

たった三十メートルほど走っただけなのに息切れが激しい。心臓がドクドク脈を打つ。

人だかりの前で膝に手をついてしまった。

あと少しなのに息が苦しい。汗もじわじわと滲み出てくる。

どれくらいたっただろうか。三十秒、一分。

呼吸がいつになっても安定しない。

まだ荒い呼吸のままだったが、顔を上げ、

「……」

目の前の光景に絶句した。

歩道に乗り上げた赤黒い絵の具のついた黒のワンボックスカー。

曲がってしまった白いガードレール。

道路を染める紅の血痕。

そして何よりその先に横たわる

僕の…僕の…初恋の人に。

一分間くらい経ってやっとこの状況の全てを理解した。

この場所で事故があった事を。

そしてそれが原因で、彼女が永遠という深い眠りについているってことを。

夕日に照らされ少し紅く染まった彼女の顔はとても美しかった。


彼女の顔ただ見つめていると、なぜか視界がぼやけていく、そして雨も降っていないのに、

頬を冷たい雫が伝い道路を湿らせていく。

本当は全て分かっていた。

彼女にあの言葉を聞いたときから。

本当はただ信じたく無かった。

自分の目で確認するまでほとんど有りもしない

可能性にかけたかった。

今になってようやく追いついてきた彼女は

少し頬を膨らませ、不満そうに

「もうー悠くんてば、何で先に行っちゃうの

置いていかないでよー。もうー」

先に逝ったのは君じゃないか、

僕を置いて逝ったのは君じゃないか。

言葉にしようとしてもまだ落ち着かない心臓と

呼吸がそれを許してはくれない。

「ほら言ったでしょう、何故か私が二人いるんだよ」

腕を組んでうんうんうなっている。

「あ!もしかしてドッペルゲンガーってやつじゃない!」

もしそうならその方が良かった。

「君は死んだんだよ。そこの黒のワンボックスカーに轢かれて」



伝えるべきか迷っていた事実が色んなことに対する怒りと悲しみ、頬をつたう涙ともにこぼれ落ちる。

「えっ……」

彼女の顔から笑みが消えた。

自然に僕の目から溢れ出す涙の量も増えていく。

「そこに倒れている君が肉体だけの君。僕の目の前にいる君が魂だけの君」

気付くと彼女は声を殺して泣いていた。

「君の姿は僕以外の誰も視れないし、君の声は僕以外の誰も聞こえない。そして僕を含め、

誰も君に触れられない」

今もだ。泣いている僕を見る人はいるのに、泣いている彼女を見ている人は誰もいない。

当たり前だ。普通のことだ。

僕以外に彼女を視ることができる人はいない。

僕以外に彼女の声が聞こえる人はいない。

彼女は僕以外の中でもうこの世に存在しないのだから。


「そんなこと分からないはずないじゃん」

彼女は泣き叫んでいた。

「私、車に轢かれた直後の記憶がないの

気付いたら血がついた車のそばに血だらけの

私がいて…」

そのときの彼女の様子が目に浮かぶ。

「周りにどんどん人が集まってきてね…

でも誰も私に気付いてくれないの…

私の声に気付かないの…」

誰にも分からなくても僕には分かる。

そういう人を何人か視たことがあるし、

そういう話も聴いたことがある。

「だから気付いたんだ、自分が死んだって事に。でも、認めたく無かったから信じたく無かったから悠くんにああ言っちゃった。

希望も夢も可能性も無かったのに。」

僕も同じだ。君の死を受け入れられなくて…

そう言いたかったのに、その気持ちは声になる前にどこかに消え去ってしまった。

彼女は儚く消え入りそうな声で

「悠くん、これから私どうなっちゃうの?」

と、聞いてくる。

「ごめん、僕には分からない」

気が付くとそう答えている自分がいた。

嘘だ。本当は知っている。

でも、訂正の言葉は出てこなくて…

そのうちに彼女が、

「そっか…」

本当は未来が怖くて心配でたまらないくせに

無理に笑った彼女を僕はまた美しいと、

そう思った。

そしてそんな彼女にかける言葉を僕は持っていなかった…






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