悪役令嬢に救いの手を③
ーーーいい加減にしろ
真弘さん達に助けられて数日。
私は最近のことが嘘のように静かな日々をすごしていた。婚約者やヒロインに会うことがなければ、助けてくれた真弘さん達に会うこともない。本当に平穏な毎日だ。
(⋯このまま静かに卒業できればいいなぁ)
なんていう悪役令嬢には似合わないような願いを胸に込め、いつも通りに過ごしていたのだが、こんな小さな願いすら届かないと気づくのには時間はかからなかった。
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「ーーじゃあ白石さん、あとは頼んでいいかしら、帰るの遅くなっちゃうけど⋯」
「はい、大丈夫です」
「さすがはクラス委員長ね、頼りになるわ、生徒会やめたのも勿体なかったわねぇ」
髪を後ろで1つにまとめ、お団子にしている40代ぐらいの女性担任は残念そうに頬に手を添え言う。
「すいません⋯、ーーこれはあとで持ってきますね」
私は困ったように微笑みがら軽く会釈し、その場を後にした。ああやって言われるのは何度目だろうか。生徒会をやめてからというもの、生徒だけではなく、先生方も「勿体ない」と同じことを言う。
(私からやめたわけじゃないんだけどなぁ)
はぁ⋯と溜息をつきながら、廊下を歩く。ちなみに私は何種類何百枚ものプリントを両手に抱えている。先生から頼まれたのはホチキスでクラス分をまとめるというもの。
(1人でやるのは時間掛かりそうね)
帰るのが遅くなるのを覚悟して、誰もいない教室に入り窓側の1番前の自分の席に座る。そしてプリントを1つずつ1セットにまとめ、ホチキスでとめる。教室にはパチンパチンと無機質な音が響く。
10セットほど作ったところで手を止め、ふと後ろを振り返る。普段はガヤガヤとしている教室は今は自分しかいなくシーンとしていることに新鮮さを感じる。また、いつもは自分の周りには他のお嬢様達がいるため1人でいるというのも不思議だ。でもこうやって1人も楽なものなんだなと改めて感じた。
それにいつも使っている場所だから何も感じてなかったが、よく見ると「ラブスクールデイズ」の教室の背景そのもので。
「ほんとに、ゲームの世界なんだ⋯」
静かに呟き、再びプリントに手を伸ばしたときだった。ガラッと教室の扉が開き、生徒会役員(婚約者達)と園川さんが入ってくる。
突然のことに目を見開き、固まる。
「海里、さん⋯」
海里さんを先頭に、5人が私の元へ歩いてくる。
もちろん、園川さんは後ろへ1歩引いてだが。
「こんにちは、海里さん⋯⋯何か御用ですか?」
もしかしてーー、と思いつつ、バクバクする心臓を抑えながらもとにかく婚約者に挨拶しないのは失礼だ、と気づいた私は急いで立ち上がり、静かに頭を下げる。そんな私を冷ややかに見ていた彼の口から飛び出たのはやはり予想通りのものだった。
「ーーー玲香」
「はい」
「⋯俺は今、お前との婚約を破棄する」
そう言う彼の言葉は予想以上に私の胸にズキンときた。ここがゲームの世界だと気づいた時からいつかは言われるだろうと思っていた。知ってたとは言え、面と向かって言われるとさすがに堪える。でもここで泣けば負けだ。
「⋯⋯承知致しました」
「理由はわかってるよな」
「貴女が彼女を虐めたからですよ」
「せっかく海里様が反省のチャンスを⋯」
もう聞こえなかった、従者である彼らも何か言ってたようだが何も私の耳には入ってこない。とにかく離れたかった。何か言ってやりたかった。殴ってやりたかった。でもそんなこと出来るわけないから、黙って聞いているしかない、そう思った時”また”あの声がした。
「ーーーいい加減にしろ」
教室に響く低い男の人の声。
前聞いた時よりも低く感じるこの声。
まさかと思い、教室の後ろの扉を見ると。
「真弘⋯」
海里さんもすぐに気づいたのから不快そうに教室の扉にもたれ掛かる真弘さんを見る。近くには従者の皆さんもいるようだ。
「ーーなぁ、海里」
私達の視線を一身に受けながらこちらにゆっくり近づく彼は私の前に守るように立つと、とんでもないことを言うのだった。
「婚約破棄したなら、俺にくれよ」
真弘さんの従者以外の誰もが驚き固まる。そんなことに構うことなく、彼は言葉を続ける。
「彼女をー、白石玲香を俺の婚約者にする」