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<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

呪われたジーナ

作者: 青黄 白

3/5 誤字脱字日本語修正しました。ありがとうございます神々。

「ねえ、ジーナ。バルドって、私のことどう思ってるかな?」

「ちょっと待ってね――――……今はマイのことを『よく話すクラスメイト』って思ってるみたい。もっと彼に近付きたいなら『魔法薬学を得意になる』といいかもね。『赤色のブレスレットを身に付ける』と運気があがるよ」

「薬草学と赤色のブレスレットかぁ……うん、ありがとう!」


 私には呪いがかかっている。しかも誰にも解けない呪い。どうして解けないのかというと、確実に呪われていると分かるのに他の人からは認識されず、呪いにかかっていると判断されないからだ。

 自力で呪いを解けばいい。そう思ってもう十何年も研究しているけれど、兆しも見えない。

 私の年齢? まだ15歳だ――ただし、もう何回目の15歳かは分からない。


 私の名前はジーナ・アストロ。ニュクリアス魔法学校に通う一女子生徒だ。「占術」と呼ばれる、端的に言うと占いが得意。得意な占いは、水晶玉を通して星が教えてくれる現在や未来を視ること。成績は、占術以外は実技も筆記もギリ平均といったところ。「占術」が得意なおかげで友だち――大体女の子――から、よく恋愛相談を受けている。

 ――というのが、共通の設定だ。それ以外は毎回違う。

 何の話かというと、これが解けない呪いだ。

 私にかかっている呪いは、「ニュクリアス魔法学校入学から卒業までの3年間を繰り返す」呪いである。だから「何回目の15歳かは分からない」。

 卒業したと思ったら意識が飛んで、また入学式の日になっている。そして……ああ、これも共通だった、入学式の直後に私は貧血で倒れてとある女子生徒に介抱される。その女子生徒は名前も見た目も毎回違うが、私を保健室まで支えて連れて行ってくれる優しい女の子であることは一緒だった。そこから彼女と仲良くなり、彼女は好きな人ができて、私に相談する様になる。私は得意な「占術」を使って、2人の親密度を確認したり、彼に興味を持ってもらったりするために必要なことだったり、ラッキーアイテムだったり、彼の好きな物や色をアドバイスする。冒頭の会話はそれの一例だ。


 初めのジーナは、失恋をした。彼女が「気になる人がいる」と相談してきた相手が、私の好きな人だったのだ。そこで自分もそうだと告げれば良かったのに出来なかった私は、あれよあれよと3年間きっちり2人の恋路を応援することになった。卒業式の後彼女が彼を呼び出して告白しているところを目撃してしまった私は泣きながら帰路に着いた、と思ったら何故か意識が暗転して気が付いたらまた入学式の日になっていた。

 2回目のジーナは最初夢だと思っていたので、せっかくだから現実で諦めてしまった彼に告白しようと思った。が、貧血を起こした私を助けてくれたのが現実(1回目)と違う女の子で、学校にいる生徒も先生もみーんな知らない人だった。当然のように告白しようと思っていた彼もいなかった。しかもいつまで経っても夢から覚めない。意味が分からないままで何とか過ごした学校生活の中で好きな人ができたが、やっぱり入学式の日に助けてくれた彼女と好きな人が被ってしまう。今度は私も彼の事が好きだと宣言しようと思ったのに、私の口はパクパクと動くだけで声にならなかった。結局その3年間も私は占術で出た結果を正しく彼女に教え、2人の告白シーンを見て逃げた。

 3回目のジーナは目が覚めたらすでに保健室にいて、見知らぬ女の子に顔を覗き込まれていた。その女の子とは仲良くなったけど、この時から人を好きにならないようにした。生徒も先生も見覚えのない人達ばかりだったので、興味を持たなければ好きになることもなかった。彼女はまた私に相談してきて、私は馬鹿正直にそれに答えて2人の恋を成就させる。それからまた暗転。


 そうやって繰り返していく内に、様々な共通点を見つけていったし、何でもいいから抵抗してみようとした……が、全て無意味だと判明しただけだった。

 4回目に正しい占術の結果を教えないと決めたけど、私の口が勝手に馬鹿正直に全てを伝えきってしまった。

 6回目に「占術」が得意ではないと言い張ったけど、授業の特性検査で判明した。

 9回目に彼女が本当に裏のない性格か調査したけど、本当にいい子だった。このあたりから呪いについて詳しく書かれた本を読み漁り始めたり、解呪魔法を試すようになる。思わしい成果は現在に至るまで一度も得られていない。

 13回目に彼女をいじめてみたけど、クラスメイトのリタ・トルースが彼女をいじめていたので、それが酷すぎて問題になった。結果私のいじめはリタに脅されて行ったものとされ、リタは退学。そのまま卒業。

 21回目に様々な手段を使って、ようやく呪術を担当する先生に呪いがかかっているか見てもらった。結果は「何もかかっていないし、極めて健康的な肉体」だった。何でだろう。認識されない呪いがあるのか、そもそも呪われているのは、この学校なのか。

 37回目の入学式の日、愛用の水晶玉を床に叩きつけて壊してみた。破片が飛んできて痛かった。これで占いはできない、と思ったが占術の授業で生徒用に小さめの水晶玉が配布された。破片刺さり損だ。

 40回を超えたくらいから数えるのは止めた。

 他にも色々なことを試したが望んでいた結果には辿り着かず、最近はもう抵抗する気力もなくなってきた。そもそも彼女の恋が実らないからって、私が呪いから解放されるとは限らない。私の学校生活のメインがどうしても彼女だから彼女にしか目が向かなかったのは、致命傷と言っても過言ではない。ちなみに冒頭の質問をしてきた女の子の今回の名前は「マイ」。少し運動が苦手なかわいい女の子である。でもバルドが運動が得意な子が好きみたいだから、運動と魔法薬学の勉強に日々励んでいる。




 もう彼女を見守ることが私の役目なのかもしれない――だから、もう無駄なことはやめようか。




 そうして流れに身を任せるようになった2年生の春、不思議な夢を見た。私は黒い円盤の上に立っていて、目の前に知らない男の子がいたのだ。

 男の子はシャツにベストにパンツというシンプルな格好だった。

 彼は私の姿を確認するなり私の両肩を掴んで「良かった!」と叫ぶ。目には安堵が浮かんでいる。しかし私には彼にこのように心配される心当たりがない。


「あの、どなたかとお間違いではないでしょうか?」


 夢だと分かっているのに、彼の腕から逃れつつ思わず返事をしてしまう。こんなに意識のハッキリとした夢を見るなんて人生で初めてだ。


「間違ってなんかないよ。君の名前はジーナだろう」


 どうして名前を知ってるのか。非現実感のない夢が怖くなって、無意識のうちに右足が後ろへと下がる。それに気づいた彼は困った表情になった。そのまま顔の前で掌を合わせて「怖がらせるつもりはなかったんだ」とペコペコと謝ってくる。知り合いにこんなに腰の低い人はいない。

 何も言わずにその様子を見つめていると、もう一度「ごめん」と言って口を開いた。


「僕は君を助けに来たんだよ」


 今度は声が出なかった。

 会ったことのない彼は、何を知っているんだろう。その感情が顔に出ていたようで思いつめた表情で「そのためにはそちら側の協力が必要なんだ」と呟く。

 そもそもこんな夢を見ているということは、私はやっぱり諦めきれずに呪いを解きたいと思っているということか。終わりの見えない学校生活から、逃れたい。それはまごうことなく私の本音。

 いや、夢なんて私の深層心理。それの何に頼ることができるというのか。所詮は私の作り出した夢なのだ。

 そう思った私の口からは、全く違う言葉が紡がれる。


「あなたは、私が呪いにかかっていることを知っているの?」


 彼は答えなかったが、まっすぐに私を見据えた。そこにさっきまでの腰の低さは窺えない。


「ジーナ、これは現実だ。僕が誰だか分かっていなさそうな君に僕を信用するのは難しいかもしれない――でも、僕は君を解放したい。だから、協力してほしい」




 *****




 名前も知らない男の子は、そちら側の情報が欲しいと言った。未だに信じられない、本当にあれは夢だったのか。しかし彼のことを疑う、という発想にはならない。名乗りもしなかった彼だが、あのまっすぐ射貫くような真剣な眼差しは偽物とは思えなかったからだ。そうだ、今日の授業が終わったら占いをしよう。彼は嘘を言っていないか星に聞こう。


「ジーナ、どうしたの?」


 マイがきょとんと首を傾げた。まあるい灰色の瞳がこちらを見ている。そんな仕草もかわいらしい。マイはかわいいし色んな男子生徒と仲が良いが、女子生徒とも仲が良い。男女共に人気のある彼女を妬む人もいるが、私は彼女が本当に優しくて裏表のない、努力家な女の子と知っている。

 ――違う、そうじゃない。今はお昼休みだ。昼食を前に手も付けずぼんやりする私をマイは笑う。


「ふふ、早く食べないと冷めちゃうよ?」

「ボーっとしてたみたい。ありがとう、マイ」

「いいよ、急がなくて。でも、食べ終わったらいっぱいおしゃべりしよう! ジーナに聞いてほしいことがあるの」


 マイがスプーンを口に運ぶのを見て、私も慌ててそれにならう。急がなくていいと言われたのに急いだせいでごはんがあらぬ方向に流れ込み思い切り咽る。そんな私を見て、マイはスプーンを銜えながら肩を震わせる。九死に一生を得るレベルだった、と水を飲んでいると、聞き慣れた高い声が響いた。


「ちょっとあなた! またわたくしの友人の彼氏にちょっかい出したのですね。あれほど控えるようお伝えしましたのに」

「トルースさん……」


 マイは水を一気飲みすると、言いがかりだと訴えた。


「ちょっかいなんて出していません! ただ話しただけです!」


 食堂の空気が一変した。

 私たちより少し背の高い彼女は金の巻き髪を手の甲で持ち上げると、顎を突き出して見下ろすようにマイを睨む。まるで女王様である。


「あなたの『ただ話す』とは、体を必要以上に寄せ合って耳元でこそこそお話することを言うんですの? そうでしたらわたくし、あなたの品性を疑いますわ。それとも、周囲に聞かせたくない内容のお話だったとでも?」

「周りに迷惑にならないよう、小声で話してたんです! 大体、どうしてあなたがそんなことを言いに来るんですか? 不快に思った方が直接私に言うべきです」


 一触即発。その言葉が相応しい空気になった食堂で、私は一人もくもくとごはんを掻っ込む。早くマイを連れてこの場を去った方がいい。


 結局騒ぎを聞きつけた先生が間を取り持って、喧嘩両成敗となった。お昼休みをややオーバーしたそれはしばらくの間話題になるだろう。私のごはんは間に合わなかった。




 その3日後、また私は黒い円盤の上に立っていた。もちろん目の前にはこの間の男の子もいる。

 私は彼に現状を話すことに決め、私が送っている学校生活を大まかに説明した。その過程で「共通している事柄もある」と漏らすと、食い気味でそれが何か聞かれた。

 私に分かることを全て話し終えると、彼はもう今日は時間みたいだと残念そうにする。


「一度今聞いた話を整理してみるよ。ところでジーナに確認してほしいことがあるんだけど」

「何?」

「君以外にも、ずっと同じことを繰り返している人はいないかな」

「――え?」


 私以外に? 誰かいただろうか。いかんせん私は3回目から周囲の人間に興味を持つことをやめたのだ。それに学校には先生と生徒を含めて500人以上いる。更にそれを何十回も繰り返している。興味があっても、同じ人物がいるかなんて分からない。


「その人物を見つけることが、君が不可解な学校生活を送ることになった原因を探るには近いかもしれないんた」

「それって――」

「何でもいい、何か思うことがあったらまた教えてほしい」


 頭にぽんと彼の手が乗せられる。

 それってもしかして、その人が呪いをかけた人かもしれないってこと?

 そう聞こうと顔を上げた瞬間、私は自室のベッドで目を覚ました。まだ頭に手を乗せられた感覚が残っている気がした。







 早速誰か見覚えのある顔がないか探す私は、大層不審だっただろう。生徒の大多数は食堂でごはんを食べるので、速やかに食事を終わらせて出入り口を睨み付ける女は、私だって怖いと思う。ちなみにマイは今日は他の誰かと約束したらしい。

 それを始めて5分後、自分がよっぽどな大馬鹿だと気が付いた。

 輝く金の巻き髪と大きな赤いリボン――この学校の服装の規律はだいぶ緩い。スカートをバルーンスカートにする女子生徒もいるし、女装する男子生徒すらいる。しかもかわいい――が目に入り、こめかみが痛む。

 リタ・トルース――毎回「彼女たち」をいじめる女子生徒の名前だ。この間食堂でマイとバトルした女子生徒の名前でもある。彼女は毎回色々な方法で「彼女たち」に口や手を出すのだ。以前彼女が退学になったのははて何年前だったか忘れてしまったので、どうやら毎回退学になっているわけではない。でも、確実に毎回登場している。

 ああ、なんでそんなことに気が付かなかった? いや、と言うことはもしかして、リタ・トルースが私に呪いをかけた人……?

 でもどうして彼女が私に呪いをかける? 動機は? 考えられるのは、私が「彼女たち」にアドバイスをするから、くらいだろうか。「彼女たち」は持ち前の素直さでそれを聞き入れて実行している。でも、実行するか決めるのは本人の意思だ。私に占いをお願いしてきた人たちの中で、素直にアドバイスを受け入れなかった人が、中にはいる。リタ・トルースに占いを頼まれたことはないが、間接的になにかしてしまったというのか。


「――あ」


 そうだ、私も体験したことがあった。「彼女たち」と好きな人が被ってしまったのを、応援することしかできなかったじゃないか。もし、リタ・トルースもそうだとしたら? 私が余計なことをしたせいで好きな人を奪われてしまったのだとしたら?

 彼女はどんなことでも「彼女たち」に突っかかっていく性格だ。それが私に向かないとは言い切れない。だから、だから……?


「――っ!」

「どうしたんですの?!」

「人が倒れたぞ!」


 遠くなっていく声を顧みず、私は意識を手放す。願わくば、今すぐに彼に会えますように。






「――本当に会えた」

「ん?」


 いつもの円盤の上で、いつもの服を来た彼が首を傾げる。どうやら私は首を傾げるという動作が好きなようだ。かわいいとしか思えない。いや、そんな場合じゃない。

 リタ・トルースという女子生徒のことと、彼女が私に呪いをかけたのかもしれない旨を一生懸命伝えた。が、彼は眉を寄せて「そんなはずはない」と否定した。


「どうして? リタ・トルースは人を階段から突き落としたり、水じゃ消せない火を制服につけたりするんだよ。そんなひどいことをする人なのに、どうして違うと言い切れるの?」

「その理由は……ジーナ、君の方が分かっているはずだ」

「……どういうこと?」

「僕は詳しくは言えない。でも彼女ではないよ」


 頑なに否定する彼に、落胆した。他に毎回学校に通う人はいない。だったら彼女がそうじゃないのか。


「ジーナ、今から何人か名前を言う。その人たちのファミリネームが――の人物がいたら、今日から3日……いや、2日後にこう聞いてくれないか? 君にはとても残酷で勇気のいることになる可能性も否めない。君の言うことを否定した僕の言うことを聞くのは嫌かもしれないけど、一生のお願いだ」


 あまりに真剣な彼の目に、何を聞くのかも尋ねずにコクコク頷く。それほどまでに真剣だった。今まであった彼はどこか柔らかな雰囲気だったのに急にそんな顔をされたら、頷くほかない。

 そしてそれは、彼の言った通りだった。








 その日は朝起きた時から頭痛がした。何だか寒気もするし、体もだるい。本当に、学校に行かなくては行けないだろうか。そんな憂鬱な気分なまま半日を過ごす。

 マイに心配されながらも私はいつも通り食堂に向かい、昼食を空いたテーブルで味わう――のだが、今日は味わえそうもない。少ししか口に物を入れられず、ようやく口に入ったごはんは味がしない。噛むことすら億劫だ。まるで口に粘土でも詰められたようだった。


「ジーナ、保健室に行く? 顔色がすごく悪いよ」

「ごめんね、心配かけて。体調が悪いわけじゃないの……」

「無理しないで? 私、保健室まで付き添うよ」


 昼食の半分も食べないままのマイは立ち上がった。私の背に手を置くと、「立てそう?」と囁く。


「食事中に立ち上がるなんて、相変わらずマナーがなってませんことね」


 今日は聞きたくなかった声が耳に入ってきた。案の定、そこにはリタ・トルースが私たちを見下ろしている。しかし私の顔色が相当ひどいのか、珍しく焦った声をあげた。


「アストロさん……なんて顔色をしているの。この間も食堂で倒れたばかりなのよ、無理をしてはいけないわ」


 いつもマイに浴びせているような鋭さのないその声音は、私の動悸を更に乱す。はあはあと大きく肩を揺らし、私はマイの手を借りずに椅子から立ち上がる。2人とも心配そうな表情でそれを見守っていた。


「トルースさん、私、あなたに聞きたいことがあるの」

「質問はいいけれど、あなたは今それを聞くべきなのかしら? 一刻も早く病院に行くべきよ」

「ありがとう、今じゃないと駄目なの」


 ざわざわとしているはずの食堂の騒めきは、一切耳に入らない。


「トルースさんのフルネームって、何?」

「フルネーム?」


 彼女はハッと目を見開いた。そして表情を引き締める。この様子だと、彼女は気付いていたのか。それとも今気づいたのか。


「わたくしのフルネームは、リタ・トルースよ」

「ご丁寧にありがとうございます。ところでマイ、あなたにも聞きたいの」

「え? 何?」


「マイのファミリーネームって、何だったかな?」



 一瞬にして、マイの顔が白くなる。戸惑った様子で「どうしてそんなことを聞くの?」と聞いてくる。笑おうとして失敗したような引きつった笑顔だ。その顔が、私は悲しい。


「私、マイのファミリーネーム知らないなあって」

「そんなこと、どうして今更――」

「わたくしも知りたいですわね。わたくし、友人以外は基本ファミリーネームでお呼びしているの。でも、あなたのファミリーネームを知らないから、何故だかいつも『あなた』とお呼びしていたのよ。本当、どうして今まで気が付かなかったのかしら? ねえ、アストロさん」


 リタ・トルースはいつものように、顎を突き出してマイを見下ろした。そんなリタを見て、これが真実なんだと確信する。

 同時にここは一体どこなんだろうと不安に駆られたが、彼の声と姿、リタの表情を見てきっと大丈夫だと言い聞かせた。




「ねえマイ……ここは、あなたの世界なの?」




 言うや否や、ガラスの割れたような耳をつんざく音が場を支配した。何もないはずの空間にヒビが入り、欠片がこぼれた向こう側は真っ暗だ。

 リタも驚いたようで周囲を見回しているが、食堂にいる生徒たちは食事とおしゃべりを楽しんでいて、何かに気付いた素振りは見せない。

 マイの顔は絶望に染まっていた。その顔はとても青白く、何故かいつもより数段頬がこけて見えた。それはまるでミイラのように見えて、恐ろしくなって思わず顔を逸らしたが、その時のマイの顔は一生忘れないだろう。






 *****






「ジーナ!」


 涙を溢す顔が4つほど飛び込んでくる。父と母と嫁いだはずの姉といつも仕事で姿を見ない兄と、私の婚約者だ。あれ、5人だった。全員本気で泣いているようで、涙腺が壊れたようにポロポロ涙を落としている。腕だけを動かして父と母の涙を拭おうとしたらその手を4人に痛いくらい掴まれて、ようやく実感できた。


「帰って、これた……」

「ああ、そうだ! ここは私たちの家だ!」

「愛してるわジーナ! お願いだから、こんなにも心配させないで頂戴!」

「もう! 嫁に行った姉を、何日も実家に滞在させるなんて……本当に、良かった」

「何日も仕事が手に付かなかった。お前のせいだぞ、ジーナ」


 家族の顔の向こうに広がるのは私の部屋だった。見慣れた部屋なのに懐かしい。

 いつの間にか私も涙を流していて、ぼやける視界で婚約者であるシオンの姿を確認した。相変わらず飾り気のないシャツとベストだが、襟元がくしゃくしゃになっている。服装にこだわりはないが身だしなみはきちんとしている彼には珍しいことだった。


「シオン……助けに来てくれたんだね」

「ジーナが頑張ったから、助けられたんだよ」

「でも、そのために『一生のお願い』使っちゃったね」

「ジーナのことを助けるためなら、何でも使うさ」


 目の周りが腫れたシオンは整った顔がブスになっていたが、とてもかっこよく見えた。





 落ち着いてから聞いた話だが、私は「マイ・ニュクリアス」の魔法に巻き込まれた1人だった。

 マイ・ニュクリアスとは、幼いころにお茶会で会った記憶がある。その時は母親のスカートの裾に隠れているような、引っ込み思案な性格だった。

 彼女は10歳頃に高熱を出して生死を彷徨う。やっと熱が完治した後「イセカイテンセイだ!」や「ここってオトメゲームノセカイじゃないの!?」と叫ぶようになり、10年間学んだマナーや家族の名前を忘れてしまったという。

 言動がおかしくなったマイを心配した家族は、医者に見てもらった。結果、精神異常と判断されて家に軟禁される。

 どんなに暴れても家から出してもらえなかったマイは、自分の命を使った自作魔法を発動させる。そのせいでジーナとリタを含む数人の少年少女が同時に眠りにおち、目を覚まさなくなる事件が起きた。しかしほとんどの人は1~2日で目が覚めたが、記憶は何も残っていなかったそうだ。

 私の話と照らし合わせて考えたところ、魔法に囚われている間のみ実在する人物は眠りについていたようだ。最初の頃眠りについた人は、1~5回目に学校でその名前を見た気がするし、私とリタと、マイに好意を寄せられていたバルドが同時に目を覚ましたので間違いない。

 私とリタが起きなかったのは、固定の役割があったからずっと寝ていることになってしまったようだ。とんだ災難だ。


 翌々日、リタとシオンと一緒にマイの部屋を訪れた。本当はリタの婚約者も来るはずだったが、部外者という扱いになってしまった為、今はリタの家で待機している。いつでもリタを迎えに行けるようにだ。

 シオンはこの事件の解決の糸口を見出した功績を認められ、宮廷魔術師という王族お抱えの魔術師になった。元々魔法が得意だったし、彼が来てくれなかったらと考えるとゾッとするので、実力が認められて嬉しい。

 更にゾッとしたのは、マイの姿だ。マイのベッドに少し前まで横たわっていたのは、現実に戻ってくる一瞬前に食堂で見たマイの表情にそっくりなミイラだった。真っ直ぐな髪は真っ白で極端に毛量が少なく、手足は木の枝のように細くメリハリがない。頬に膨らみはなく、骨に沿ったようにこけている。目が覚めた時枯れたと思うほど涙を流したつもりだったが、どこから出てきたのかまた涙がとまらなくなった。

 私やリタはマイのことが気になっていた。彼女はどうなったのか、と。私たちにはその姿を見る権利があるが、覚悟するよう念を押されたので何かと思ったら、そういうことだった。

 今は屋敷は元ニュクリアス家として閉鎖され、マイの体は棺に入れられてどこかへ運ばれて行った。


 マイの部屋はまだそのまま残されていた。私たちと同じ年とは思えない程、幼い子向けの家具や装飾、ぬいぐるみが妙に目立つ。

 彼女の残したノート2冊を見せられる。どうやら見たことのない文字が書かれていて、今いる宮廷魔術師や司書にも読めなかったので、私たちから何かヒントを得られないか、と考えたそうだ。

 その目論見は見事当たっており、私たちが過ごしていたニュクリアス魔法学校では、この文字が使われていた。リタと2人で手分けして、ノートの内容を検める。


 ノートの内容を要約するとこうだ。

 マイ・ニュクリアスはここが「オトメゲーム」ではないことを嘆いていた。しかも心の病気だと言われて家に閉じ込められてしまった。

 だからここに居ても永遠に「オトメゲーム」を楽しめるように、自分で「オトメゲーム」を作り出そう。

 まず「シュジンコウ」と「サポートキャラ」と「アクヤクレイジョウ」を決めて、それから「コウリャクタイショウ」を決めた。

「サポートキャラ」のところには私の名前が、「アクヤクレイジョウ」のところにはリタの名前が書いてあった。「コウリャクタイショウ」のところにはバルドを含めて、何日か眠りについていた少年たちの名前があった。全員貴族としてそれなりの地位がある家か、顔が整っていると評判の子息ばかりだった。彼女はどこからその情報を得たんだろうか。

 1冊目にぎっしり学校で起こる「イベント」などが書き込まれており、2冊目にはクレヨンで絵が描かれていた。

 赤色の髪に青色の瞳の女の子の絵の下には「サーシャ」。黄色の髪に紫色の瞳の女の子の絵の横には「アリス」。橙色の髪に水色の瞳の女の子の絵の上には「フィリア」。

 どれも、見たことのある色彩の女の子と名前だ。1ページに付き絵は1人。最後のページには、薄茶色の髪に灰色の瞳の女の子が描かれ、絵の下には「わたし」と書かれていた。

 恐らく「サーシャ」や「アリス」は、マイがなりたかった女の子の像なんだろう。


 胸が苦しい。マイは、精神が置き去りにされて成長した悲しい女の子だ。どういう経緯でこうなってしまったのか分からなかったが、彼女は被害者でもある。もちろん加害者でもある。

 シオンは私たちに魔法の内側からマイの精神に揺さぶりをかけさせ、魔法の拘束力が緩んだところ――ファミリーネームを尋ねた時だろう――で一気に魔法の強制解除にかかったそうだ。マイの外見がああなった原因は、命をかけた魔法を使ったことによる後遺症みたいなものらしい。だからこそ魔法の拘束力が異常で、解除するのは並大抵の方法では無理だったそう。シオンは眠っている私の夢に入り込むことを思いついて即実行。その辺りの説明は割愛する。


 とにかく、これで悲しい事件の幕は閉じ、私たちの日常が戻ってきた。

 私はよくリタとお茶をしたり家を行き来する、幼馴染だ。あの時はシオンのこともリタのことも分からなかったが、リタと私は正真正銘の親友。シオンがリタを疑わなかったのはそれが理由だ。


「シオン」

「ん?」

「大好きだよ」

「――はっ?」


 あれから、できるだけ思いは口にするようにした。二度とあんなことはごめんだが、人間いつどうなるか分からないのはどうしようもない。私の占いだって限度があるし、何より自分のことは占えない。

 シオンは手で顔を覆い、天を仰いだ。


「ホント……勘弁してよ。僕がどれだけジーナを大切にしてるか知らないんだから……」


 残念ながら彼の呟きがばっちり聞こえていた私は、意外と筋肉のついたその体にわざとらしく頬を寄せる。シオンの体が強張った。知らないフリをする。


「シオン……ずっと私のことを大切にしてね、一生のお願い」


 私も一生シオンを大切にするからね。それは「ぅあああーっ」という葛藤の呻きにかき消されてしまった。

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