第一章 2-3
小さな老婆は、このうるさいおばあさん――アキさん――の家に、来て欲しいと言ったわけだった。唐突なお願いに、僕が、はい? と言ったまま固まっていると、老婆はそのかすれた、弱々しい声を張り上げて話し始めた。
「あのな、アキさん、体悪くして、……認知症なんだけれども、なってしまって、すごく悪くなって、今息子の家に引きこもってるんさ。だかんな、あんたに来て見舞ってもらえたらと思って……」
「ちょっと待ってください。病気なのは分かりました、でもなんで僕なんですか? ただ散歩中に話をしていただけの仲ですよ」
「それはな」
老婆はその小さな背丈で、僕を見上げてどもりながら言ってくる。
「それは、な、ソウちゃん! あ、ソウちゃんって言ってもわからんな、つまりあんたがアキさんの孫にそっくり、瓜ふたつなんだべよ」
「お孫さんに、ですか」
「そんだ! ソウちゃんて言ってな、日本体育大学を出て、東京で一人暮らししてたんだけんども、ちょっと……理由あってアキさんの息子が勘当してしまったんさ。それでずっと、アキさんはソウちゃんに会っていないんね。だからアキさんはあんたに会うと、ソウちゃんのことが思い出されて、懐かしくて懐かしくてなあ、気に入っていたわけだ」
「それで僕がお見舞いに行くと?」
「そう、もしかしたらアキさん、もうひどくボケとるんだけれども、あんたのことソウちゃんだと勘違いして、喜んでくれるんじゃないかと、思うんよ」
「そんな、いくら似ているって言っても、まるっきり別人ですから! 無理ですよ」
「いんや、きっとあんたならできる! 頼みます、だってもうアキさん、あの様子じゃあ……」
小さな老婆はそこでぐっと黙り、見上げていた顔をうつむけて「もう、長くねえかも知んね」と声を震わせて呟いた。
「……分かりました」
僕はこの老婆への同情心と、そしてもうひとつ――もしかしたらこの体験が小説のネタになるかも知れない、という打算とのために、老婆のお願いを引き受けることにした。
「ほんとけ? ありがとうございます、ほんとに、ありがとうございます……」
老婆は何度も何度も頭を下げるのだった。




