第二章 3-3
また、こんなこともあった。
やはりおじさんに言われて渡良瀬川の河原を歩いていた時のことだった。おじさんに、必ず川の水面を注意して見ておくように、と言われていたので、そうしていると、川の上流から、なにやらささくれ立った丸太のようなものがひとつ、流れてきて、ちょうど僕が歩いている側の川岸に辿りついた。そうしてそのままのそのそ歩いて河原へ上がり、やがて静止した。良く見ると――ワニだった。
梅雨時なのに天気の良い、よく晴れた午後で、渡良瀬川はキラキラと陽射しを反射していた。輝くその川面の手前に、黒々と濡れた体をしたワニが、のんびり横たわっている。体長1メートルはあるだろう。つぶらな黒い瞳を開けて、じっと辺りを見ていた。僕はワニの居るその光景が一瞬自然に思え、
(ああ、ワニがいるな)
と思ったが、次の瞬間には驚きに身を打たれて慌てて警察に連絡した。
しばらくしてパトカーに乗った警官二人と、消防車に乗った消防隊員三人がやってきて、結束バンドでワニの口を縛り、機動隊員が使うような盾で三方から追い込んで、上手く檻へ入れてしまった。僕はワニを発見した状況を詳しく聞くためということで交番へ連れていかれ、事情聴取された。パトカーに乗ったのは生まれて初めてで、少し興奮した。
二~三日後、僕のスマホに知らない番号から電話があった。電話に出ると、あのワニの飼い主だと相手が名乗った。ワニを引き取りにこれからそちらの町まで行くが、ついてはあなたにぜひお礼がしたい、粗品を家まで届けたい、と言うので僕は住所を教えた。
その日の夕方、ワニの飼い主がやってきた。応対のために僕がアパートの玄関に出ると、そこにいたのは「勇者ヨシヒコ」シリーズや、「過保護のカホコ」というテレビドラマに出ていた個性派俳優だった。
俳優は如才なくワニ発見のお礼を述べ、僕に菓子折りを渡すと、お礼のついでに食事でもしないか、ごちそうするから、と言った。こんな遠くの田舎町まで来て、ただワニを受け取って、ついでに僕に菓子折りを渡して、それだけで帰るのもつまらない、というのが本音だったらしい。
僕はそれを了承し、その俳優と近所の焼き鳥屋で飲んだ(俳優は車で来ていたので、ソフトドリンクを頼んでいた)。俳優は、あのワニは俳優の奥さんが渡良瀬川まで一人で行って、捨ててしまったのだ、と事の顛末を説明した。なっちゃん、という名前をつけているそうで、俳優自身は非常に可愛がっているが、どんどん大きくなるし、奥さんや子供たちは嫌がっているそうだった。
僕は俳優の話を聞いているとなんだかいたずら心が湧いてきた。だいぶ、酔っていた。焼き鳥屋の駐車場に停めてある俳優の車のトランクには、そのワニが水槽に入れられて乗っている。
「ワニって、ニワトリ、食べますよね?」
俳優に聞くと、
「好物ですよ」
と答える。僕は愉快になってきて、
「じゃあ、この焼き鳥、食べるんじゃないですか?」
冷めたねぎまを手に取って言った。
「いやいや、ねぎは食べないでしょう。それにちょっとタレが濃いからなっちゃんの健康には――」
「じゃあこっちか。(と言って僕は皮串を二本掴み)なっちゃん!ご飯だよ」
ふらふらと立ち上がって店を出ようとした。
「ちょっと、ちょ、真島さん」
慌てて俳優が僕の右腕を掴んだ。
「ああ、××さん、車、車のキー。なっちゃんに鶏皮をね、食べさせますから。トランク開けてください。なっちゃん!」
結局僕は「少し食べさせるだけでいいから」とごねて、ワニに焼き鳥を二本、食べさせてしまった。
酔っぱらった時の僕の行動記録に、また恥ずかしい行為がひとつ、付け加えられた。




