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第二章 3-2

 ○○社からの『散歩の文学』執筆の依頼はそれ以降も続いた。自分の空想をもとにした話だと決まってボツになってしまうので、結局僕は毎回喫茶店へ悪魔のおじさんに会いに行った。おじさんはその度に「いついつの時間に、どこどこを歩くように」と予言をしてくれ、僕がその通りにすると、小説のネタになるような、なにかしら一風変わった出来事と遭遇するのだった。


 例えば、僕のアパートのごく近所の路地に、そこを通ると中から男の怒声がたびたび聞こえてくる一軒家がある。おじさんはそこの前を歩くようにと言った。僕がそうすると、ちょうどその家の前を通りかかった時、玄関から、汚いジャージを着た、ひょろりとした中年男性が血相を変えて走り出てきた。


 男はよほど慌てていたのか、裸足だった。男は僕を見ると、僕の腕を掴んで、


「すみません、助けてください」


と言った。僕がびっくりしてまごついていると、開け放たれた玄関口から、今度は包丁を持った総白髪の小柄なおばあさんが出てきて、


「きえーっ」


と叫びながら皺だらけの顔を赤くして走ってこちらへやってきた。両手で包丁のツカを持ち、男を刺そうとしているようだった。


 男は僕の背に回り、僕を盾にして攻撃をかわした。おばあさんは男のいる僕の背中側に回りこもうとし、それを見た男は僕の正面側に回りこんで、するとおばあさんはそれを追って再び正面側に戻り、を繰り返し、とうとう僕を中心にしてぐるぐる二人回り始めた。


 なんとか僕がおばあさんをなだめて包丁を取り上げ、事情を聞くと、二人は親子で、二人暮らしをしており、息子の中年男性が母親であるおばあさんを散々いじめていた。それも尋常でないらしく、いわゆるモラルハラスメントとか、DVに当たるようなレベルのもので、息子の母親をなじるその声が、僕が二人の家の前を通るたびに聞いていた怒声だったのだ。おばあさんは長い間それに良く耐えていたが、とうとう我慢ができなくなり、ちょうどこの時包丁を持ち出してしまったらしい。


 それから僕は二人に乞われて家の汚い居間に上げられ、喧嘩の仲裁というか、二人のお互いに対する愚痴を延々と聴かされた。


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