第二章 2-1
黄昏時、僕はおじさんに言われた通りアパートを出て、繁桂寺という寺へ向かった。この前も歩いた、小学校の正門の前を通る道を行く。
小学校から更に南へ進み、途中小さな病院を通り過ぎると、住宅街が終わって景色が開ける。辺りには畑や誰のものとも分からない空き地が広がっている。そんな田舎の風景の一角に、繁桂寺はある。寺の境内には木々が生い茂って林のようになり、その樹木が遠目にも目立つ。
僕が歩く道の脇に、寺への裏口がある。寺は金網のフェンスにぐるりと囲まれているが、一箇所フェンスが無い部分があり、そこから中に入れるのだ。
裏口から寺の敷地に入ると、そこは寺の檀家の墓地になっている。その墓地を越えると、本堂や僧の住居や山門などの、いわゆる寺院らしい建物が集まった場所になる。
夕陽に照らされた、静まり返った墓地の中を、本堂の方に向かって歩いて行った。墓地には僕以外に人が見当たらず、僕は多少気味が悪かった。ところが、しばらく歩くと、墓地の中ほど、僕から見て右手に、ぼんやり立っている男がいたのである。
(こんな時間に?)
人がいるならいるで、それも気味が悪かった。男はたくさん並んでいる墓のうちのひとつの前にたたずんでいる。墓参りだろう。僕は気になって、通り過ぎざまにじっと男を見た。黒のスーツ。小柄な体。ワカメのように波うっている天然パーマの髪に、痩せた頬、色の悪い肌。……見覚えがあった。男もこちらを向いた。
「有紀だあ!?」
僕の顔を見ると、「だあ!?」という語尾の音階が上がる、ひどい栃木なまりで驚きの声をあげた。逆光でその顔が黒々としたが、間違い無く、津坂先生だった。
津坂先生は、僕の小学校五~六年生時代を担任した教師だ。僕の成人式で会った時以来、およそ十年振りの再会だった。
「どうしたん、こんなところで」
津坂先生はそう気さくに言いながら、足元に置いてあったひしゃくと手桶と、(おそらくお供え物や線香が入っているのだろうと思われる)白のビニール袋を持って、僕のそばへやってきた。もう五十を過ぎているはずで、ずいぶん老けてはいたが、僕が小学生だった頃、二十年近く前のおもかげを残している。
「いや、まあ、散歩です」
悪魔のおじさんに言われて、小説のネタを探しに来たんです、とはとても言えない。
「散歩って、お前、こんなお墓でしなくっても」
ははは、とそう言いながら笑うので、僕もそれに合わせて笑い声をあげてごまかした。




