第一章 3-3
「いやあ、なかなか良かったですよ。割りあい素直に書けていて。なんと言ってもリアリティがある! これは実際の体験から作った話ですか?」
○○社の担当編集者は、いつものように僕に媚を売るようなハイテンションで、電話口の向こうでそう言った。
「七割が実体験で三割がフィクション、って感じですかね」
僕が答えると、
「良い! 話の筋にはさほど真新しさはないけど、心に染みました」
「じゃあ――」
「そうですね、一応編集長に確認を取らなければなりませんが、小説○○(○○社が出版している文芸誌の誌名)の五月号に掲載する方向でいきましょう。ちょうど、仲沢匡先生の作品が打ち切りになって、紙面が空いているので」
「ありがとうございます」
僕の声は若干震えた。
以前にも短編小説を一度雑誌に掲載させてもらったことのある○○社に、久々に小説の持ち込みをしたのが一週間前のことだった。その場では小説は読んでもらえず、後で連絡するということだったので、僕は電話連絡を待っていた。そうなると新しい小説作りはする気が起きず、ただ家事だけして悶々と電話を待っていたのである。
桜の花が咲きはじめた頃に、僕は実に二年ぶりに小説の原稿料をもらった。僕は迷わず、それを妻の口座に全て振り込んだ。
「さっき、美沙樹の口座に原稿料振り込んでおいたから。短編小説だから、少ないけど」
仕事から帰って来た妻に、僕は台所からリビングに出てきてそう言った。妻はやはりアルコールに顔を赤らめて、
「ああ、お金今日入ったの? ありがとう」
にっこり笑ってくれた。それから台所をちょっとのぞいて、
「何作ってくれてたの?」
「肉じゃがとサバの味噌煮」
「そう。だったら明日まで持つね。それじゃあさあ」
いたずらっぽく微笑みを浮かべながら、肩にかけたハンドバッグから財布を取り出し、そこから一万円を出して、言った。
「これ、その原稿料のうちってことにして、今夜は外で食べようよ」
「ああ、そうだね」
僕はこのささやかな喜びが、これから何度も起きるようにと願った。




