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14通目の手紙

 ヒィたちが心配したほどにはアルカは落ち込むことがありませんでした。

 けれどもヒィもスィもフゥだって、アルカが王都にお手紙を持っていく日を楽しみにしていることを知っています。

 ヒィがアルカに希望を与えたのは間違いではありませんでした。


「さぁ、フゥ。お願いね」


 今日もアルカは荷物を風の布でくるんでしまうと、にっこりしてフゥを促して竜の谷に飛んでいきます。

 その姿を見送りながら『魔女の何でも屋』のスージーは怪訝そうな顔をしていました。


「やぁ、どうしたってんだい。スージー。なんだか難しい顔をしているじゃないか?」


 いつも仕事を持ち込んでくれる商会長さんが、気軽な調子で仕事調整役のスージーに声をかけます。


「これは商会長さん、失礼しました。いやぁアルカのことなんですがね。今までは孤児とはいっても明るくて元気だったのに、最近は妙にこう蔭があるというか儚げな印象があってねぇ。いったいどうしたんだろうと思ってたんですよ」


「アルカのことか。たしかにあの娘は、急におしとやかになったみたいだな。けどもう15歳だろう? そろそろ両親がいるなら縁談なんかも探す年だからねぇ。お年頃ってことじゃないかね。それにしてもあの子は迷いの森の魔女だからねぇ。なかなか縁組はむずかしいだろうなぁ」


「ええ、旦那も少し気にかけてやってくれませんかね。魔女ってのはどうも気味悪がられることが多いですからね。そのくせ普段は重宝に魔法を使わせるくせにさ」


 スージーは思い当たることがあるのか、忌々しそうにそう言います。

 魔法はとても便利なものですが地方都市になると、魔法使いなんて数えるほどしかいませんし、魔女ともなればもっと数がすくないのです。


 これが王都ならそれなりに尊重され大事にされる魔女も、田舎では胡散臭くて薄気味悪いと思われてしまいがちです。

 魔法がつかえる魔女なんて家にいれたら、気にくわないと魔法でもって呪い殺されるんじゃないか?

 そんな風に考える人が多いので、なかなか魔女の結婚は難しいのです。


 面白いことに王族や貴族には魔力を持つ者が多いので、逆に上流階級では魔力の少ない娘ほど縁遠くなってしまいます。

 アルカだって良い家の娘なら、今頃求婚者が群をなしてもおかしくないのですが……


 アルカは外野がアルカの噂話をしているなんて全く気が付いていません。

 例えナイトがいない竜の谷だって、アルカにとっては大切な思い出の場所なのです。

 楽しそうに荷物を配達してしまったアルカの耳に、どっしりとした重みのある声が届きました。


「迷いの森の魔女殿。孫を手放した哀れな爺とお茶でも飲んではくれぬかな?」


 青い鱗を光らせた竜がアルカの前に姿をあらわしたのです。

 これがナイトのおじい様かぁ。

 アルカは竜と話をしたことはありません。


 なにしろ竜は竜の谷のなかでも奥の方にある峻厳な山に住まいを持っていることが多くて、人族の村落に姿を見せることが少ないのです。

それでも村人ならば色々な場面で竜と交流するのですが、なにしろアルカは荷物を渡せばぼんやりとナイトの様子を見学して帰っていくのですから、竜との接点なんてある筈もないのでした。


「竜さま。私でよろしければよろこんでご相伴にあずかります」


 アルカがそんな返事をした瞬間、アルカの姿は温かみのある居間に迎えられていました。

 どうやら精霊獣たちはお留守番を命じられたらしく、アルカが転移する時には迷いの森で待っているよという思念がアルカの元に届いています。


 ずいぶんと手際のよい竜さまでいらっしゃること。

 アルカがほとほと感心していると、いつの間にかテーブルには見事な茶器が並びお茶の用意が済んでいます。


 まぁ、この茶器ときたら1客いくらするかわからないくらい高価なものだわ。

 アルカはその美しい茶器をうっとりと眺めてしまいました。

 美しいものが好きというのは、竜も人間も同じなのでしょう。


 竜が人化できるというのはどうやら本当のことのようです。

 目の前にいる人物は決して年寄なんかにはみえませんが、それでもたしかにナイトの祖父だとはっきりとわかるのです。


 ナイトが黒を纏っているのにたいして、この人物は藍を纏って生まれたようです。

 青と一口で言ってしまうのがもったいないような、美しいブルーの瞳と髪を持っていました。


「いきなり呼びつけて失礼したね。魔女どの。私はナイトの祖父でありベルの父でもありましてな。そうだね。ノアとでも呼んでもらおうか」


「かしこまりましたノアさま。本日はお招きありがとうございます」


 アルカは丁寧に礼をしました。

 なにしろ相手は王族だって礼をする竜さまなのですから。


「掛けなさい。アルカ。アルカと呼ばせてもらうよ。そのかわりノアと呼び捨てにしなさい。お互いに友達になりたいからね。友達になってくれるね? アルカ」


「もちろんですとも。ノア」


 アルカは口ごもりながらようやく返事をします。

 竜と友達になるなんて、一体なんの冗談でしょう。


「さぁ、好きなだけ食べておくれ。そう緊張をしないでほしい。私はベルやナイトのことを知りたいだけなんだから」


 ノアはとても巧みにアルカの緊張を解きほぐすと、アルカはいつの間にかにこにこしながらお師匠様やナイトのことを話していました。


「ええ、ベル母さまはアウプパイをつくるのがとても上手だったんです。アウプの木に実が鈴なりになると、それはうれしそうにアウプのパイを作って、お裾分けをたっぷりと森に貢いでいました。精霊も精霊獣もみんな母さまのアウプパイが大好物なんです」


「それは私の好物でもあるんだよ。あれの母親もパイ作りの名手でね。そう言えば長い間パイなんて食べていないなぁ」


「それじゃ、今度私がパイを焼いて持ってきますわ。私のパイは母さまゆずりなんですよ」


 アルカは見事に誘導されたとも気が付かないまま、毎日の配達の帰りにはノアとお茶を飲む約束をしてしまいました。

 ノアがアルカを意のままに操るのなんて簡単です。

 だってアルカは人を疑うということを知らないのですから。


「この様子では王都になんぞ一人でやったら、あっという間にくいものにされてしまうなぁ。精霊獣どもも揃ってお人よしのようだし、どうしたものか?」


 ノアが思わず小さな声でそうこぼしましたが、小声だったのでアルカの耳には届きません。

 アルカは来週、ナイトへ手紙を届けるために王都に行くと、いかにも嬉し気に教えていたのです。


「私もアルカについていってもいいだろうか? 人型になってアルカの警護役ってことにするよ。いくらなんでも孫に会いたくて竜が王都にいけば大騒ぎになるからね。こっそり私もナイトに会いたいんだよ。頼まれてくれるかい?」


 もちろんアルカは二つ返事で承知しました。

 孫に会いたいお祖父ちゃんんに協力しないなんて選択肢があるでしょうか?

 けれどノアが心配していたのは世間知らずのアルカの方なんですけれどね。



 ちょうど1週間後にアルカはノアと2人で王都に向かって出発しました。

 精霊獣たちはなるべく森から遠くに行きたくありませんし、竜が守護するというのにたかだ精霊獣になにが出来るというのでしょうか?


 それでもヒィ達は揃って一緒に行くと言いかけたのですが、ノアに一睨みされて黙ってしまったのです。

 アルカはスージーおばさんから預かった14通目の手紙を大事にしまい込んでいます。


「ノア、私の風の布に乗って空を飛びますか? それとも普通の人みたいに馬車を使います?」


 もうひとつ竜に乗るって選択肢は無視します。

 なにしろ竜が王都に向かうのは内緒なのですからね。


「その風の布というのは便利なのかな?」


 ノアが興味津々に聞いてみるとアルカは自信ありげに頷きました。

 アルカの頭のうえにはふよふよと荷物が浮いています。

 そのひとつを地面に置くと、中はクッションがいっぱい入っています。


 アルカに勧められてノアはクッションに居心地よく収まると、アルカも自分の居場所を作り上げました。

 そうしてアルカが合図を送ると風の布はどんどん大きくなり、2人を落とさないように上手に気を配りながらふわふわと空を飛んでいきます。


「これは凄い。座り心地はいいし、坐ったまま景色も楽しめる。アルカの魔法はとても優しい魔法なんだなぁ」

 

 ノアが褒める通りアルカの魔法はどれも人に優しい魔法ばかりです。

 ノアは自分の考えが正しいことを確信しました。

 ノアがナイトに恋をしていることなど、誰が見ても明らかです。


 けれども初恋というのは叶わないものですし、ナイトとアルカでは立場が違い過ぎます。

 それでもベルは希望を繋いでやりたくて100通もの手紙を残したのでしょう。

 少なくともその手紙を届ける間はアルカにもチャンスがあるかもしれないのですから。

 それは絶望的に少ない希望でしかないとしても。


 ノアは自分の孫息子のことを思い浮かべました。


「いや、あれはまだ恋なんて知らないだろう」

 

 ノアにとって今は未来に向かって必死になって力を蓄えようとしている時でしょう。

 田舎からきた少女は、過去の亡霊でしかないかもしれません。


 どう考えても王太子として迎えられて1ヶ月しかたたないナイトにとって、関心があるのは王として相応しいと認められることだろうとノアにはわかっていました。

 

 せめて騎士道精神を大いに発揮して、アルカに優しく接してやってほしいとノアは思います。

 その横でアルカは14通目の手紙を大事そうに抱きしめていました。



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