アルカとナイト
アルカのお勤めしている『魔女の何でも屋』では、どんなお仕事だって請け負うことを約束しています。
ここでアルカは毎日、竜の谷にお荷物を届けるお仕事を貰って生活していました。
竜の谷はその名の通り、竜が住んでいる谷のことです。
竜はあまり人族と交流をしたがりませんけれども、竜たちは細かい仕事はしたがりませんから、竜族の面倒を見るためにけっこう多くの人族が働いているので、竜の谷にも人族の集落があるのです。
竜と違って人族は竜の谷に行くまでに険しい山脈を越えなければならないので、必要な物資を運ぶことができません。
竜たちならひとっとびですけれども。まさか人族が竜にお使いをたのむわけにもいきません。
それでアルカが頼まれた品物を、毎日運んでいるのでした。
「スージーおばさん、今日の荷物を受け取りに来たわよ」
「おや、アルカ。相変わらず律儀に同じ時間に来るんだね。今日は商店街に送る荷物が6つと、例の手紙が1通さ。どうせまた手紙は受取拒否になるだろうが、こっちとしては頼まれたら運ぶしかないからね。いつも嫌なおもいをさせてすまないね」
アルカが毎月運ぶ手紙は、ちょうど1年前にこの『魔女の何でも屋』に託されたものです。
恐ろしいことの100通ものお手紙を、『魔女の何でも屋』に持ってきたのです。
毎月いちばんはじめの日にある人物に1通づつ渡すように頼まれていて、これまでずっと受取拒否が続いています。
「あいつは陰険野郎なんだよ。このまえなんて五月蠅い、さっさと消えろ!って言われたんだぜ」
ヒィがプンプンと怒れば、ミィだって黙ってはいません。
「おいらだって、お前は学習能力がないのかって言われたんだぜ。仕事でなきゃ誰があんな奴のところへいくもんか」
「ぼくもね、お手紙を渡そうとしても、ずーーと無視されたんだよ。僕が見えないフリをするんだもの。すっごく哀しかったんだよ」
フゥまでもが被害を訴えたので、アルカは大急ぎでみんなを宥めることにしました。
「みんな、嫌な思いをさせて御免ね。これからはこのお手紙は私が持っていくから、皆は今日は商店街に行ってくれるかな」
アルカも実はお手紙を運びたくなくて、使い魔たちに押し付けていたので、それが申し訳なかったのです。
使い魔たちはアルカが悪いんじゃないよと、逆にアルカを慰めてくれました。
それでもアルカは100ヶ月もあいつに会うことになると思うと、うんざりしてしまいます。
まだ12ヶ月しかたっていないのですから……
アルカは風の布を6枚取り出すと、ふわぁっと品物に向けて放り投げました。
風の布は商品をくるくると丁寧に包むと、口を丁寧にリボン結びにしてしまいます。
「それじゃ、フゥ。お願いね」
アルカがにっこりとすると小さな緑の子犬は、瞬く間に大きな馬ぐらいの大きさになってしまいました。
大きくなってもふわふわと優しい目をしたフゥはちっとも恐ろしく見えません。
アルカがフゥの背中によじ登ると、ヒィもスィもちょこんと自分の定位置をキープしています。
「さぁ、みんな。ついてらっしゃい」
アルカの掛け声でフゥがふわりと空に駆け上ると、風の布にくるまれた荷物たちもパタパタと元気にフゥの後を追いかけて飛んでいきました。
「相変わらずアルカの魔法は見事なものだねぇ。さすがは迷い森の魔女の秘蔵っ子だけのことはあるさ。しかしアルカはいったいどこから迷い森なんぞにやってきたんだろうねぇ」
スージーという年季の入った魔女は、あの迷いの森の魔女がアルカを連れてこの『魔女の何でも屋』を訪れていらいずっと疑問に思っていたことを、思わず口にだしてしまいました。
「フゥ。もうすぐ竜の渓谷に差し掛かるわ。いつものことだけど乱気流には注意してね。寒くてもなるべく高く飛んで頂戴。私が保温の魔法をかけるからね」
そういうなりアルカはフゥと荷物たちに結界魔法を付与しました。
これをかけなければ、たちまちみんな凍り付いて地面に落ちてしまうのです。
自分に結界魔法がかけられてのを確認して、フゥはぐんぐんと上昇していきました。
竜の渓谷付近の空は、凄まじい乱気流がおこるので、魔女の中でも竜の谷まで飛べるのはアルカぐらいのものなのです。
気圧が急に強くなって空気も薄くなってきますが、アルカの結界魔法のおかげでフゥはなんとか高度を維持しています。
「見えたぞ!」
ヒィがそう叫ぶなりフゥがいきなり急降下をしました。
「フゥ、いつも言ってるだろう。乱暴運転はするなって! まったくフゥは空を飛ぶと別人になるんだからな」
スィがいつものように、ぶつぶつと文句をいいます。
これがいつもの3匹の精霊獣のお約束なのでした。
ようやく竜の谷の集落が見えてくるとアルカは言いました。
「じゃぁ、皆は荷物を運んで頂戴ね。私は手紙を持って行ってくるから。またここで合流しましょう。さぁ荷物たちはフゥのあとについて行きなさい」
そう命令するとアルカはフゥの背中からひらりと空に飛びおります。
空中の風の布を取り出すと、ふわぁっと空飛ぶ絨毯よろしく布の上に腰をかけて、のんびりと手紙の配達先に向かいました。
手紙の届け先は竜の谷の中心部に近いところで、そこは竜の谷に住む人族の集落からはけっこう離れています。
人族は人族で群れるものなのに、はぐれ人族なんて実に珍しい存在でした。
「まったく毎月めんどうなとこまで行くことになるだけじゃなく、結局無駄足になるのが嫌になるわね」
前払いで料金を貰っているのですから、受け取らなくてもそれは先方の自由だとはいっても、せっかく毎月大変な思いをして届けている手紙を無視されては、アルカだっていい気はしません。
「あれ? いったいどうしたんだろう? 竜の谷に人族の騎士たちが入り込むなんて……」
それは王様が竜にお願いごとがあって騎士たちが竜の谷にくることも考えられなくはないのですが、多くの王族は自分の守護竜を持っているので、わざわざ竜の谷まで使いの騎士を派遣することはありません。
竜の方でも王族に後継者が現れれば、頼まれなくても一度は見に行くものなのです。
竜は好奇心が旺盛ですし、たまに王族の中に竜の番が生まれることもあるので、下手をすると王族の赤子を見に何人もの竜が訪れることもあるぐらいなのですから。
「どこの国の騎士さまかしら。よくもまぁ竜の渓谷を通り抜けられたものねぇ」
好奇心はうずきましたが、なんといってもお仕事が先です。
アルカが騎士の集団をやり過ごして、さて目的地に向かおうとしたとき、ちょうど崖から投げ出されたらしい人影が川沿いに倒れているのが目に入りました。
「まぁ、大変だわ。いったいどうしてあんなところに人が!」
アルカが大急ぎで駆けつけてみれば、倒れた人ややはり崖から滑り落ちたらしく、あちこちに傷だらけですが幸いにも骨は折れていません。
ただ頭でも打ったのでしょうか? 意識がないのが心配です。
アルカはその人間に治癒魔法をかけて、擦り傷だけは治してやりました。
頭を打ったのはアルカには治療できません。
そこでアルカはその人間を風の布でくるんで、人族の所まで運んでやろうとしたのですが、そこでとんでもないことがわかりました。
「なんてことなの。ナイト。なんであんたがこんなところに倒れているのよ」
倒れていたのはナイトというアルカと同じ年の少年でした。
そうしてその少年こそ、アルカが目指していた手紙の配達先だったのです。
「とりあえずナイトの意識が戻らないと、手紙を渡すこともできないわ。それにたぶん人族の集落にナイトを連れていっても迷惑がられるだけだわ。ナイトってばすっごく人付き合いが悪かったもの。いいわ。とりあえず家に運んで、気が付いたら手紙を押し付ければいいのよ。ついでに今までの分の手紙も全部ね。我ながらいいアイデアだわ」
アルカは自分の考えに自画自賛をすると、ふんわりとナイトを風の布でくるみ、さっさと集合場所を目指して飛んでいきました。
そんなアルカの姿を見咎めたものがいたことには、全くきがつかないまま……
「アルカ、ほら受取りのメダルだよ」
アルカが無事にフゥの背中に戻ると、待ち構えいたヒィが大飯張りで、手にしたメダルを6つアルカに寄越します。
荷物を受け取るべき人が荷物に触れると、荷物から小さなメダルが飛び出してくる仕組みで、そのメダルをスージーおばさんに渡すとおばさんがその分の代金をくれるのです。
だからナイトが受取拒否なんてすると賃金をもらうために、いちいち顛末書を書いて提出してそれを上の人が認可して、それからやっと賃金が貰える仕組みなので、ナイトはやっぱりとても迷惑な客なのです。
下手をするとこう何回も受取り拒否されるのは、配達員に問題があると思われて賃金が貰えないことだっておきるのですから。
「アルカ、その荷物どうしたの?」
「アルカ、それ人間じゃないの? 」
アルカがヒィにメダルのお礼を言っているとスィとフゥが目ざとくナイトを見つけました。
「それはナイトだよ。崖から落ちて意識を失っているから、家で介抱してあげようと思って連れてきたの」
そういうアルカに精霊獣たちは一斉にブーイングしました。
ナイトは集落の人族だけでなく精霊獣の受けも悪いようです。
アルカはうんざりしながらも、断固としてナイトを助けると主張したので、なんとか2人と3匹は森のほとりの家へと帰ることができたのです。