第9話 女神の微笑み
僕はもの凄く貴重な光景を目にしてしまったのかもしれない。
クールビューティーと皆から言われている通り、江里さんが普段笑うことはない。
確かにいつも硬い表情で凛とした空気を纏っているけど、実際はコミュ障故のもので江里さんはビューティーではあるけど別にクールではないと思う……というのが最近僕が気付いたことだ。
……たとえコミュ障っぷりがたたってクールに見えたとしてもだ。
江里さんの笑顔を、紛れもない正真正銘の無垢な笑みを、学校内の誰も見たことがないであろう女神の微笑みを、僕は見てしまったのだ。
「……私も、実は花より団子派……です」
あまりの衝撃に動けずにいたら、江里さんが今度は恥ずかしそうに頬を染めながら言った。
「…………」
「……ん? 相田くん?」
……ハッ!! もしかして、僕今一瞬昇天してた!?
笑顔の後にこんな表情をされて、どうやら一瞬心臓が止まっていたらしい。
反則だよ反則! ……何が反則なのかは分からないけど、とにかくこれはヤバい。致命的なクリティカルヒットがど真ん中ドストライクでジャストミートだよ!
……もう自分でも何が言いたいのか分からなくなってきた。
「は、はひぃっ!? は、花見団子があまりにも美味しくて……ちょっとぼーっとしてました」
「んんっ!?」
……あれ? 今度は江里さんが固まった? なんで?
短い咳払いと驚きが交ざった言葉を発して、江里さんは動かなくなってしまった。
僕もどうしていいものか分からず、取り敢えず花見団子を食す。
う~ん。それにしても本当に美味しい。
一体どこで買ってきたのだろうか?
「そ、そそその! ……あ、ありがとうございます…… 」
ビクッと動き出した江里さんが何故か僕にお礼を述べてきた。
後半の方は声も小さくて、もごもごと何を言っているか分からなかったけど……そもそも僕は何も分かっていない。
なんで僕にお礼? 大体僕の方こそお礼を言わなきゃならないんじゃないか?
今度は詰まらせないようにと、味わいながらも慎重に花見団子を食べ終えてから口を開く。
「こちらこそ……美味しい花見団子、ありがとうございました」
僕が言い終えて江里さんが何か言おうとしていたら、教室の引き戸が開いた……三番乗りのクラスメイトが登校してきたのだ。
……こうして僕らの早朝お花見は幕を下ろした。