第72話 真の女神へと至る道
半田くんが廊下を全力疾走して以降の江里さんはなんとなく機嫌が良かった。
授業中に頻りに僕の方を見てくるし。
目が合うと必ず婉然な笑みを向けてくる。
いつもは鼻歌を歌ったり、もっと分かりやすく上機嫌になるのに今日は静かに秘かに淑やかに、相好を崩すだけだった。
最近は感情表現の激しい駄々っ子江里さんばかり見ていたからか、大人しくしている姿を見ているとどこか懐かしく感じる。仲良くなる前のコミュ障フィールド全開の江里さんを見ている感じ。……といっても僕を見てニコニコしたりしているんだけどね。
それからお昼休みになって、いつも通り司書室に向かおうとしたら、
「……きぃ……君孝くん……お昼ご飯」
「……は、はい」
急に名前で呼ばれて。
いつもみたいに手は繋がれず。
僕の腕に江里さんがふわりと腕を絡ませてきた。
あ、あたってる当たってる!! なんか柔らかいものが僕の二の腕にダイレクトアタックしてるよぉぉぉぉ!?
手を繋ぐよりも圧倒的に身体の密着度は高く。
腕を組むというよりも、僕の腕を江里さんが包み込んでいる。
「ヒギィ!?」
「吐きそう……」
「俺は朝一で吐いたぞ」
「半田、お前は一体何を見たんだ!?」
「親密度が更に上がった……だと……!?」
「飯食ってないのに、もう腹いっぱいなんだが!?」
「……えっ!? なんか目から甘い涙が出てきたんだけど!?」
「やめてぇー! このままじゃ死ぬ! 俺ら死んじゃう!」
「これが世に有名な、残酷な“女神”の命題というものか……」
「……江里はどうやら俺らを本気で殺すつもりらしい。皆……この先覚悟しろよ」
江里さんに引っ張られるように歩き出したら、背後から色んな声が聞こえた。
あまりにも皆が一斉に喋っているので、何を言っているのかほとんど理解できなかったけど、半田くんが朝一で何かを吐いたってことは分かった。……笹かな?
その後のお昼ごはんでも江里さんは笑みを浮かべるだけで、抱き着いてきたりなどの突飛な行動をすることはなかった。
ただそんな江里さんに若干物足りなさを感じてしまっている僕はどうにかしているのかもしれない……。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
放課後になって帰る支度を終えたところで横を見たら、既に準備を終えていた江里さんが鞄を持ち上げて言った。
「……き、君孝くん……帰ろ?」
柔らかく微笑んで。
気持ちはにかんで。
普段にはないおっとりとした江里さんからのお誘い。
心なしか時間がゆっくり流れているかのような錯覚に陥った。
もちろん僕の返事は「はい」以外存在しない。
「明日のおかず……買いに行っても……いい?」
江里さん自身は落ち着いているのにスキンシップはこれまで以上で。
当然のように腕を組まれたうえに、今度は手も握られた。
顔を僕の方に寄せて耳元で囁くように「いつもの商店街」と言葉を付け加えられて、僕は混乱しかけた。
江里さんがなんだか急に大人っぽくなった気がする。
いや、年相応になったというべきか……。
とにかく駄々っ子女神から真の女神へと至りつつあった。
「……行きましょう」
「……ん」
顔を向けて江里さんを見たら今度は凛とした引き締まった表情を漲らせて、軽く頷くだけだった。
いつもだったら「んっ♪」みたいな感じで元気一杯に頷いていたような気がするのに……何があったのだろうか?
――わずかな疑問を胸に、僕らは商店街へと歩を進めた。
相田くん(調教済み)
半田くん(嘔吐済み)
江里さん(殺気満々)





