第70話 江里美奈 既成事実作戦
江里さん視点で若干物語が進みます。
私の恋愛バイブルに載っていた“吊り橋効果”。
これを今日も実行するためにそーくんの足音が聞こえてきてから、急いで清掃用具入れのロッカーに隠れた。……今思うとこの“急いで”隠れたのがよくなかったんだと思う。この時の私はまさかあんなことになるなんて思ってもいなかったので、仕方のないことなのかもしれないけれど。
きっと昨日と同じ場所に隠れていたら警戒心の強い猫そーくんには、見付かってしまうような気がしたので今日はロッカーにした。
……そして私の予感は的中。
ロッカーの通気口から引き戸の方を覗いていたら、早速そーくんが昨日私が隠れていた場所を確認していた。
それからカーテンを見たり、教卓に目を向けて私が隠れていないか探っているみたい。
……んっ! そーくん一生懸命探してる!
思わずほくそ笑みたくなったけど、下唇を噛んで必死に我慢。
ここでバレてしまったら、意味がない。
息を潜めてそーくんが自席に来るのを待った。
凄い緊張感で、私の方がドキドキしてしまっているような気がする。
――い、今ですっ!
そーくんが椅子に座ろうとしたところで私は勢い良く扉を開けて、
「――わぁっ!?」と叫んだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
それから色々とあって……今、私は、そーくんの上に座っています。……ん。そーくんあったかい。
ロッカーから無事抜け出せた私は、勢い余って目の前にいたそーくんにダイブしてしまった。
……まさか本当にブレザーが引っ掛かっているだけだとは思っていなかったので、少し強引に出ようと勢い良く踏み出したのがよくなかった。
まさかそーくんも私が急に飛び出してくるとは夢にも思っていなかったみたいで、そのまま一緒に倒れこんでしまった。
そのため私は丁度跳び箱を飛ぶ時のような体勢で、両手をそーくんの胸辺りについて跨った状態になった。
「おいっ!? 朝っぱらから何してんだ!?」
その声に首を向けたら半田くんが引き戸のところに寄り掛かるようにして立っていた。
こっちを指さして、なぜだか凄いビックリしたような表情をしていて、ちょっぴり面白かった。
半田くん、どうしたのでしょうか?
半田くんの指の先を追ったら、そーくんと目が合った。
何度か目を瞬くそーくんはきょとんとしていてかわいかった。ここが教室じゃなかったら、昨日みたいに抱き着きたいくらい、かわいかった。
それからちょっとしてそーくんも「にゃぁぁぁぁっ!」っていう時くらい驚いたような顔をして。
「……こっ! こここ、これは、違うんですッ!」
よくわからないことを言ってた。
違う? 何が違うの?
「違うのは分かってる! ただそれはまずいから離れとけ。それと江里はなんで上着脱いでんだよ……俺みたいに誤解するやつが出てくるぞ?」
……んんんん! なんかふたりだけでお話が進んでる。
私だけのけ者! 納得できないっ!
だから私はありったけの勇気を振り絞って半田くんに話し掛けた。
まずは挨拶から! と意気込んで。
「……はっ! 半田くん……お、おはよう……ござぃ …… 」(半田くんおはようございます。ブレザーはロッカーの中に掛かってます)
100点満点中98点くらいの挨拶でした! ほぼ完璧です!
これでそーくんと半田くんにのけ者にされなくなるはずです!
私の挨拶にまたしても驚愕したような表情をしてから半田くんがゆっくりと口を開いた。
「お、おぅ……おはよう。俺はロック歌手じゃないけどな」
「……そ、そーくん! 挨拶……できたっ! ……んっ!」
半田くんが意味の分からないことを言っていたけれど、それどころではなく。
私はそーくんに褒めてもらいたくて、頭を撫でてもらいたくて、顔を下に向けて催促した。
「……えりさん……よくできました」
ほどなくしてそーくんの手が私の頭に載せられて、ゆっくりと、優しく撫でてくれた。
そーくんの手は私よりもおっきくて、いつもあったかい。
だからそんな手で撫でられると気持ちが軽くなっていくような心地好さがある。
そーくんの手が気持ち良くて目を瞑って集中していたら……、
「……うぉい! 何ふたりだけの世界に突入してんだよバカップル。……相田、クラスの奴が死ぬからマジで離れておけ。俺もこのままじゃ長くは持たん」
――半田くんが確かに「カップル」と言った!
……カップル!
もしかして、私とそーくんはお付き合いしているように見えるのでしょうか!?
もしそうなら…………お母さんがアドバイスしてくれた“既成事実作戦”を――。
あまりにも有名なので吊り橋効果の説明は省略します。
既成事実という文字を見て、エロいことを考えた心の穢れた方は……まさか、いませんよね?(ニッコリ





