第69話 いつも間が悪い半田くん
半田くんは気苦労が絶えないの巻。
次話は江里さん視点になります。
「えりさん?」
「……な、なぁに?」
僕の問いかけに脇腹をガードするように身を捩った江里さん。
口も真一文字に結ばれていて、どうやら完全に警戒モードに入ってしまったようだ。
江里さん? そんなことしてもムダですよ?
僕が散々されたように、今日は人が嫌がることはやってはいけないということをその身に思い知らせてあげます! ……たとえ僕が死ぬことになっても!!
僕は謎のハイテンションになりながら言葉を続けた。
「僕がやめてと言って……江里さんはすぐにやめましたか?」
「……………………………………んっ!」
江里さんは随分と長い間躊躇してから、拳をギュッと握って、キュッと眉根を寄せて、やたらと真剣な表情でゆっくりと大きく頷いた。
「嘘つかない」ツンツン
「…… ……ご、ごめんなさぃ~」
あっさりと認めた江里さんは僕を上目遣いに見上げながら「もぅ……いやぁ……」と力なく零した。
僅かに上がった息がとてつもなく妖艶で、ストレートに言ったら非常にエロい! ……何言ってんだ僕。
これはもしかして、僕にもっとやれというフリなのだろうか?
……ちなみに僕はもう逝きかけている。
江里さんを注視していると本当に鼻血が垂れてきそうなのであまり見ないようにしながら、己の命を削りつつ脇腹ツンツンをしているのだ。
僕、完全に自爆。
「これは嘘をついた分!」ツンツン
「…… …………ん?」首を傾げる江里さん
「これは今までの分!」ツンツン
「…… ……んっ!! …………そ、そーくんの……いじわる……!」何かに気が付いた江里さん
そこでダークサイドに堕ちた僕は新たな攻撃手段を繰り出した。
「これはこれからの分!」コショコショ
脇腹ツンツンの上位互換――脇腹コショコショだッ!!
……なんて極悪非道な! ツンツンですら充分に反応してしまうというのに……更に上をいくなんて!
僕、完璧に悪者。
江里さんの柔らかい両脇を五指で思い切りくすぐった。
きっとこれをすればもう二度と江里さんは脇腹ツンツンをしてこなくなるだろうと考えて。
……だけど僕の想定していた反応は返ってこなかった。
「……………………ん?」
「……………………えっ!?」
眉をハの字にして不思議そうに小首をちょこんと傾げた江里さん。
あ、あれぇぇぇ? なんで?
「……えりさん?」コショコショ
「……そーくん?」ポカーン
おかしい! どうして!? 一体何が起きてるんだ!?
「…………」ツンツン
「…… 」
「…………」コショコショ
「……ツンツンが……いいっ!」
どうやら江里さんには神の御加護がついているようだ……。
なんてこった……江里さん無敵過ぎるでしょうが!
「……は、はい」ツンツン
「…… ……も……もっとぉ……!」
うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
気が付いたら江里さんが脇腹ツンツンの耐性すら獲得してるよぉぉぉぉぉ!!
もう終わりだぁぁぁぁぁ! 僕に勝ち目なんて初めから無かったんだぁぁぁ!
江里さんに日ごろの仕返しをしていたはずなのに、いつの間にかねだられるがままに脇腹ツンツンを実行している僕。
見れば江里さんは湿った瞳をトロンとさせ、頬に薄紅を溶かし恍惚とした表情を浮かべている。
……今までの表情なんて屁でもない。
今世紀最大に色っぽい表情だった。
早い話が、史上最高にエロかった。
「ちょ、ちょっと待ってください! ……江里さんは、そこから出たいですよね?」
「……ん!」
「それだったら……僕に何か言うことが、ありませんか?」
江里さんは悩むように顎に手を当てた。
別に悩むほどの事じゃないとおも――ま、まさか「ツンツンして」とか言わないよね!?
「……ツンツン……してっ?」
……うん。
段々江里さんの思考が読めるようになってきた……。
素直に喜ぶべきなんだろうか?
「違います! 助けて、って言ってくれれば……いいんです」
「……そーくん……助けてくれるの?」
「……はい」
「……ん。……助けて……下さい」
「はい!」
僕が催促したとはいえ、江里さんに頼ってもらえるのはやっぱり嬉しかった。
思わず意気込んで返事をしてしまった。
……さて、僕には江里さんが出られなくなっている理由が分かっている、というか見えている。
江里さんが着ているブレザー。
その襟の内側に付いているサイズ表示のタグが、ホウキやチリトリなどを掛けるフックにピンポイントで掛かってしまっているからだ。……なんというミラクル。さすがはぽんこつ江里さんである。
ただ問題は外そうにも手を入れるスペースがないので、ブレザーを脱いで脱出してもらうのが一番早そうだ。
「……江里さんのブレザーが、引っ掛かってるので……脱いでください」
「……んっ!」
ブレザーのボタンを外し、あとは脱ぐだけになったところで何故か江里さんが勢い良くロッカーから飛び出した。
もう何も引っ掛かっているものはないので、当然江里さんは僕にタックルをしてくる形になり。
不意を突かれた僕は踏ん張り切れずにそのまま後方に倒れこんだ。
痛ぁぁぁぁぁぁぁ!? 後頭部に……たんこぶが!!
なんて目を瞑って悶絶していたら――引き戸の方から物音が、
「おいっ!? 朝っぱらから何してんだ!?」
痛みを堪えてなんとか顔を向けたら、ムンクの『叫び』のような顔をした半田くんが僕らの方を指さして固まっていた。
……半田くんどうしたんだろう?
そう思いながら向けられた指の先を辿って顔を正面に向けたら――僕の下腹部に馬乗りになっている江里さんと目が合った。
……ギィヤァァァァァァァァァ!?
これでもそーくん的には目一杯頑張りました。
えりちゃんが規格外すぎるのが悪い!





