第7話 美人は3日で飽きない
だるまさんがころんだをしてから一週間が経った現在。
朝一番乗りの江里さんと二番乗りの僕らの奇妙なふたりきりの時間は続いていた。
「お、おはようございます……相田くん」
「お、おはようございます……江里さん」
戸を開けると待っていました、と言わんばかりのタイミングで必ず挨拶をされる。
一週間前と進歩したことは互いに挨拶が少しスムーズになったこと。変わったことはプラスして名前も呼ぶようになったこと。
流れるような黒髪を耳に掛け、窓際の席で読書をする江里さんは今日も今日とて美人だった。
……美人は3日で飽きると言うけれど、江里さんは例外らしい。
「今日は……あったかいですね?」
席についたところで江里さんから疑問文が飛んできた。
このやりとりも必ず行われている。毎回その日の天気に関する話題が振られてくる。
「……はい。あったかいですね」
「桜が、その……吹雪で……絨毯みたいです」
学校の敷地内には枝垂桜が多く、それを見た感想として多分だけど「桜吹雪すごい! 地面がピンクの絨毯になってる!」みたいなことを言っているのだと考えて、僕も返答をする。
「遠回りしました。なるべく……避けて」
コミュ障同士のシンパシーとでも言えばいいのか、僕らの会話はお互いが補完することによって成立していた。
ちなみに僕の脳内では「花弁の絨毯をなるべく踏まないように避けて、遠回りをしてきた」と言ったことになっている。
「……私もです」
そう言った江里さんはどこか満足気な表情を湛えてから窓の外に顔を向けた。
僕も背筋を伸ばして窓の外を眺めたら、春風に巻き上げられて舞う桜の花弁が見えた。
お花見をするにはもうピークは過ぎてしまったと思う人が大半かもしれないけど、“散ればこそ いとど桜は めでたけれ 憂き世に何か 久しかるべき”と和歌で詠われている。簡単に言ってしまえば、桜は散るからこそ一層美しく、こんな辛い世の中で永遠に栄華を誇るものなんてない、といっているそうだ。
難しいことは正直よく分からないけど、皆があまり見ようとしない散り際だからこそコミュ障の僕はお花見を所望する。
「お花見……」
「……しませんか?」
考えていたことがつい口から零れてしまった僕の独白に返答があった。
――そしてコミュ障の僕らはふたりきりのお花見を始めるのだった……。