第6話 江里美奈 めざせ会話マスター~全コミュ障へ捧ぐ~
江里さん視点になります。
突然ですが私――江里美奈は人とコミュニケーションをとることが下手です。……いえ、途方途轍もなく苦手です。不得意です。不得手です。
そもそもコミュニケーション以前に人と会話をすることさえままなりません。
どうして皆さんはあんなにもスラスラと流れるように、息をするように、会話を成立させられるのでしょうか? ……そもそも会話をするにあたって必然となる話題はどのようなものなのでしょうか? 天気? 挨拶? 好き嫌い? 昨日見た番組の内容? 一体この話題からどうやって会話を成立させていくのでしょうか?
例えば天気を話題にして私から会話を成立させようとシミュレートをしても、
「……今日は良いお天気ですね」
「そうですね」
このようになって終わります。当然です。答えが返ってきたらそこで試合……じゃなくて会話は終了です。
逆に話しかけられるパターンですと、
「今日は良いお天気ですね」
「…………」
話しかけられたことに動揺し、早く何か反応しなくては、と焦った私が何も喋れずにこくこくと頷いて終わります。おかしいです。シミュレートですら会話が発生しません。
……いい加減このままではいけないと一念発起した私は、新学期の前日に本屋さんへと足を向けました。
一通り店内を巡って、新年度応援コーナーの隅にひっそりと棚差しされた一冊の本に不思議な親近感を抱き、気が付けば会計を終えていました。
その本のタイトルは『めざせ会話マスター~全コミュ障へ捧ぐ~』。帯には“この本のおかげで初めて友達ができました”とビビットカラーの謳い文句が異様な存在感を放っています。
……ふむふむ。
どうやら私のようにコミュニケーションを苦手とする人のことを、最近では“コミュ障”と言うのだそうです。ちゃんと日々努力すれば克服できると書いてあったので安心しました。この本を買って良かったです。
……ふんふん。
やっぱり会話は挨拶から始めるのがいいようです。おはようからおやすみまで、一日は挨拶で始まり挨拶で終わる。……とっても名言っぽいです。どこかで聞いたことがあるような気がするのだけれど、多分気のせいだと思います。
――こうして私は万全の備えと不退転の覚悟で新学期初日へと臨みました。