第5話 こうかはばつぐんだ!
やっとの思いでだるまさんがころんだを終えた僕は、ふーっと長い息を吐きながら腰を下ろした。
極度の緊張感の中、静と動を繰り返したためかどうも身体が強張ってしまった気がする。
う~ん。ストレッチでもしておこうかな。
座ったまま大きく伸びをして、手首を回し、次に首を回していた時に事件は起きた。
首をぐるりと回すと必然的に江里さんのいる方を向くことになる。別に首を回していれば普通なことで何も問題はない。けどそれは江里さんがこっちを向いていないことが前提条件にある。
……つまり何が言いたいのかというと、また江里さんと目が合ってしまったのだ。
カバーのかかった本で目から下を隠した江里さんがこっちを向いていた。
当然僕は動けなくなった。
おかしい。ストレッチをしていたはずなのに余計に身体が凝り固まっていくのが分かる。
「……ふっ! ……ふつつか者の、隣人ですが、よろしくお願いしましゅ……!!」
あ、江里さんが噛んだ。……僕のハートにダイレクトアタック! こうかはばつぐんだ!
噛んでしまったことが恥ずかしいのか、カバーのかかった本は徐々に上にずれていき、ついには顔全体を覆ってしまった。
江里さんは美人なのに可愛いという二律背反を両立していることに、僕が初めて気づいてしまった歴史的瞬間だった。
「ここっ! こちらこそ、至らぬ隣人ですが、よろしくお願いしましゅ」
まさか江里さんの方からわざわざ挨拶をしてくれるなんて思ってもいなかったので、僕もとっさに返したら全く同じところで噛んでしまった。人の振り見て我が振り直せ無い自分が不甲斐無い……僕のアホ!
刹那の沈黙の後、江里さんが正面を向いてしまった。
しばらく経ってから本が下がっていき、江里さんの口元が露わになった瞬間、僕は驚いて顔を正面に向けてしまった。
……僕の希望的観測かもしれないけど、江里さんの口元には微かな笑みが浮かんでいたような気がした。