第4話 だるまさんがころんだ
離せぬ視線。動かぬ身体。
金縛りにも似た感覚とでも言えば伝わるのか分からないけど、とにかく動けなかった。
江里さんの潤んだ漆黒の瞳はどこまでも澄んでいて、まるで幻の宝石であるブラックダイヤモンドのように輝いて見えた。
僕は蛇に睨まれた蛙か、それともメデューサと目を合わせてしまった愚かな民草か。
神様はコミュ障の僕に救いではなく、試練を与えたてくれたらしい。……何が神様だ! 鬼! 悪魔! 神のアホ!
神様に向けて思いつく限りの悪態をついていたら、突如教室内に一陣の風が舞い込んだ。
どうやら江里さんが自席横の窓を開放していたようで、その風はカーテンを大きく躍らせた。
……あぁ、神様ありがとうございます! 先程の悪態は一時の気の迷いで決して本心ではありません!
僕と江里さんの間で大きく揺れたカーテンは丁度良く視界を遮ってくれた。
即座に神様に手のひらを返しながら、今しかないと自席に向けて歩みを進めた。
――よし、あと一歩! というところまできて風は静まり、カーテンは踊りをやめてしまった。
開けた視界。
さすがにもうこっちを見ていないだろうと考えた僕は、何となく江里さんの方に目を向けていた。
対する江里さんも同じ考えだったのかもしれない。
「…………んっ!?」
「…………あっ!?」
結果は言うまでもなく、さっきよりも至近距離で見つめあうハメになった。
ビクッと身体を揺らした江里さんが驚きを口に。
そろそろ石化が始まりそうな僕は断末魔を口に。
見えなくなったと思った次の瞬間、至近距離で目が合うなんてただのホラーだと江里さんは思っているかもしれない。
僕は僕で、異様な緊張感の中でだるまさんがころんだをしているという謎の錯覚に陥った。
――そして僕らのだるまさんがころんだは次の風が吹くまで続いたのだった……。