第2話 挨拶をするしかない!
ぼんやりと揺らぐ春霞をバックに、重そうに枝をしならせた満開の桜が映える。
そんなありふれた春の日の新学期。
――今日、僕は江里さんと同じクラスになった。
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1年生を無事平穏に過ごし2年生へと何事もなく進級した僕は、クラス割を確認していつも通り“一番乗り”で教室へと辿り着いたはずだった……。
「…………!」
「…………!」
今まで誰もいないことが普通だったので、ぼーっとしながら引き戸を開けてそのまま硬直。
……え、江里さんがいる!? まだ7時くらいなのに何で!?
教室には既に江里さんがいたからだ。
江里さんも自席に着いたまま、顔だけをこっちに向けて微動だにしない。少し驚いたような表情が凄く印象的に僕の目に映った。
ただ座っているだけなのに絵になってしまうのは江里さんの美貌によるのもだと思う。
――不思議な沈黙が流れた。一瞬のようで永遠に感じる静寂。
息をするのも忘れて、僕はなんてことない光景に見惚れてしまっていた。
「……んっ」
硬直していたのが数秒だったのか、それとも数分だったのかは分からないけど、江里さんのそんな咳払いで飛んでしまっていた意識が返ってきた。
こんな時どうすれば……、と一瞬考えて下した決断は当たり前のことだった。
……挨拶をするしかない!
コミュ障の僕が早朝に登校している理由は、ひとつ。
朝の挨拶を避けるためだ。
普通の人からすれば朝に会って「おはよう」と挨拶するのはごく自然なことなのかもしれないけど、コミュ障の僕にしてみればとてつもなくハードルが高い。富士山並みに高い。
まだ気心の知れている近所のおばあちゃんとかならば高尾山並みに低くなるけど、こと江里さんになると富士山を遥かに超えてエベレスト……いや、外気圏に突入してしまうのだ。
クラスでも特に目立たないコミュ障の僕が、校内一の有名人である江里さんに「おはよう」と声を掛けるハードルの高さを皆理解してくれたであろうと思うので、きっぱりと覚悟を決めた。
いくぞ! 僕は江里さんに挨拶をするぞ!
「……お、おは――」
「……お、おは――」
「「!?」」
僕が口を開いたのと全く同じタイミングで江里さんも開口した。
一言一句違わぬ挨拶に驚いて僕らは目を合わせたまま、また固まってしまうのだった……。