フードファイトしてやる
「フーッ、ファッファッファーッ!」
「すごい! 御庭外くん完食だよ!」
僕は福和内。今日は商店街のカレー屋さんに来ているんだ。
なんでもカレーの大食いチャレンジをやっているとかで、御庭外くんが見事達成したってところ。
そんな御庭外くんの前には、大皿とコップ。
つい三〇分前にはそこにてんこ盛りのカレーがあったのに。
「すごいね学生さん! うちの店でこのスーパービッグジャンボダイナマイト巨大カレーを時間内に完食したのは、えっと……五人目だよ」
なんだもうそんなにいるのか。
「そうだろうそうだろう。そのスーパーなんちゃらカレー、思ったよりコクがあって味もどっしりとしていたからな。こちらも腰を据えて挑まねばならなかったぞ。だがしかし! この俺様を屈服させるには、まだ量が足りなかったようだな。フーッ、ファッファッファーッ!」
よく言うよ。
そのために先週から大食いを繰り返して胃を広げて、そのくせ昨日から何も食べないで空腹状態を維持していたんだから。
普通だったら前日に何も食べなかったらそれで胃が縮んで多くは食べられないっていうのにね。
それに空腹状態だとすぐ炭水化物で血糖値が上がって、あっという間に満腹中枢が刺激されちゃうらしいけど、そこんところはどうなんだろうね。
よい子はマネしちゃダメな例だよこれは。
「よーし、次は学生さんのために、さらに多い寸胴カレーを出しちゃおうかな!」
店長さんそれ無理! 寸胴そのまま持ってこようとしても、どう見たって人の体積より大きいから!
だいたい皿に盛ってないから!
「フーッ、ファッファッファーッ! 当~然、米はおひつスタイルだろうなあ、マスターよ」
やる気かよ御庭外くん。
失敗した時の費用負担が怖いよ。
「だが今日のところは許してやろう。賞品をもらってやるから早く持ってくるのだな」
「おうよ!」
店長さん乗り気だなあ。
「あれ、御庭外くんそれは?」
御庭外くんがカバンから何かを取り出す。
ナスと、キュウリ……?
割り箸を折ってナスとキュウリに四本ずつ突き刺した。
お盆の時にやる精霊馬みたいな感じになってる。
「何やってんの?」
「見て判らんか。食べ物で戦闘だ。」
ほえ?
そう言うと御庭外くんはナスとキュウリを戦わせ始めた。
「ぎゅ~ん、がちゃーん! くっそう、負けないぞう! でやあっ! どがちゃーん!」
たまに子供じみたことをやると思っていたけど、普通にカレー屋の店内でやる度胸は僕には解らない。
それも大食い完食して注目を浴びている直後にだよ。
それにさ、その野菜たちはカバンに入れていたのか。
そっちにも驚きだよ。
だいたい、食べ物で遊んじゃダメだってしつけられなかったかい。
「ほい賞品」
そんなこんなしているところで店長が事務所から持ってきたのは……札束!?
無造作にテーブルへ置くと、店内から驚きの声が。
帯と厚みからして、一〇〇万円?
「うちのカレー好きなの一皿無料券、約三カ月分として一〇〇枚だ」
なっ。
札束に見えたけどその図柄は店長の肖像画。
よく見ると、刈谷カレー券って書いてもある。
「おいマスター」
「なんだい学生さん」
「名前が刈谷だからカレー屋を始めたのか?」
おうっ、そこに突っ込むか御庭外くん。
「ふっ、大人には神秘が付きまとうものだよ学生さん」
いやその謎いらないから。
あ、券を見ていたらあることに気付いてしまった。
「ねえ店長さん、これ有効期限が来月末なんですけど……」
「あ、ほんとだー」
ほんとだーじゃないよ。ほとんど棒読みで、知ってたなこのノリは。
「なんだ来月いっぱいまであるのか。それなら余裕だな福和内よ」
ふぁっ!? なに言ってんのさ御庭外くん。
「一〇〇枚あるってことは、一〇〇食だよ? それも一カ月ちょっとで」
「そりゃあ三日で食えと言われれば大変だろうが、それだけ日数があれば十分だろ」
おいおい、御庭外くんの発言には店長の顔も真っ青だよ。
それに、そのカウントには僕も入っていたりしないかい?
「さてと、それじゃあ行くぞ福和内よ」
「あ、うん。店長さんご馳走様」
「また来てな~」
御庭外くんはナスとキュウリをカバンにしまうと、お腹をさすりながら店を出る。
「ふぅ、食った食った。よし、また明日カレー食いに行くぞ」
「まったく、御庭外くんの大食いにはすごいというよりあきれるくらいだよ」
「フーッ、ファッファッファーッ! まだまだこれくらいでは大食いとは言えんぞ福和内よ」
参ったな、昨日のカレーがまだ残ってるのに。
今晩またカレーになるのかな。
また明日も食べに行くなら、今晩は別なのがいいなあ。カレーって太るんだよね。
いっそのことお隣さんなんだから御庭外くんのおうちにおすそ分けしてやりたいくらいだよ。
それでも御庭外くんは毎日食べに来るんだろうな。お昼は学校抜け出してまで。
「そういえばそのナスたちはどうするのさ」
「ん? 決まっている。後でスタッフが美味しくいただくのだ」
「なんだそれ。スタッフって御庭外くんじゃないか」
「フーッ、ファッファッファーッ! 野菜カレーもまたいいものだぞ」
「いやそういうことじゃなくってさ。はぁ……」
日が傾いて僕たちの影が長くなる。
商店街に明かりが灯った。




