世の理に逆らってやる
御庭外くんは僕のクラスメイトだ。
彼は背もそこそこ高く、少し筋肉質。髪もサラサラでそれなりにイケメン。
勉強も上の下から中の上くらいで、運動神経だってまあまあだ。
平均値よりは高いスペックを持っていて、黙っていればなかなかの人生を送れると思った。
そう、黙っていれば、だ。
僕の名前は福和内。御庭外くんとは幼稚園からの付き合いで、世にいう腐れ縁だ。
「久しぶりだな福和内よっ、この乾ききった世界を潤すことなく無駄に溜められた水どもに体力を奪われに来るなどと、正気の沙汰とは思えなかったがなあ」
「そんなこと言って、十分プールを楽しんでいるじゃないか」
「フーッ、ファッファッファーッ! 俺様が沐浴したこの液体は、既に俺様の聖水と化しているのだっ!」
やめてくれよ。御庭外くんの聖水とか、そんなプールは入りたくないぞ。
「いようし、この俺様が世の理を覆してやろうではないか」
あれ、そっちってウォータースライダーだよね?
「フーッ、ファッファッファーッ! 水ごときがこの俺様の行く手を阻もうなど、笑止千万っ!」
ピピーッ。
「はい、そこのお兄さん、危ないですからウォータースライダーの出口から離れてくださいね~」
「ほらあ、公園の滑り台を逆走するのと違うんだから、ウォータースライダーを登ろうとしちゃダメだよー」
「うぬぬ小癪な。この俺様が登竜門を越えて竜となることを邪魔しようとするか!」
ウォータースライダーもすごい扱いにされているね。
でもそうしたら今の御庭外くんは鯉ってことになるのかな。それは鯉に失礼な気がするよ。
「しかもあやつ、この俺様を高みから見下しおってからに! むぬう、許すまじ……」
御庭外くん、監視員のお姉さんにバタ足で水をかけようとしているようだけど、届いてないから。
まったく届いてないから。水も、気持ちも。
「くふぅ、致し方ない。ここは奴らのテリトリー。この場だけは見逃してやろう。
この大海原よりも広い俺様の心に免じてなぁ!」
大海原どころか、波の出るプールだよね。
サッカーコート一面分あるかないかくらいだけど、人を許せるようになったってことは心も広くなったってことだよね。
うん、いいことだ。そういうことにしておこう。
「だがっ、ただ流されるだけではないということを知らしめねばなるまいっ! フーッ、ファッファッファーッ!」
おいおい、今度は流れるプールの逆走か。
まあ人にぶつからなければいいんだろうけど、今流れるプールの流れと逆に歩いている人ってリハビリのお年寄りとかばかりだから、その中に混じって一緒に歩いている御庭外くんは浮いているよね。
水にじゃなくて、雰囲気が浮いているよ。
「この俺様の行く手を遮ることはかなわぬぞ。いかなる抵抗も切り裂いて進んでやるっ。
俺様の反逆の戦王の名においてなあ!」
うーん。変な称号名乗っちゃったなあ。
言いたいことは解るけど、スペルというか単語間違ってるよね。
御庭外くんは、お年寄りたちと楽しくウォーキングをして、程よく体力を搾り取られたみたい。
「お、上がるのか福和内よ」
「そうだね、ちょっと寒くなっちゃったし、そろそろ帰んないとさ」
「よかろう。この戦は俺様の勝利に終わったと判断して、俺様も上がることとしよう」
「そんなに急がなくても。べつにすごろくじゃないんだから、先に上がったからってなにかいいわけでもないんだよ」
「一度口にしたことだ。下がるわけにもいくまい。なればこそ、下がらなければ上がるのみっ! この俺様の行く末のようになあ!」
うわあ、上昇志向もここに極まれりだね。
「なんだ福和内、その荷物は」
「なにって、レジャーシートとか浮き輪とかでしょ。御庭外くんもさんざ遊んだやつだよ」
ビーチボールとか、クーラーボックスとか。
ここは持ち込みオッケーだったから、いろいろ持ってきちゃったんだよね。
「そうか大変そうだな。どれ、ひとつ持ってやろう」
「いいって、僕が持っていくからさ」
御庭外くん。悪い奴じゃないのは知っているさ。
親切心から出た行動だっているのも理解はしている。
だからかな、こういう時は黙っていうことを聞いてくれたらいいんだ。
そう、黙っていれば、だ。
「そう遠慮するではないぞ。ほれ、このかさばるやつなどは一緒に持っていってやろうではないか」
「一緒にって、ちょっ、ほら、周りも見てるし、恥ずかしいだろ」
「なあにを今更。恥ずかしがる仲でもあるまいに」
「仲とかどうとかじゃなくて、こっちは女子更衣室だってえの!」
御庭外くんは、言葉遣いは問題だらけだけど悪い奴じゃないんだよね。
たま~におかしなところもあるけど、これもまた愛嬌ってやつかな。
この腐れ縁、まだまだ続きそうだね。
ひっそりと、最後にネタばらしをして完結です。
お付き合いいただきありがとうございました。
また何かの時に、続きを書けたらいいな。




