いつだって間に合わない。
ガラスの向こうの白い部屋。
その中で一人の少女は懸命に息をする。細く長く、時には短く。ひどく不規則なそれは、彼女がもうすぐこの世からいなくなる事を実感させた。
「ねぇナイト」
少女は震える唇を動かし、か細い声でつぶやいた。
「私ね、今、死んでもいいかなって思っちゃったんだ。だって、ナイトが一緒にいてくれるでしょう?こんな幸せが、最後の思い出であってほしいなって」
そう口にした彼女の瞳からは、心の雨が止むことを知らないかのように溢れでていた。
生きる気力も、体力も。
今の彼女の体にはもうなにものこってはいなかった。指先すらも自分の意思で動かせない。まるで人形のような彼女は、薄いガラスケース向こうでベットに横になっていて決して触れることは叶わない。
「ーーーっ……クソッ!」
少年は自らの無力さに怒りを覚え、ガラスを叩く。
ガラス一枚。
たったそれだけなのに、その壁はどんな石よりも金属よりも硬く分厚いもののように思える。
いつだって、間に合わない。
僕が欲しいと思ったものは、いつも誰かが奪ってしまう。今回もそれは例外なく訪れてしまったようで、元々病弱だった彼女が不治の病と呼ばれるものにかかったのは、僕と出会う少し前。
何となしに立ち寄った店で、運悪く出会ってしまったのだ。よりによって、僕と。
別の誰かなら奇跡的に治っていたかもしれない……そう思うと僕自身が死神のようにもおもえてくる。
悔しさに唇を噛み締めていると、突然彼女が微笑んだ。
そんな力も残ってはいなかっただろうに、何かを悟ったのだろう。
「ありが……と…」
か細い声でそうつぶやくと、彼女の瞳はゆっくりと閉じていった。
実際にはほんのわずかな時間、一瞬の出来事であっただろう。
閉じた瞳と、心肺停止を知らせる機会音が鳴り響く。
燃やされたわけでもない、腐敗したわけでもない。生きたままのその体は、彼女が死んだことを実感させてはくれない。
ただ眠っているだけの様な安らかなその表情に、僕の瞳からは一筋の涙がこぼれ落ちていった。