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人生最後の夏休み  作者: 鬱津 憂
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前日

――暑い。当たり前といえば当たり前だが、暑い。


地方の独特のまとわり着く様な暑さとは違う、コンクリートジャングルが生み出す都会のカラッとした暑さ。



嫌いじゃないんだよね。



さほど不快ではなかった。寧ろ心地いい。


物思いに耽けながら、空を狭めるビル群に目をやった。


ビルの間の陽炎が、人工音声の歌う長い夏の日の歌を思い出させる。


今日は8月14日。僕の命日となる日の前日だ。


歌詩に沿って死ぬ、中々洒落てていいじゃないか。


「カラオケで熱唱したよなぁ」


4月の中頃だったか、僕は友達4人と早朝カラオケ(通称:朝カラ)へ行った。


思えばあの時、僕はもう死ぬことを躊躇っていなかった。



マイク、2本しかないのに5人で馬鹿みたいに越え張り上げてさ……。


あぁそうだ、僕が死のうと思った日はそのすぐ後だった。



懐かしい。僅か4ヶ月ほど前の事なのに、人は死ぬときになるとこんなにも思い出に浸れるのか。


―――自殺は賢い選択じゃないんだよ


僕は馬鹿なのだろうか、いや、馬鹿と天才は紙一重だというではないか。


もう誰の言葉だったかも忘れてしまった。


いや、最初から覚えてなどいなかった。


そんな言葉を聞いたときにはもう僕は決心がついていたのだ。


どんな言葉をどんな人が謳おうとも、僕の心が解けることは無かった。


そうして今、ここにいる。


シャアシャアシャアシャアシャア――――


「相変わらずうるさいな、お前ら」


この地域で一般的な蝉、クマゼミだ。


関東よりも西、そして都会化が進んだ地域によく見られる漆黒の蝉。


シャアシャアシャアシャアシャアシャアシャアシャアシャアシャア……


シネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネ――――


呪詛のように啼き続ける蟲。



分かってるよ、直ぐに死ぬからさ。そんなに急かすなよ。



僕は人通りの多い歩道橋で、立ちすくんでいた。


下を車が流れていく。今にでも飛び込めそうだった。


足が一歩一歩、僕の意思とは関係なく淵に近づく。


手すりに身体を預け、ダラン、と下をのぞき込む。


気に留める通行人はいない。


「……致死率意外と高くないんだよなぁ」


死ぬことを決心した時に手にした、乏しい知識の一つだった。


僕は歩き出す。


「さっさと片付けないとな」


死ぬ前にしたいことが、まだ残っていた。

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