屋上の君
常識人、優等生。
人当たりが良く、明るい子。
それが周りから見た私、赤月楓だ。
「赤月さん、文化祭実行委員なってもらっていい?」
急に来た質問に内心ため息を吐く。
(またか・・・)
何か重要な役割は、このクラスでは大抵私がやる。
「いいよ」
後ろに結んだ髪を揺らし、愛想笑いで答える。
「ありがとー!赤月さんなら大丈夫だよね!」
女子の嬉しそうな声とは裏腹に、私はとても不機嫌だった。
(何が大丈夫なのよ)
いつもの屋上。
いつもの時間。
ここだけが、あたしがあたしでいられる場所。
あたしでいてもいい、場所。
扉を開け、柵に寄りかかり風を浴びる。
堅苦しく着た制服の上着のボタンを外し、髪をほどく。
少し長めの髪が風に揺れる。
「疲れたー」
自分を殺して。
周りに合わせて。
好かれる様に生きてー。
「うんざりするわ」
だったら止めてしまえばいい、と思うだろう。
だけど事はそんなに簡単じゃないのだ。
そんな時だ。
背後で扉の軋む音がした。
あたしはとっさに声を上げる。
「-誰?」
きぃ・・・・と音を立てて開いたドアの向こうには、少年が立っていた。
眠そうな顔をして、制服をだらしなく着崩した少年が欠伸をかみ殺してこちらを見た。
「・・・鈴村灯翠」
あたしは見覚えのあるそいつの名前を呼んだ。
鈴村灯翠。
同じクラスの少年。
茶色に染色した髪、着崩した制服のどこか気の抜けた感じの少年。
何物にも捕らわれない、自由な生き方をしているやつ。
つまりあたしとは正反対に位置する人物。
「・・・・赤月さんか。一瞬誰かと。」
鈴村はそういいながらあたしの隣に立った。
端正な横顔は、意外と低い位置に見えた。
「悪かったわね」
ぶっきらぼうに言い捨てる。
「いつ学校来たの?」
「今」
彼は何てことないようにそう言った。
「もう昼休みよ」
そうしながら髪を結ぼうとするが、風に遊ばれて上手くいかない。
「髪、ほどいてればいいじゃん」
鈴村がぽつりと言った。
「かわいいよ、そっちのが」
「・・・・・・」
あたしは少し考えて、髪から手を放した。
「ほどいていいのは、今だけ」
「何で?」
「優等生だから」
「ふーん?」
鈴村は意味ありげに声を漏らす。
このままだと沈黙してしまいそうだったので、問いかけてみる。
「鈴村、何しに来たの?」
彼は何てことないように答える。
「風に当たりに。疲れちゃってさぁー」
「何に?」
「・・・人間でいることに?」
「・・・・・は?」
言っている意味が分からず、変な声が出る。
「俺さー、生まれ変わったら雲になりたいなー」
空を見上げて言う鈴村。
「雲は生き物じゃないから無理よ」
「えー、わかんないよ?」
彼は遠くの雲を見つめて笑う。
「雲はいいよ。自由に空を漂ってればいいんだから」
「あんたは今も自由じゃない」
自由にこの世を漂って、生きている。
「そうでもないよー?」
鈴村は、やっぱり笑ったまま言う。
「人間てさ、生きてる限り全然自由じゃないんだと思う」
外見に似合わない事を言ってるな、と
「外見に合わないこと言ってるって思ったでしょ」
「!?」
思っていた事をそのまま言われて、思わずばっと鈴村を仰ぎ見る。
「へへ、当たりー」
彼は得意そうに笑う。
「見た目とか行動とか、人は人を何でそんな風にしか見れないんだろうね?」
「・・・そんなの、知らないわよ」
いまいち意味が分からないままに、とりあえず相槌を打つ。
「うん、分かんないね」
落下防止の柵に寄りかかって、彼はやっぱり笑う。
「でもさ、いつかありのままの自分を好いてくれる人が見つかればいいよね」
「・・・・そうかもね。見つかればね」
私たちは、二人で風に身を預けて空を仰ぎ見る。
「・・・私も」
ざわざわと髪を揺らしながら呟いた。
「私も、雲になりたい」
ありのままの自分でいられる場所。
そこには、一人の女子と一人の男子がいて。
彼らはいつの間にか、二人の男女になっていた。