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第七話 オープンスクールがやって来る!

 八月は、オープンスクールのため、全員出席の日が一日だけぽつんとある。そこで、模擬授業や、父兄や当事者である、中学生の女子(敷女候補生)に、学校を見て、体験してもらおうという、生徒にとっては甚だ迷惑で、率直なところ、「かったるくてしょうがない」行事だ。


 二年三組の担任教師、相川杏子が目指す、理想の学校説明会とは!


 一、流れるようなプレゼンテーション

 二、宝塚音楽学校のような、折り目正しき女子教育

 三、徹底した風紀チェックによる、マナーの良さをアピール

 四、偏差値高そうなイメージを崩さないこと

 五、理知的でありながら、フレンドリーな校風であること


 これら五箇条である。一年生の時にも経験済みなので、そこんとこは慣れているみんなだが、今度は二年生。下級生にはないアピールポイントとして、「ちょっと大人の雰囲気」を出してもらうこと。これが、担任相川に課せられた使命だった。


 そんな気持ちを胸に、HR棟三階のクラスに赴くのだった。久しぶりに、ご機嫌なテンションで部屋を覗くと……。


「ごめえん、ナプキン貸して」

「いいよー」やおら、ナプキンを投げる。

「サンキュー」そして、キャッチする。

「暑ちいよー、だるいー、うー、死ぬるー」

「スカート、ばたばたさせればいいじゃない!」


 暑さにたまりかねた女子複数名が、スカートをひるがえしている。大変お行儀が悪い。


 ばたばた。ばたばた。


「ったく、この部屋女臭えなあ! 窓開けろ、窓!」

「誰だよ、全館冷房止めるのは!」

「不快指数うなぎ登りだ、つってんだろ!」

「つーか、なんで真夏に冬服なんだよー!」


 相川杏子は、扉の隙間から見える、まるで舞台裏のような光景に仰天した。


(こ、これがイマドキの敷女生なの? なにあの醜態!)


 がらり、と扉が開くと、まるで何かのマシーンのように一斉に着席し、静まりかえった。そして、日直が続ける。


「起立、礼、着席」

「よろしい。日直さん、ありがとう。先程までの態度! こっそり、見せてもらいましたが、女子高だからって、異性の目が無くたって、教師が来なくたって、今のように緊張し、普段から、張り詰めていて頂きたいものです」


 そして、相川杏子先生が続ける。


「ここには、あなたがたの後輩に当たる女子中学生も見学に来るので、先ほどのような醜態、断じてなりません! ああ、この学校に入りたい、ここの学校のお姉さんは優しい、この学校が第一志望なの……と、思わせるぐらいの雰囲気を醸し出していただきたいのです、分かりましたね! なお、節度ある交流は認めますので、やさしく接してあげてください」


     ◇ ◇ ◇


 やがて、女子中学生の父兄が教室に入ってきた。中学三年生の女生徒と、そのお母さんが、羨望の眼差しで、在校生を見詰めている。相川杏子先生は、それまでの鬼の形相から一変、柔和で優しい口調に変わっていた。


「えー、お母様とお嬢さま方に申し上げます。今から、敷島女子高等学校、普通科のプレゼンテーションを行います。これが大体……そうですわね、大体二十分程度だとお考えください。それから、後の二十分間は、在校生と自由にお話ができる、ふれあいタイムを設けます。そして、最後の十分間で、資料をお渡ししますので、お持ち帰りください」


 それから、一通り、相川杏子先生のプレゼンテーションが済んだので、自由なふれあいタイムに移った。在校生も、柔和なイメージを作り出そうと懸命だ。


 ある子が、高槻沙織のところへ行った。

「ねえ、ママ、この人、すごくやさしそう」

「あら、本当ね」

「ねえ、お姉さん、勉強は難しいですかー?」

「う、うん、きっと基礎さえ出来てたら、大丈夫だよー」

「冬服着て、暑くないですか、お姉さん」

「うー、ちょ、ちょーっと暑いかなあ……でも、夏は薄着になるよ!」

「じゃあ、暑い日も安心、ってことですね!」

「うん、そうだね、そんな感じ……」

(ふー)


 また、ある子が、服部美月のところへ来た。

「ママー、この人にお話を聞いてみようよ」

「そうね。ねえ、このセーラー服のスカーフ、学年別に色違いだそうだけど、娘がもし入学出来たとしたら、何色になるのかしら……」

「は、はい。ご入学時には、わたし達は三年生になりますので、スカーフは、赤色になります」

「ママ、赤だって! 赤いスカーフ!」

「あらそう。じゃあ、頑張ってお勉強なさい」

「はーい」

(やれやれー)


 そして、ある子が、柏原桃花の席へ来た。

「ねえねえ、先輩! 普段、あだ名は何て呼ばれてますか?」

「え、あだ名……だよね。えーっと、桃花なので、ももっちと呼ばれています」

「そうですか! ももっち先輩、きっと必ず合格しますから、待っててくださいね」

「う、うん、分かりました。じゃあ、今日から、ちゃんとお勉強しましょうね……」

「はーい、ももっち先輩! じゃねー」

(ふえーっ)


 ある子が、立花梨音の席へ来た。

「ママー、わたしと同じ、眼鏡キャラな人がいるよ」

「あはっ、本当ね」

「先輩、こんにちは!」

「あ、ああ、こんちわ……」(何だろう、この緊張感は……)

「このお姉さま、すごく勉強してるって感じですー」

「い、いや、特技はパソコンと裁縫ぐらいで、大したことないです……」

「まあ、ご謙遜を、さあ、ママとこっちにいらっしゃい」

「はーい」

(うぎょー、眼鏡キャラ呼ばわりされた!)


 一通り、資料の配付が済んだ。


「では、何かご不明点でもございませんでしょうか……では、終わりにしたいと思いまあす、はい、日直さん」


 日直が号令をかける。


「起立、礼、着席」

「では、皆様方は、こちらの出口よりお帰りくださいませー」


 作り笑顔で手を振り、廊下へ送り出す、相川先生。


「……さてと」


 相川杏子先生が、教壇に立った。


「皆さん、お疲れ様。肩の力を抜いて……」

「うおーっ」「あっちー」「だるい、わたしだるい」「めっちゃ緊張したよー」

「では、よろしい。本日のオープンスクール、終わりにします。解散してください。また、九月になったら会いましょう、では、解散!」


     ◇ ◇ ◇


 毎度おなじみの、香枚井登下校組。紅電敷島駅のホームで電車を待っていると、先ほど、柏原桃花の席を訪れた親子がやって来た。


「あ! ももっち先輩です!」

「こんにちは、皆さん、ご一緒に通学を?」

「ええ、急行で、香枚井まで」

「うちの娘は、吾野本陣なんですの。香枚井から急行で一駅ですわね」

「そ、そうですね」

「何か奇遇ですわ」

「そ、そうですね」

「ももっち先輩、板宿いたやど美香っていいます、よろしくお願いします」

「あ、わたし? えー、柏原桃花っていいます。よろしくね」

「よろしくですー」

「この子は、水谷さんって、まだ一年生です」

「どうも、刈羽台の水谷ですー」

「みんな仲良しでーす」

「じゃあ、皆さんで一緒に帰りましょう」

「そうしましょう」

「通学する事になったら、この子もお願いね」


 一同「はーい!」


「わかりました!」

「まずは、志望校合格ですね」

「でも、たまには猥談も混じるけどなーって、ぐえっ、痛あっ」


 美月の肘鉄と、沙織の空手チョップが炸裂した。


「おやおや、敷女の生徒さんも、案外フランクなところがおありのようで……」

「いえいえ、こいつだけは例外です。何かの間違いです」

「入学試験の採点のコンピュータが故障したと思われます!」

「ぷっ」「きゃはははははは」

「うーん、もう、笑わないでよ、わたしゃ自力で受かったよ」


『三番線、急行、楠葉行きです 停車駅は、岩崎、室山、咲花台、香枚井、吾野本陣、紅葉野、吾野、終点楠葉の順に停車致します 白線の内側まで、下がってお待ちください』


     ◇ ◇ ◇


 紅電香枚井駅に着いた電車。ホームでお見送り。


「じゃあ、きっと合格しますー」

「ああ、頑張れよ!」

「元気でねー」

「達者で暮らせー」

「バイバーイ」


『ドアが閉まります。閉まるドアにご注意ください』 


「ふー、やれやれ……って、霜田さん?」

「あ、君たち。冬服でどうしたの?」

「今日は、オープンスクールなので、セーラー服じゃないと駄目だったんです」

「拓也さんはホームの掃除もやるんですかー」

「ああ、ラッシュ時以外は、掃除か、改札だよ。君たち、暑くない?」

「もう、べろーんとなるぐらい、暑かったです」

「じゃあ、自販機のアイスでも食べる?」

「ええー、いいんですかー?」

「六〇〇円ぐらい、どうってことないさ」

「さすがは霜田さん、150円アイスって!」


     ◇ ◇ ◇


「くーっ、生き返るー」

「つめたああい」

「どう、美味しい?」

 一同「はいっ!」

「んじゃ、そりゃー良かった! あ、ゴミはくずかごにね」

「ごちそうさまでしたー」

「お粗末さまでした」

「なんて優しいのかしら、霜田さん……」

「そう言ってもらえて、うれしいよ」

「お熱いよ、二人とも、ヒューヒュー!」

「梨音、うるっさい!」


 こうして、紅電香枚井駅は、夕刻を迎えようとしていた。

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