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第六話 いろんなイベントがやって来る!

(6-1)衣替えがやって来る!


 衣替えと言っても、敷女の場合は、単にセーラー服の上を着ずに、代わりに、半袖のカッターシャツで過ごすだけ。スカートが少し生地が薄めの夏用になるだけ。私立高校のように、上から下までコーディネイトされた、専用の「夏服」というものは、この学校には存在しない。


 学年で色違いのスカーフの代わりに存在するのが、徽章の七宝焼きの色表示だ。胸元の徽章だけを頼りに、先輩か後輩かを判断する。


 また、クラス番号の徽章には、情報処理科は、Infomationの「I」が、家政科はHomeの「H」が、普通科はGeneralの「G」という具合に付いている。沙織や美月たちは、「敷女・普通科G・2組」であり、先輩と色違いになるわけだ。三学年が赤、沙織たち二学年は緑、水谷啓子たち一学年は青、という色分けになる。


 以前、実施されたのが、スカーフをキャビンアテンダント風にアレンジして、首に巻いて、横に流す案だ。但し、これも本格採用されなかった。なぜなら、クラスメイト同士引っ張り合いこしていて、首が絞まってしまう事故があったため、これも見合わされた。


 後は、上履きのゴムの色と、体操着の色……ぐらいだ。後は、半袖のカッターシャツなので、先輩後輩を見極めるのは、慣れないうちは至難の業だ。やがて、慣れて来ると、徽章の色で簡単に判別できるようになる。


 放課後、家庭科室で――


「衣替えしたねえー」

「これで、梨音がこれ以上痴女になる可能性がなくなった」

「やれやれだねえー」

「ところで梨音、どこ行ったのかな」

「気にせず、タルトを作ろう。待ってたら時間なくなっちゃうよ!」


 ガラリと扉が開いて、立花梨音がやって来た。見ると、スカートの丈が短い。


「諸君、おまたせー」

「おそようー、って言うか、何ですと!」

「夏用のスカートを?」

「へへーん、折って来ちゃった」

「どんなセックスアピールなんだよ……」

「先生ー、立花さんがスカート折って来ましたー」

「まあ、何ですって?」

「美月ぃ、先生にチクるなんてそんな……」


 やがて、被服室で、貸し出された短パン姿になった梨音は、アイロンで折りじわを、ちまちまと直すのだった。先生が沙織たちに言った。


「あの子、普通科よりも、家政科に進んだ方がよさそうねえ」

「そう思います」

「どう見ても、普通科向きではないですし……」

「でも、コンピュータの授業だけは高得点ですし……」

「ならば、情報処理科だけど」

「でも、クラスが分かれるのは嫌だし……」

 一同「うーむ……」


 しばらくすると、立花梨音が、被服室から出て来た。


「諸君、お待たせー」

「お前には学習能力っつーもんがないのか!」

「本気で心配させやがって、こんにゃろ、こんにゃろ!」

「もう、わたしは慣れた」

「先生も、この展開には、もう飽きました」

「み、みんなああああ!」

「あー、はいはい、あんたも支度して、スイーツ作るの手伝って」

「わかりました皆さん……」


 昨晩から冷蔵庫で寝かせたタルト生地を伸ばして、型に敷き込む。生地に重石を乗せ、から焼きしている間に、アーモンドクリームを作り、から焼きが終わったら、重石を取り、アーモンドクリームを生地に入れる。そうして、しっかりオーブンで焼いてから、取り出す。適度に冷めたら、全体にラズベリージャムを塗り、ラズベリーを敷き詰めれば完成だ。


「できたぁ!」

「さすがは沙織、本職だな」

「さて、問題は、どうやって取り分けるか、なんだけど」

「トルテカッターがあるから、八等分が、ちょうどいいんじゃない」

「じゃあ、そうしよう」

「今回は、チーズ入ってないから、わたしは安心した」

「じゃあ、ここで、パルメザンチーズの粉末をまぶして……」

「うおおおい! それじゃあキッシュになるだろう! チーズは苦手だ!」

「へへん、冗談だよ~ん」

「はー、お前の冗談はシャレに聞こえんから、心臓に悪い……」

「冗談か真面目か、分からない時があるから、梨音ちゃんって、ある意味怖いねー」

「あいつは油断ならん女だ……」

「じゃ、じゃあ、みんなでいただきましょうか!」


 一同「いただきます」


「紅茶が合いそうだな、桃花、お茶入れてくれる?」

「うん、持ってくる!」

「わたしも手伝うよ、桃花ちゃん」

「ごめんね沙織ちゃん」

「いいって、いいって!」


(6-2)実は、今日は多い日で重い日で痛い日なのだ……


 六月……春と夏の間を交互に行き交う季節。お陽さまは、照ったり曇ったり……。もうじき衣替えの季節だというのに、ぐずつく空模様に、体調を崩す生徒が後を絶たない。中には、女性特有の症状で、鎮痛剤をもらいに来る生徒もいる。ここは、県立敷島女子高等学校の、保健室。ただでさえ頭の痛いシーズンだ。


「おはようございますー」

「あら、いらっしゃい。立花さんじゃないの、まあ珍しい」

「藤井先生、わたし、今日、ちょっと、あれで……」

「まあ、つらそうね。顔が真っ青じゃない……」

「痛み止めをください、少し横になりたいっす」

「はい、どうぞ、ゆっくりしていってね」

「そ、そうもゆっくりしてらんないんですよ先生」

「まあ、何で?」

「授業に出ずに、家庭科部だけ出ていると、なんか、サボってるみたいで」


 保健担当教諭、藤井奈緖子は、立花梨音を寝かしつけると、こう言った。


「お友達や担任の先生に言っておくから、ちゃんと帰れるようになるまで、ゆっくり横になりなさい。何なら、眠ったっていいわよ。さっき見たら、足許ふらふらじゃない。なんなら、代わりに、鉄分ドリンク買ってくるから、三百円出しなさい」

「はあい……」


      ◇ ◇ ◇


 一方、こちらは教室。


「ええ、そうなの、相川先生……」

「病気ならば、仕方がないですわ……藤井先生」

「じゃあ、よろしくお伝えください」

「了解です。おーい、そこの、香枚井登下校組!」

「は、はいっ!」

「実はね、立花さんが、とってもつらい日で、多くて、重くて、痛いの。おまけに、顔面蒼白で。帰るまで保健室ね」

「本当ですか? 梨音が生理痛で顔面蒼白?」

「珍しいこともあるもんだ」

「そりゃあ、あれでも一応、女の子なんだから、あってもおかしくは……」

「梨音の世話ですか?」

「というわけでみんな、お昼ご飯と、帰りはよろしくね」

「わかりましたー」

「で、余りにも様子がおかしい場合、ご両親に連絡するから、私に教えて頂戴ね」

「はーい」


    ◇ ◇ ◇


 ――昼休み


「それにしても、梨音に、生理が酷い時があるとか、生理で調子悪い時があるなんて、知らなかったよ」

「わたしも、近所に住んでいて、よく遊ぶけど、おくびにも出さなかった」

「我慢しきれなくなったかー、ついに」

「とりあえず、購買では、全員パンにしよう。で、梨音にも買って帰る。牛乳や鉄分飲料も忘れずに」

「了解!」

「何パンがいいかな」

「意外と、梅干しおにぎりが良かったりして」

「学食に来られないほど酷いんなら、栄養価の高いものを」

「ねえ、はっとり、ドリンクどうしよう」

「ドリンクなあ……意外と、タウリン二〇〇〇ミリグラムとか効きそう、かな」

「二十四時間戦えそう!」


     ◇ ◇ ◇


 保健室のドアを開ける友人三名。ドアをノックしてから、おそるおそる中に入った。そして、引き戸を閉める。


「梨音はどこだ」

「おーい、梨音ちゃん」

「ここでもなさそうね」


 カーテンをめくって確かめるが、いない。窓際のベッドまで行ってようやく梨音の姿が見えた。珍しく、声も出さずに、横になっている。余程つらいらしく、額に腕をかざして、陽の光を遮っている。パンを窓際に置く音と、ドリンクを袋から出す音で、梨音は少しうっすらと眼を開けて仲間の方を見た。起き上がろうとする梨音を、全員が制する。


「梨音! 寝てなきゃダメだろ?」

「ん、んあー? み、みんなー?」

「梨音ちゃん、大丈夫?」

「お前、調子悪いんだろ?」

「心配してたよ……」

「お、お昼か……あ、ああ、サンキュ、サンキュな……みんな……」

「寝ながら、おにぎりとお茶でまったりすべし!」

「ああ、悪いなあ……」

「どう? 今日はもう歩いて帰れそう?」

「うーん、放課後になんなきゃわかんない……」

「最悪の場合は、紅電タクシーね!」

「沙織! なんだそのタクシーチケットの束は!」

「へへーん、霜田さんにもらっておいたものでーす」

「じゃあ、タクシーチケットと、高速道路料金か……」

「わ、悪いよ、沙織ちゃん……」

「うわー、倒れそう、起き上がっちゃダメ!」


     ◇ ◇ ◇


「やはり、早退させるべきですかね、藤井先生……」

「そう思います、今からでも、お医者さんに連絡取ってみようかと。なにせ、デリケートな問題なので……」

 ヒールのかかとを鳴らし、相川先生が保健室に入って来た。

「立花さん……梨音ちゃんはどこー?」

「相川先生、こっちですー」

「あ、みんな揃っていたのね。この子、今から婦人科のお医者様にかけるので、今から帰宅させます」

「先生、紅電のタクシーチケットあるんですが」

「あら、高槻さん、使っていいの?」

「もらいものですし、後で返してもらえればいいかなって」

「悪いわね、ごめんなさい……さ、立花さん、起きて」

「は、はい……」

「立花さん、足腰立たないじゃない! よくここまで放っておいたわねー」

「す、すびばしぇん……」


 昇降口には既に、紅電無線タクシーが停まっていた。相川先生と、高槻沙織が、肩を貸してやってはいるが、梨音は、なかなか思うように歩けない。


「済みませーん、この子を、室山市香枚井一丁目の、香枚井レディースクリニックまで連れて行ってください。はい、高速道路で。料金とタクシーチケットはここにありますので……お願いしますね、運転手さん」

「しかしまあ……香枚井とは遠いねえ……室山北インターだろ? 電車も無理なのかい?」

「そうなんです」

「じゃあ、お預かりします」

「お願いします!」


     ◇ ◇ ◇


 六限目も終わり、みんな一様に溜息をついている、二年三組の教室。


「じゃあ、部活の人も程々にして、何もない人は、寄り道せずに帰宅してください」

「起立、礼、解散!」


 まるで、下校のタイミングを見計らったように、携帯にメールが着信した。


「あ、携帯だ……誰からだろう……梨音?」

「わたしのところにも……ねえ、先生のところにもメール来てませんか?」

「あ、何か届いているみたいだけど……」


『皆さんへ 立花です。お昼はご迷惑をおかけしました。さて、病院で診てもらったところ、何の異状もなく、思い起こせば、ただの食べ過ぎとわかり、重ね重ね申し訳ないです。昨日の夜、隼人そば屋さんでの、ざるそば大食い大会に出た所為でした。実は、大ざるで、十五杯食べたので、申し開きができません。ごめんなさい、本当にごめんなさい 梨音』


「まあ、何ですって? 食べ過ぎー?」

「ただの食べ過ぎ……腹痛……ぷぷっ!」

「梨音……許さん! どうもおかしいと思ったんだ!」

「しかし、顔面蒼白、足腰立たなくなるまで食べるってどれだけ……」

「お邪魔します……立花先輩が、どうかしたんですか?」

「あ、啓子ちゃん……実はね、梨音が、昨日、大食い大会に出て、食べ過ぎたために、保健室で寝ていたってこと……」

「ぷっ……た、食べ過ぎってどれだけ!」

「水谷さん、ああいう先輩見習っちゃダメよ。大食い大会で大ざる十五杯」

「ぶっ、大ざる、十五杯って、あははははー」

「笑い事じゃないよー」

「マジ心配したのにー」

「ここは、教育的な指導が必要ね! 今に見ていらっしゃい!」

「私たち、香枚井に戻りますが、何か梨音に伝えておくことはありますか?」

「そうねえ、香枚井通学組のみんなから、あたしが本当に、心底カンカンに怒っていた旨、伝言してもらえるかしら?」

「わ、わかりました、杏子先生!」

「先生の、その微笑みが怖い……」


     ◇ ◇ ◇


 ――翌朝


「おはよー」

「あ、おはよう」


 ここは、県内屈指の進学校、室山県立敷島女子高等学校。だが、その職員室内では、朝っぱらから、生徒を怒鳴り散らしている相川杏子教諭と、怒鳴り散らされている生徒、立花梨音がいた。


「なんですって? 腹痛? 食べ過ぎー? あなたねえ、もう三~四年で大人になるのよ! 自覚を持ちなさい、自覚を。なになにー、うちの生徒が、前日、ざるそばをたらふく食べて、授業に出られないぐらいお腹を壊し、生理痛と間違えられた挙げ句に、早退しました……って、どのツラ下げて上司に報告するのよー!」

「す、済みません……」

「あたしのことはいいわよ、この際。でも、本気で心配してくれた仲間に、申し訳ないでしょ、今から行って謝って来なさい!」

「失礼しましたー」

「……ったく、しょうがないんだから!」


     ◇ ◇ ◇


 二年三組の教室。いつもの仲間が集う中に、梨音が泣きながら入って行った。


「ごめえええん、みんな、昨日は本当に心配掛けて……ごめんよー。沙織、これ、タクシーチケット返すから、受け取ってー」

「え、ええ。どうしたの、急に。ひどく取り乱したりして……」

「あのその……反省しています……」

「あんまり無茶ばかりやってると、そのうち、友達なくすよー」

「昨日は本当に心配したよ」

「ご、ごめんなさい」


 窓辺の陽だまりの中、クラスメイトにひたすら詫びを入れる、立花梨音でした。


(6-3)家庭科部、スイーツ食べ歩き!


 家庭科室に集まった、全学年の生徒。顧問の柴島祥恵くにじま・さちえ先生の発案とは……。


「えー、七月最初の行事は、このスケジュールに従って、一、二年生全員でお店めぐりをやります。参加費はかかった実費のみです。皆の実家でご商売をされているお店を巡ってスイーツを堪能しようというわけです。出発地は、敷島駅から葱北本線を北上して新芝草駅……そこで乗り換えて、紅電紅葉野駅から。そこから紅電沿線に海浜神崎まで南下します。わかりましたかー」

「はーい」

「それぞれの駅近くにある部員の実家のスイーツショップなどに立ち寄ります。なお、これは、学校の行事なので、集合は制服でお願いします」


    ◇ ◇ ◇


「……そっか、家にも先輩方が来るのか」

「どうしたの、はっとり?」

「うちが出せるスイーツって、餅か、水ようかんなんだよね……沙織んちは?」

「そうだねえ……うちはバターロールクッキーぐらいかな。後は生ものしかないよ」

「いやはや、ハイカラで、お洒落だなあ……チーズだけは勘弁な」

「美月んちだって、お餅美味しそう!」

「うちは、ナサパニックのヘルシーオーブンがあるぞ」

「お前んちは電器屋だろ? 論外だ」

「ご飯をパンにできる機械だってあるぞー!」

「それ、いいかも!」

「いいなあ、みんなお店持ってて……」

「そだねー。桃花んちは公共放送だもんねー」

「『あすの料理』の料理本販売とか!」

「お父さんに訊いてみる」

「せ、先輩!」

「やあ、水谷啓子ちゃんじゃないか。どした?」

「私も、香枚井地区なんです。フルーツショップやってます。シエスタ香枚井で、水谷青果を……」

「忘れるところだった、ごめんごめん」

「スイカか、プリンスメロンぐらいなら、何とかなるかと……」

「スイカにメロン! いいねえ!」

「持つべきものは、後輩だなあ」

「香枚井登下校組は決まりましたかー」

「はーい」


    ◇ ◇ ◇


 ある日。県立敷島女子高等学校、家庭科部は、スイーツ食べ歩きを開始していた。部活の顧問の先生が、皆を誘導する。先ずは、新芝草駅前のベーカリーで待ち合わせ、ラスクを食べる。次に、新芝草駅に徒歩十分で隣接する、紅電紅葉野駅前の繁華街にある芋羊羹のお店で、芋羊羹とお茶をご馳走になる。


 そして各駅停車に乗り、紅電榛名天神駅前の服部宝珠庵に着いた一行。今度は特製水羊羹だ。細い竹筒に入っていて、ちっちゃな栓を抜いて、片側から吸い込むと、きゅーっ、ぽんっと水羊羹が口に入っていく仕組みだ。


「服部さん、これ、美味しい!」

「買って帰ろうかしら……」

「くせになりそう……」

「はい、喜んでいただければ光栄です、先輩」

「このお餅も最高です!」

「寛永七年創業のお店だからね、歴史が違うんだよー」

「さすがは江戸時代から続く味ね、感心したわ」


 服部宝珠庵の、服部美月は得意気だった。そこへ家庭科部、顧問の柴島祥恵先生がやって来て、みんなに諭した。


「いいですか、まだ三軒目ですよー! 甘い物食べ過ぎてデブになんないようにね、適度なところでお土産にして持って帰りなさい」

「はーい」

「次は、紅電香枚井駅ですよー!」

「ごちそうさまー」

「さて、行くか」


 紅葉野電鉄の榛名天神駅はるなてんじんえきに向かう、ぞろぞろと連なって歩く、白いワイシャツ女子の集団は圧巻だった。普段は制服で団体行動と言えば、修学旅行程度だからだ。電車に乗り、榛名天神駅から一駅、室山市の北の玄関口、紅電香枚井べにでんかひらい駅に着いた。


 駅前の複合ビル「シエスタ香枚井」に到着した一行。まずは、水谷青果店を目指して歩いて行った。そこでは、薄く人数分に切りそろえられ、試食用の紙のお皿に盛られた、本場の静岡メロンと、山梨の巨峰ぶどうが提供されていた。店にはおばさんが出て来て、皆に振る舞った。


「敷島女子の皆さん、水谷青果店へようこそ! 啓子の母です。今日は採算度外視で、本場のメロンと巨峰を食べて行っていただきます! ささ、どうぞ中へ」


 乙女たちは、目の前に出されたメロンに、ハートを射貫かれていた。


「静岡のマスクメロンだってさー! どうしよう桃花! うっひゃああー!」

「ちょ、ちょっと落ち着いて、梨音ちゃん!」

「沙織、メロンって言っても、薄いなあ……向こうが透けて見えるぞ……」

「まあ、四十分の一だからね、夢のないこと言わないの!」

「うん! ぶどうがうまい!」

「ぶどうって、こんなに甘かったっけ」

「アメイジング!」

「梨音……お前、知ってる単語それだけだろう」

「てへー、ばれた?」


 次に、シエスタ香枚井の中にある、おなじみ、高槻洋菓堂に向かった。


「敷島女子の皆さん、沙織がいつもお世話になっています。ここで食べていただくのもちょっと場所がないので、おひとりおひとりに、バターロールクッキーをお渡ししますので、どうぞお家で召し上がってください」

「店長さん、そこのシフォンケーキも買っていってもいいですかー」

「どうぞどうぞ!」

「スイートポテトくださーい」

「あ、ありがとうございます!」

「お父さん、いつもと違って上機嫌ね……」

「久々に、女子高生の大群を見たからじゃないのー?」

「梨音、うるっさい!」


 普段滅多に他人をぶたない沙織が、怒って梨音の頭をはたいた。

 バシッ!


「おわ、痛たあああー、沙織が怒ったー、珍しいー」

「これ無料じゃないんだからねっ! 定価で一袋、六百円するんだからねっ!」

「おおー、出血大サービス! ……って、ぶたれたわたしが出血しそう」

「じゃあ、これは帰ってからのお楽しみだねー、梨音ちゃん」

「ち、チーズケーキじゃなくてほんっとうに良かった……」

「じゃあ、はっとり、チーズケーキひとつ持って帰る?」

「やめろ、いらん! ジンマシンが出る!」


 シエスタ香枚井を後にした一行は、その後、海浜神崎までの部員の店を訪ね、あらゆる種類のスイーツを制覇して、もう、甘いゲップしか出ない。紅電敷島駅近くの、県立敷島女子高等学校、家庭科室に戻った一同……。


「うえー、疲れたー、だりぃー、あちぃー、胃薬が欲しいー」

「だれるな、梨音!」

「はっとりんちの水ようかん、あずき嫌いなわたしでも食べられた……」

「あ、そっか、それは良かったな……」


 顧問の先生が、ドサッ、ドサッと本を用意した。公営放送の「あすの料理」のスイーツ特集の本だ。ちょうど四十冊あって、ひもで束ねてある。


「えー、これは、二年の柏原さんのお父さんが、ポケットマネーで勤務先の室山放送局から買って来て下さったスイーツ本です。『あすの料理』という本です。皆さん、これを見て、更に腕に磨きをかけてください。柏原さんに拍手!」


 パチパチパチ……。


「柏原さんのお父さん、室山放送局だって?」

「はい、そうです、ラジオでニュースとか読んでます」

「知らなかったあー」

「はい、拍手されると、ちょっと照れますねー」

「うちは、受信料払ってたっけ……」

「え?」

「いやあ、何でもない! 払ってる、払ってるとも!」


 立花梨音は、全力で否定した。それから、顧問の先生が言った。


「それでは、暗くならないうちに下校してください。夜道には、不審者がいないとも限らないので、気をつけて帰ってね」


    ◇ ◇ ◇


 さて、下校時、四人連なって歩く香枚井登下校組。紙製のショッピングバッグには、あらゆる種類のスイーツや果物や煎餅、餅や書籍に至るまで揃っていた。みんな、少し重そうにしている。そこへ、背後から呼び止める声がした。


「先輩ー!」

「お、何だ何だ?」

「あれ、水谷啓子ちゃんじゃない、どうしたの?」

「一緒に帰りましょう、私も混ぜてください」

「あ、ああ、いいとも。聞かれて恥ずかしいことはないもんな」

「大歓迎だよー」

「でも、たまには猥談も少しは混じるけどねー」

「梨音は黙っちょれ!」


 バシッ!


「痛い……わたしばっかり……もしかして、ぶたれやすいアタマのカタチ?」

「違う! ぶたれるようなことばかり言うからだっ!」

「ところで啓子ちゃんって、刈羽台かりばねだいだったよね、お家が」

「はい! 急行に乗られている皆さんとは、咲花台さっかだいで普通電車に乗り換えなので、そこでお別れでーす」

「私も普通電車に乗り換えようかな、アホ三名は放っといて。手短に済むからな」

「ええー!」

「美月、わたしはともかく、アホ属性をつけるのは、梨音ちゃんだけで充分だよ」

「いいえ、沙織ちゃんも、梨音ちゃんもさすがに可哀想だよ……」

「冗談に決まってるだろ? ささ、いつものコースで帰るか、仕方がない」

「いつものコース?」

「あ、啓子ちゃんは知らなかったんだよな。沙織が香枚井三丁目、梨音が春名坂小学校前、桃花は春名台団地だ。そして、わたしが、榛名天神駅前まで紅電バスなんだ」

「そうなんですかー。わたしも、香枚井登下校組に混ぜてください!」

「いいよ~」

「賛成!」

「ありがとうございます!」


 水谷啓子が、ぺこりと頭を下げた。


「あの、啓子ちゃん、良かったらうちの洋菓子店とあなたのお父さんが、商談してみない? メロンやいちごのいいのが無くて困っていたところなのよー」

「はい、協力できそうなら、ぜひ」

「わたしん家も、いちご大福作ってるから、お願いしようかなー」

「はい、喜んで……」

「待って! 和菓子でしょ? 大福にいちごなんて邪道だわ。ケーキにちまっと乗っているのが本来の姿というもの。和洋折衷にも程があるわ、あり得ない!」

「いや待て沙織! そんなに興奮するな。洋菓子にいちごが使えて、和菓子に使えないという理屈は、何だかおかしいぞ?」

「最近出来た商品でしょ? 水っぽくなって、ああ、いちごが可哀想……」

「和菓子に対する偏見は、他の追随を許さないなあ……」

「わたし、どっちも賛成です! いちごはどんなスイーツにも合いますから、どうか、喧嘩しないでください、先輩!」

「ご、ごめんね……ついいつもの癖で……」

「ありがとうな、止めてくれて!」

「てへっ」


    ◇ ◇ ◇


 七月中旬……。気温はまるで体温か、微熱レベル。暑い……暑い……。ここは、県立敷島女子高等学校、家庭科室。みんなの部室だ。部室には、いつもの香枚井登下校組しかいなかった。教室の天井からぶら下がるテレビで、室山地区大会、夏の高校野球の地区大会の試合を観ていた。


「ところで皆の衆!」

「はいー?」

「じゃーん、こんなふうにアレンジしてみましたー」

「ど、どうしたのよ、そのスカート!」

「またかよ……」

「今度は、改造なんかしていません。思い切って大胆に折ってみましたー」

「半分に折る!」

「スカートを半分に折る!」

「また始まったね……」

「おい、梨音、いますぐその安全ピン外さないと、どうなるか分かってるんだろうなあ」

「さ、殺気……」

「早く安全ピン外せー!」

「あーもー、うるっせえババアだなあー」

「誰がババアだと、コラ!」

「いたたたたー、ヘッドロックはやめてええー」

「とっとと、ババア発言取り消せ! ったく、服装を元に戻せ、この露出狂が!」

「あうー、はうー、わかりました美月さん、取り消しますうー、戻します」

「ふんっ」

「ぜいぜい……はあはあ……解放された……」

「それから梨音、ジャージの下を履け。そして、そのスカートの折りじわを、このアイロンで伸ばせ」

「やだもう、余計に暑いじゃんかよー」

「やかましい、自業自得だ!」


 梨音は、家庭科準備室の鍵を内側からロックすると、折ったスカートを脱ぎ、自分の短パンを履き、ロックを解除すると、また部室の方へ戻って来た。アイロン片手に。


「ひとーつ、ふたーつ、みーっつ……あーん、なかなか終わらないー」

「プリーツが多いからな、うちの学校のスカートは」

「罰ゲームにはぴったりね」

「梨音ちゃん、手伝おうか?」

「いいや、これはふたりでアイロンかけたら、ややこしくなるから、お気持ちだけで結構ですう」


 ――一時間後……。


「や、やったー! 終わった終わった……って、暑いんですが……」

「とりあえず、準備室でスカート履きなよ。それから、スイーツね!」

「冷蔵庫のもの、冷えてるかなあ……」

「お待たせー。履き替えて来た!」

「じゃあ、スイーツのお披露目としますか」

「だな」

「ですね」

「ですね……って、啓子ちゃんも?」

「はい!」


 高槻沙織は、オレンジ味のソルベを用意してきていた。服部美月は、普段使い用の、プラスチック容器に入った水ようかんを持ってきた。そして、気になる水谷啓子のデザートとは?


「ドリアン……」

「!」

「お願い、袋は開けないで!」

「暑い上に臭いなんて!」

「ふふ……大丈夫ですよ。ドリアンは冗談です。パイナップル丸ごと持って来ましたー」

「さすがは啓子ちゃん!」

「輸入果実も扱ってるのよねー」

「やっぱ、原材料握ってる子は強いわー」

「そういえば、わたしもー」

「どうした、梨音?」


 準備室から出て来た梨音は、例の「ご飯をパンに出来る機械」を持って来た。ほかほか湯気が立っているみたいだが、蓋を開けていないので、様子が分からなかった。


「そっか……これが噂の……」

「ご飯をパンに出来る機械でーす」

「初めて見た!」

「ナサパニックのお店でも扱うようになったのね!」

「はい、そうでやんす! では、オープン!」


 機械の中には、しっかりと食パンが出来上がっていた。


「六時間かかんだけどさ、とてもご飯で作ったとは思えませんよね、皆さん!」

「おおー!」

「じゃあ、パン切りナイフで切り分けて……啓子ちゃん、例のあれ」

「いちごとブルーベリーのジャムですね」

「随分用意がいいんだなあ……」


 立花梨音は、各人に出来たての米粉食パンを細かく切り分け、渡した。


「はい、さおりん」

「サンキュー」

「はい、美月」

「おお、あんがと」

「はい、ももっち」

「どうもです」

「はい、啓子ちゃん」

「ありがとうございます」

「じゃあ、みんなで、いただきます、するぞ!」

「いただきまーす」


「美味しい……って、何だ? やけにテレビが騒いでるぞ」

「ははーん、九回の裏、室山工業の攻撃で、満塁だねえ」

「あと二人かー、微妙だなあ」

『おっと、犠牲フライ!』

「まずは一点!」

『二塁にはサヨナラのランナー!』

「頼む、撃ってくれええ」

『右中間へ! 伸びる伸びる……入ったー!』

「きゃああああ」

『七対五、打撃戦を制したのは、室山工業でした! 室山工業、県大会ベスト8進出!』

「うーわ、うーわ、また団体で応援に行かなきゃ、だねえ……」

「あ、あの組み合わせ……間違いなく、あの『修身学院』と一緒になるね」

「あー、あれでしょ、薬火野くしびののスポーツ学校だよねえ」

「因縁の対決か……テレビやレコーダーが売れるといいなあ」

「って、また金儲けの話か、梨音!」

「……ま、まあ、とにかく、美味しく召し上がれ」


(6-3)水泳大会がやって来る!


 夏休み前のお楽しみは、屋内プールでの水泳の授業だ。しかし、遊びに行くのと違って、授業なので、年がら年中、きゃいきゃい出来ない訳で、泳法の指導から、リレー競技まである。敷島女子オリジナルというよりかは、黒色の競泳用水着を学校から指定されている。三年生は赤のライン、二年生は緑色のライン、一年生は青色のラインが側面に入っている。


 保健体育の指導は、高野 寛先生(男性)だ。まだ三十歳代前半といったところ。ソフトボール部の顧問をしている。しかし、脱ぐとすごい。もっこりしているのだ……。夏になれば、ぴちぴちの競泳用水着を履くから余計エロスを感じるらしく、生徒の間では「敷島女子のもっこり野郎」とあだ名されているのは、公然の秘密。


「お前ら、集合ー! お遊びはこれまでだ、プールから上がれー!」

「はーい」


 二十メートル離れた場所で、美月と梨音がつぶやいた。


「もっこりが何か叫んでる」

「もっこり、きゃはー」


 二十メートル離れた場所から、高野先生が、美月たちにめがけて叫んだ。


「なんだ服部、立花、何か言ったかー?」


 美月と梨音は、ノンノン、といった感じで、首を振り、手を振るのだった。

(ちきしょ、あの地獄耳めが!)

(覚えてやがれ!)


「えー、クラス対抗リレーの代表選手を選ぶ。これから全員、二十五メートルを往復して、五十メートル自由形のタイムを計るので、各々、好きな泳法で行って帰って来い。出席番号順に、五名づつ、八組に分かれてタイムを計る。さあ、ここへ出席番号順に並んで、控えの生徒は、自分の番が来るまでプールサイドで待機」


 第二組に、柏原桃花が現れた。


「うわー、ももっち、ふぁいっとー!」

 友達の応援に、少し照れながら、ぎこちない仕草で台の上に上がる。

「てへへ」

「位置について、用意……」パアーン!


 柏原桃花は、そんなに運動が出来る訳ではなかったが、水泳は別だった。ただし、バタ足、平泳ぎしか出来なかったが……。


「柏原桃花、五十メートル、二分十五秒〇三」

「偉いよ、よく頑張ったよ、ももっち!」

「ありがとう、沙織ちゃん!」

「ねえねえ、梨音!」

「なんだよ、さおりん……」

「今日はあなたと競争よ! 絶対に負けないんだから、わたし!」

「なにおう! こっちには『超絶バサロ』って泳法があるんだからね!」

「超絶とは?」

「まあ、見ててごらんなさい、なんてったって『超絶バサロ』なんだから」

「超絶って……」


 第四組に、高槻沙織と、立花梨音が現れた。


「きゃあああー、高槻さん、ファイト!」

「根性見せたれ、立花ー!」


 プールサイドで待機している、服部美月と、柏原桃花。


「梨音のことだから、またあのパターンかもな……」

「あのパターン?」

「去年やらかした、あのパターンだよ」

「ああ、あれ!」

「位置について、用意……」パアーン!


 高槻沙織はクロールで息苦しそうにしていたが、立花梨音が、いつまで経っても浮上して来ない。へびのように、身体をくねくねさせていて、ちっとも浮上して来ないのだ。高槻沙織は焦った。


(おかしい、梨音、まだバサロのまま……くうっ、このペースだと遅れる……二十五のターンで……)


 次の瞬間、梨音は、プールの壁に頭から正面衝突をして、そのまま動かなくなったかと思うと、肺の中の空気をゴボゴボと吐き出して、やがて、挽き潰された蛙のようなポーズになって、がに股といった、はしたない格好で、ぷかあんと浮かんだ。


「立花梨音、失格! 高槻沙織、三十六秒四〇!」

「おおっ、暫定一位か……やるなあ、沙織……」

「ねえ、はっとり、梨音は?」

「あっちの方で、引き揚げられたみたい……去年と同じパターンでね」

「超絶バサロ、真似しない方がいいみたい……」


 第六組に、服部美月が現れた。


「よし! 自己ベスト三十五秒台に乗せる!」

「きゃあああー、服部さああん!」

 どうやら、服部美月は、女子にも人気があるようだった。

「位置について、用意……」パアーン!


 服部美月は、クロールで水を切って泳いでいる。動きに無駄がない。二十五メートルのターンをして、壁を蹴って勢いに乗った美月のタイムは……。

「服部美月、三十五秒五三!」

「おおー! すごい……」

「ただいまー」

「服部さん、すごいよ。何、スイミングかなんかやってたの?」

「ま、まあね、小さい頃、ちょっと……」

「はっとり! 暫定一位だよ!」

「ありがと。でも問題は決勝戦! 絶対に負けないわ! 今までのはまだ手加減していたのよ!」

「むむっ、わたしだって負けませんからね!」

「沙織ー、だからって、ムキにならないならない……」


     ◇ ◇ ◇


 二年三組、五〇メートル決勝。第一のレーンから、第五のレーンまで選手が並ぶ。第二のコースに服部美月、第四のコースに高槻沙織がいる。


「位置について、用意……」パーン!


 一斉にプールに飛び込み、最初に抜きんでたのは美月だった。しかし、二十五メートルのターンで、ちょっと出遅れた。代わりに抜きんでたのが、沙織だった。熾烈なデッドヒートは、さながら、ベルリンオリンピックの前畑選手とゲネンゲル選手を彷彿とさせるものがあった。もしも、ここに河西三省アナウンサーがいたら「高槻嬢、現在第二位、ガンバレ、ガンバレ、高槻ガンバレ、服部嬢と並んでおります。まるで火の出るやうな大接戦、わずかに一搔き高槻リード、高槻ガンバレ、ガンバレガンバレ!」と連呼していたことでしょう。で、結果は……?


「服部美月、五〇秒五五……高槻沙織、五〇秒二三、よって、クラス代表は、高槻沙織に決定だ!」


 服部美月は、ゼイゼイ言いながら、ゴールで沙織の方向を向き、ちっ、と舌打ちをしたが、やがて、レーンを越えて来る沙織を見ると、沙織も息が切れていた。


「え、わたし、勝ったの? はっとりー」

「そうさ。おめでとう。ちくしょ、寸でのところで負けた……多分、あそこのターンで失敗した……」

「そんなことないよ、だって、コンマ何秒差でしょ?」

「わたしはそれが悔しいけど……とにかく、おめでとう!」


と、プールの中でデジタルのスコア表示を見ながら、二人は堅い握手をした。


(6-4)夏休みがやって来る!


「明日からは、夏期休暇です! 皆さん、気を引き締めて勉強しましょうね!」

 相川杏子先生が言った。しかし、女生徒はそれどころではなかった。


「夏休み! 夏休み! 夏休み!」

「うるさーい!」

「ねえ、一緒に水着買いに行こう?」

「キャンプセットも捨てがたいね、バーベキューとか!」

「海水浴かー、久しぶりだなー」

「わたしはバイトだね、バイト! みっちり貯める!」

「おお、働き者!」

「わたしたちは吹奏楽だから、室山工業の応援に行かなきゃ」

「それは熱そうだね、さすがは熱闘甲子園!」


 そうして、生徒がわいわい、キャーキャー言っているのを、黙って見ていた杏子先生だったが、ついに堪忍袋の緒が切れたのか、バンッ、と教師用机の上に、学級名簿を叩き付けると、鋭い目つきで言い放った。


「あなたがた、いいですか? 勉強と両立なさい。それから、不純異性交遊は断じて許しません! 気を引き締めて、遊ぶことばかり考えずに、勉強に励みなさい。わたしなんか、高校生の頃は、難関大目指して夏期講習や自習や宿題に没頭していました。遊んでばかりいると、先生の雷が落ちますからね! いいですね!」

 一同「はーい」

「ではよろしい、日直さん!」

「起立、礼、解散!」

「ふー」

「はー」


 各所で溜息が漏れる。夏休みの開放感、そして、日々怒れる杏子先生の呪縛からの解放。明日からは、すべてが自由だ! そんなクラスの雰囲気。仲良しグループごとに分かれてゆく女生徒たち。さあ、夏休みの始まりだ!


     ◇ ◇ ◇


 放課後、家庭科部の家庭科室……。今日は部活動は休みで、その代わり、仲良しグループ同士で、わいわい、キャーキャーと「夏休み、どうする?」という話題で持ちきりだった。ところで、肝心の美月たちは、この夏をどう過ごすのだろう……。


 まず、沙織が切り出した。

「ねえねえ、浜辺で海水浴、なんてのはどう? 泊まりがけで、秋津浜で!」

「秋津浜あー? 知り合いいないし……。どうだ、わたしん家の庵で抹茶でも!」

「美月、却下。今は夏よ? かんかん照りの夏に、着物着て、茶室で抹茶はどうかと思うなあ……」

「言えてるー。考えただけでも蒸し暑そう……」

「そういう沙織は、知り合いいるのー? 秋津浜に」

「うーん、知り合いはいないけど、小さなレンタルコテージならあるよ」

「さ、さすがは金持ち……」

「もう、はっとりは、すぐそうやってー」

「ここは多数決だよ! この夏、海水浴にしたい人!」

「はーい」

「……なんだ、美月以外は全員賛成だぞー」

「……わ、わたしも水着になるのかー?」


「その通りー。美月が水着。あは、何かの洒落みたい」

「しょうもない洒落は、よしなしゃれ、って、何言わすんだ!」

「じゃあ、全員賛成ね! じゃあ、明日早速出発! 集合はわたしん家! 時間は、午前8時!」

「ラジャー!」

「はいはい、付き合いますとも、沙織さん……」

「これからシエスタ香枚井で、水着選びしようねー」

「ふー、やれやれ……」


 沙織たちがノリノリの中、ひとり溜息をついたのは、美月だけだった。


「せんぱーい」

「あ、啓子ちゃん!」

「わたしも付き合います! すいか持って行きましょう!」

「おおー、すいか割りかあ! 雰囲気出るわねえー」

「さて、香枚井に帰りますか!」

「イエーイ!」


     ◇ ◇ ◇


 こちら、紅電香枚井駅に隣接する大型ショッピングセンター「シエスタ香枚井」。婦人服の、水着のコーナーは、海水浴に、はたまた、プールに行くことだけを考えている女学生たちで、ごった返していた。


 高槻沙織が言った。

「ねえねえ、はっとりは選ばないの?」

「わ、わたし? わたしは学校のでいい」

「そうかなあ、この、フリル付きのセパレーツなんか似合いそう。透けない白で」

「そうだよ、似合うよ美月!」

「これにしときなよ……」


 服部美月は顔を真っ赤にしながら、こう言った。

「それ、とっといて」

「おやまあ、はっとり、買う気になったー?」

「と、とりあえず、わたし、ちょっとATM行って来る……」

「……お金がなかったんだー」

「悲しいね、貧困家庭は……」

「梨音、何か言ったかー?」

「いえ、べ、別にィー」


 柏原桃花が、立花梨音に訊いた。

「ねえ、梨音ちゃん、わたしのこれ、似合うかなあ……」

「おおっ、桃花らしくていいね、何だか子どもっぽくて!」

「子どもっぽいって一体……」

「もっと大人っぽいものにしろよ、桃花。怪しいおじさんとかに、かどわかされるぞー」

「じゃあ、わたし、もっと大人っぽいものにするー」


 高槻沙織が、立花梨音に訊いた。

「そう言う梨音は、水着、何を選ぶのさー」

「えー、あたしー? じゃーん、黄色のビキニでーす」

「うわああー、似合わなさすぎる……」

「うるさいうるさい、これにするのだ! そういう沙織はどうなのさ」

「え、わたしは、白のビキニ」

「ぐはっ、の、悩殺……」

「参ったか」


 水谷啓子が、高槻沙織に訊いた。

「沙織先輩、わたしは、これにしようと思います」

「え、どれどれ……って、これー?」


 立花梨音が、続けた。

「白地に四つ葉のクローバーマークのワンピース水着!」


 柏原桃花が、続けた。

「か、かわいい……」


 ATMから戻って来た美月が、水谷啓子の水着を見るなりこう言った。

「うわー、洒落たものを持って来るね、この子は!」

「じゃあ、全員決まったようなので、レジへ……」


 服部美月がさえぎった。

「ちょっと、沙織の見せて……うわあ、お洒落。わたしもお揃いにするー」

「え、ビキニはいいの?」

「乳だけ丸見えなのは嫌だ! わたしも透けない白のワンピース探す」

「もう、美月ったら……」

「あったぞー、これにするー!」

「じゃあ、みんな持ったかなー、レジへGO!」

「イエッサー!」

「あ、ああ、お金が要るんだったな……五千円は痛い……」


     ◇ ◇ ◇


――翌日……。蝉が朝からミンミン鳴いている。ここは、葱北本線、香枚井駅。みんなで、秋津浜行きの快速電車に乗るためだ。秋津浜行きの電車は、こちらの快速電車の方が速いのだ。沙織、美月、梨音、桃花、そして刈羽台から来た啓子が、プラットホーム上で集っている。


「今日は、あのおっぱい星人は現れないみたいだね」

「ふー、やれやれー」

「誰がおっぱい星人だとー?」


 振り返ると、アロハシャツに短パン姿の、霜田拓也、霜田 翔が現れた!


「うおおおおーい! 知らせたの誰だー?」

「誰だと思う?」

「梨音……お前の仕業かああっ」

「いててっ、ほっぺ、つねったらだめー」

「ありゃー、発信元は梨音ちゃんだったのー、びっくり!」

「よっ、今日はおまえらのボディーガードに来てやったぜ!」

「いりません!」

「美月ちゃん……僕らいたら、邪魔かなあ……」


 寂しい子犬のような声を出す拓也に、思わず美月が……。


「いえいえ、邪魔だなんて、そんな、大歓迎です!」

「やれやれ、梨音のせいで、借りコテージもう一個予約しなきゃ……もしもしー? はい、室山市の高槻沙織といいます。急遽、男性二名追加で、もう一部屋予約お願いします、大至急! はい!」

「ごめんね、沙織ちゃん」


 霜田 翔が、服部美月の肩に後ろから手をかけた。


「なんだよ美月ちゃーん、お泊まりかよー、興奮しちゃうな、オレ」

「勝手にすれば」

「ほら、意地張ってないで、笑顔、笑顔」

「ぎゃあああ! ど、どこ触ってんのよ、この変態!」

「翔、止めろって!」

「こういう輩は……関節技で……えいっ!」

「痛ってえ……腕が、腕があらぬ方向に曲がっ……痛ってえなあ……」

「天罰てきめん!」


『二番線の電車は、快速・秋津浜行きです 停車駅は、葱州長坂、志賀原、室山、岩崎、敷島、新室山、葱州神崎、終点・秋津浜の順に停車します』


     ◇ ◇ ◇


 ここは、室山県秋津浜市の、秋津浜海水浴場近くにある、緑が丘コテージ。会員レンタル制になっていて、高槻沙織の父、信也が会員になっているため、コネで安く借りられた。十数棟の小さなログハウスが作られている。海岸までは、作りつけられた、専用の階段を降りてすぐ。じりじりとし照りつけている太陽が、砂を焦がす。


 高槻沙織と、霜田拓也は、それぞれに支払いを済ませた。一泊二日。虫除けスプレーと、日焼け止めを買っておいたので、男部屋、女部屋でそれぞれに塗り、みんな水着に着替えて、三々五々、コテージから出てきた。


「美月ー、まだー?」

「着替えが……もう少しかかる」

「早くしないと、行っちゃうよー」

「すいかは今日にしましょう!」

「啓子ちゃーん、こっちこっち!」

「あ、先輩、出口こっちですか」


 霜田兄弟は、プラスチックの椅子兼テーブルの中央に、貸し出されたパラソルを立てる作業をしていた。


「パラソルは、このテーブルの真ん中にっと! おい、翔、手伝えー」

「やだよー、美月ちゃんと遊ぶんだもんオレ」

「いいから手伝え! パラソルが重いんだよ! ちょっとこっち来ーい!」

「はいはい、分かりましたよ!」


 翔はそそくさと兄貴の手伝いをしていたが、専用のビーチバレーのコートがあるのを浜辺に見つけ、わくわく楽しそうにしていた。沙織が、美月に声をかけようとしたが、肝心の美月は……黙々とラジオ体操……。


「何か、泳ぐのに必死な人が約一名……」

「沙織ー! 向こうの島まで泳いで行って、帰って来る! すぐ戻る! じゃな!」

「って、ちょっと、美月……」

「ちっ、逃げられた……あーあ、オレの美月ちゃん……」

「お前がいじるから、美月ちゃん、呆れてどっか行ったぞ! この間抜けぃ!」

「じゃあ、残った俺たちでビーチバレーすっか」

「沙織ちゃん、立花さん、柏原さん、そして、水谷さんかー。4対2でビーチバレーしようかな? いい?」

 四人「はい!」

「さてと、賞品は……」


 やがて、美月が海から上がって来た……。


「やあ、みんな、ビーチバレーだね! ぜいぜい…… 向こう岸の沼島の海女さんから、壺焼き用のサザエ買って来た」

「美月はビーチバレー、どうするの?」

「泳ぎ疲れたので、審判をする」

「ああねー、ちょっとした遠泳だったもんねー」

「はーい、前半二セットは二十一点以上先取、後半一セットは十五点以上先取で一セット獲得。二セット先取で勝ち。二点差がつくまで頑張って相手方コートに落とそう。まずはコイントスから、先攻後攻決めて?」

「先攻わたしたち! 美月ちゃん、賞品は?」

「そうね、勝ちチームには、スイカ割りをする権利。負けチームには、スイカ割りの棒で叩かれる罰ゲームかなんかがいいかと。みんな、肉離れが起きないように、今から三分間は、ウォームアップの時間です。みんなで体操をしましょう」


 三々五々、体操をしていたが、美月だけは「ちょっとホイッスルと、ストップウォッチ借りてくる」と言って管理事務所まで駆けて行った。戻って来ると、間接チューが嫌なのか、ホイッスルを海水で洗って、審判席へよじ登った。


「どっこらせっと。じゃあ、始めるよ!」

 美月のホイッスルが鳴った。


「サービスは、いちばん背の高い沙織!」「よっしゃー!」バンッ!

「翔、受け止めろ!」「兄貴、スパイクだ!」「分かったー!」バシーン!

「梨音、受け止めろ!」「あ痛っ!」「桃花、トス」「了解! 沙織ちゃん!」

「アタック!」「させるかあ!」


という具合に、白熱した試合展開の後……。


「ゲームセット! 2―1で、敷島女子チームの勝ち! スイカ割りの権利獲得!」

「やったよ! 大人相手に勝ったよ!」「そりゃあ、大人2人に高校生4人じゃあ、圧倒的にオレら不利だよ……」「は、ハンディ与えすぎ……」


 スイカと同列に砂浜に埋められた霜田兄弟。一方で、目隠しをした沙織が、じわじわと接近して、棒を振り下ろす。


「オイ、怖ええなあ……って、ぐえっ! 腹を踏むな! そこはオレの腹の位置だよ!」

「オレは……え、え、そんな近くで、びゅん! って、危ない危ない!」

「ここだなあ、えいっ!」

「あ痛っ! そこはオレの頭じゃないよ……って、痛てえ! 痛てえ! ストップ!」

「沙織ー、霜田さん叩きもいいけど、スイカ割りなさいよー」

「こ、これが四回も続くのか……」

「ひ、酷い……」

「さあ、次は梨音……」


 一巡して、霜田兄弟を砂から救い出したら、霜田兄弟の頭と身体が、全くもって、ふらふらになっていた。霜田兄弟を支えていた沙織と美月が腕を離すと、彼らは砂の上に、仰向けにひっくり返った。


「ノックアウト……」ドサッ。

「同じく……」コテッ。

「あーあ、霜田さんたち、伸びちゃったよー」

「あんまり沙織が踏んだり叩いたりするから」

「その代わり、梨音みたいに、急所は狙ってないからね」

「すいか、一個も割れてないのが不思議だね」

「割れてないのかよ!」

「一個ぐらい割れよ! つーか、急所って!」

 二人「は~あ……」


     ◇ ◇ ◇


 女生徒、男性陣、別々に、管理事務所近くのシャワールームで水着を洗い、砂まみれ塩まみれの身体を清めた。私服に着替え、コテージの側のバーベキューをする所に集まった。やる気を起こした“バーベキュー奉行”、火起こし職人の霜田拓也が、助手の高槻沙織を従えて、必死に炭の火起こしをやっている、


「助手、固形燃料プリーズ!」

「はい、霜田さん」

「助手、炭をもう少し!」

「はい、霜田さん」

「よおーし、起こって来たー!」

「その調子です、バーベキュー奉行さま!」


 遠くで見ている女生徒たち……。


「助手って何? 何、あの小芝居?」

「沙織が甲斐甲斐しく……」

「沙織ちゃん、本当に霜田さんのことが好きなのねえ……」

「ああ、兄貴と沙織ちゃんは、十年前ぐらいの頃は、ままごと遊びしていた仲だからな」

「材料持って行きましょう!」

「そうだ、そうだ、そうしよう!」

「あ、肉奉行はオレだからな! 言うこと聞けよ!」

「さあねー」

「どうだか」

「翔さんとは、関係ナシに食べるよ」

「そこの変態! 肉抱えて突っ立ってないで、さっさと歩く!」

「……変態……変態って一体……関係ナシって一体……」


 バーベキューパーティーは、女生徒たちが、きゃいきゃい言いながら進んで行った。霜田兄弟は、翔が次から次へと串に材料を刺しては、拓也が火起こし職人として黙々と焼く係。「はい、次! はい、次!」女生徒の胃袋は、育ち盛りと言うことで、どこにそんなに入るの? といった量が、次々とさばかれて行く。


「材料なくなったぞー!」

「兄貴、オレらの飯は?」

「焼くのに夢中で、気がついたら自分のがなくて……あ、そうだ!」


 霜田拓也が、溜息をついた。


「しょうがない。クーラーボックスに、オレが秋津浜駅で買った駅弁と、生ビールが入ってるから、それでも食っとけ!」


 服部美月が、翔に向かってこう言った。


「翔くんがボケッとしてるからでしょ!」

「し、失敬な! オレはお前らの為にと思ってだなあ……」


 冷めた駅弁と、よく冷えた缶ビールで、お腹をこわしそうな、駅員二人……。


「硬い駅弁だなあ……キンキンに冷えてるよ……」

「まあ、生ビールは良かったなあ……って、無い! あれ、どこだー?」


 ごっふごっふごっふごっふ「ぷはーっ!」

 なんと、翔のビールを、梨音がいつの間にか飲み干していた!


「コラ! 梨音ちゃん! 未成年だろ!」

「ひっく。あー、固てえこと言うなよー、無礼講だよ今日は」

「翔、お前、ちゃんとビールを管理しておかないから! 梨音ちゃん酔っ払って……」

「え? あたし? あたしー、酔ってなんか、い・ま・せ・ん、よーだ。でへへへー」

 

 それを聞いたほかの女生徒たちが、酔っ払いの梨音の前に集まった。


「お前、飲酒したのかー?」

「梨音ちゃん、お顔が真っ赤! ちょっと誰ー? 梨音ちゃんに飲ませたの?」

「いえ、オレは、別に……」


 立花梨音が言った。


「おっす! 揃いも揃った、不細工共めが。がん首並べて、あたしに何をしようって言うんだー、へへへい!」

「コラ、梨音! 正気に戻れ!」

「あたしー? ひっく。至って正気にてごじゃりまするー」

「こら、今度は翔さんに何を?」

「あそこはお元気ですか、ちーん!」


 翔の下腹部を、梨音の指が弾いた。


「おわ、痛っ! 何しやがる、このガキー!」

「お遊びはそこまでだ、梨音……」

「やあやあ、美月ちゃん、今日もきれいだねえー」

「お前、今からちょっと、女子トイレに来い! さあ、来るんだ!」

「やーだー、もっと飲みたいー!」

「お仕置きだ! 水ぶっかけて、胃の中のもの、全部出させる! さあ、来い!」

「やーだ、やーだ、もっと飲むんだ、あたしー! 美月! 離せ! ぐるじい!」


 服部美月は、小柄な立花梨音を右腕で抱えると、階段を昇って行った。高槻沙織が、何事かと仰天して、美月と梨音の行方を追った。他の面々も、慌てて後を追った。暗い中で、トイレの電気だけは灯りが漏れていて、そこからは、信じられない音がした。ザッパーン……と、バケツをひっくり返した音が聞こえたかと思うと、中から、何かをリバースする音が聞こえて、キーキー、ぎゃあぎゃあという激しい乱闘の音がした後、トイレを流す音がして、やがて静かになった……。


 そして、水でべちゃべちゃになった梨音と、猛獣を手なずけた達成感で一杯の美月が息を切らせていた。


「美月!」

「やあ、みんな! 大丈夫、梨音は完全に正気に戻った。ついでに、胃の中のものも全部戻させた!」

「梨音!」

「先輩!」

「あ、あれ? わ、わたしはどこ? ここはいつ? あなたはいま?」

「ふー。梨音! ちゃんと謝れ! 今すぐにだ!」

「ご……ごめんなさい……」

「お前、飲酒したのを、覚えているか?」

「いや、何も……って、わたしがお酒ー?」

「うん、オレのビール、二五〇ミリリットル……」

「重ね重ね、済みませんでしたー」

「よろしい、さあ、行け!」

「きゃいん、きゃいん……」梨音は、そそくさとログハウスに入って行った。

「大虎の次は、子犬かよ……」

「美月が次第にタフになってゆく理由が、こんなところで明らかに……」


 午後九時……女生徒と男性駅員が、それぞれのコテージに分かれて、お休みの時間を迎えた。


「じゃあ、いろいろお騒がせしましたー!」

「ああ、まあ……」

「お休みなさい!」

「ああ、お休み!」

「失礼しましたー」

「気をつけて眠れよー!」

「じゃあなー」


 バタン! っと扉を閉めると、霜田兄弟は、食べ直し、飲み直しといった案配で、柿の種、さきいかや、すっかり冷めたサザエの壺焼きなんかをつまみつつ、野球の生中継をラジオで聴きながら、生ビールを開けた。


 一方、女子部屋では、沙織や桃花や啓子が、ドライヤーで髪を乾かしたり、整えたりしている。猛獣を退治し終えた美月は、疲れて、カーペットの上で、大の字で横になっていた。その猛獣は、今では、バスタオルを上半身に絡めたままで、部屋の隅で、すーすー寝息を立てて寝ていた。


     ◇ ◇ ◇


 夜十一時……霜田兄弟は、まだ惰性で起きていて、深夜放送のリクエスト番組を聴いていた。何気なく、霜田拓也が、何気なく覗いた窓の外に、人の気配を感じた。誰だろうと、カーテンの隙間から覗いて見ると、なんと、女子部屋のログハウス付近でうろちょろしている、怪しげな人影を発見した。目出し帽にサングラスにマスク姿。手には懐中電灯を持っていた。これはまずいと思った拓也は、ひそひそ声で、弟の翔を起こした。


「う、うあー、夜中に何の用だよ、兄貴……」

「しーっ! 不審者! 不審者!」

「おいおい、女子部屋の近くにいるじゃんか!」

「翔、気配を殺して不審者退治だ!」

「了解!」


 目出し帽の男は、女子部屋のログハウスの扉の取っ手に手をかけてゆさぶった。女子部屋の中では、物音の怪しさに全員目覚めていて、特に美月は、みんなを背に守り、戦う覚悟でいた。


「こ……怖い……」

「な、何この音……?」

「いざとなったら、わたしに任せて!」


 一方、霜田拓也、霜田 翔は、不審者の男に背後から近づいて、羽交い締めにして、一気に階段の下へ転落させた。翔が馬乗りになって、二~三発、男の頬を殴った。拓也が、目出し帽と、マスクと、サングラスを取って、懐中電灯で照らしてみると、意外な人物が目を回していた。


「高槻のお父さん! 何でここに?」

「きゅー」

「沙織ちゃんの親父か! ちっ!」


 その後、コンコンとノックをして、霜田拓也が女子部屋の扉を開けさせた。


「夜分遅く済まない。あれは、高槻さんちのお父さんだった!」

「ごめん! オレが間違えて退治しちまった!」

「沙織の、お、お父さん?」

「お父さん?」


 その後、女子部屋に集まる全員。


「済まん……どうにもこうにも、娘が心配で……」

「いくら心配でも、あの入り方はないよねー」

「管理人さんに聞いたとしても、いくら何でも、真夜中に来るなんて!」

「オレが二~三発殴った」

「オレが、変装を解いた」

「お父さん、最低ー! とんでもないことをやらかして……」

「おじさん、さすがのわたしも、武者震いしたよー」

「済まんかった……」

「でもまあ、身内で良かったじゃないか。大事に至らずに……」

「そうそう、いつだって不審者はオレたちが許さない!」


 やがて、貸しコテージの駐車場から、室山ナンバーの車が走り去って行った。不審者騒ぎは、未遂どころか、人騒がせな身内に終わり、みんな安心して眠るのだった……。


     ◇ ◇ ◇


――翌朝


「さー、今年最後の泳ぎ納めだー!」

「遊ぶぞー!」

「酔っ払いは自重しろ!」

「すいか切って食べましょうねー」

「沙織は?」

「わたし、ここがいい」

「え?」

「霜田さんの隣がいい」

「ええーっ!」


 高槻沙織は、霜田拓也の左腕にしがみついて、すーすーと、眠ってしまった。


 一同「仲良くしろよー、この純愛バカップルー!」


「バカ……バカップルって……お前らー!」


 こうして、高校二年生の夏休みイベントは、終わりを告げるのでした……。

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